第6話
早朝、王都警備隊 中層本部...
術師「ふふふっ...」笑みを浮かべる獄中の術師。
幼子「すやすや...」長椅子で眠る幼子。
コズヤシ「此の目で確かに見たのですが...」
隊士「ああ、儂らも確と見た...死んで居るのを確かにのう...」
幼子「...」
コズヤシ「ほれ見よ、こうして服にも傷が...!」
隊士「しかも此れ程に大量の血ぞ...!」
隊士「しかしのう...其れなら何故、刃を受けたる痕跡が無い...?」
幼子「...」
パトラウス「双子、若しくは兄弟は...?」
隊士「いえ、戸籍を見るに独子の様で...」
パトラウス「むぐぅ、一体何が如何なって...」
隊士「...」
パトラウス「で...件の輩について、童は何と申して居るか?」
隊士「其れが一切見知らぬ者と...」
パトラウス「何っ...!?」
隊士「事件について問うても其の際の記憶が欠落して居り...」
パトラウス「むぐぐっ...!」
隊士「...」
パトラウス「おのれ...そもそも、彼奴は一体何者か...」
術師「...」檻の中、想いに耽る術師の姿。
隊士「えーっ、彼の者...名をケルビン・ビャカンと申し...」
「錬金術を生業とする王城勤めの官使との事...」
調べの詳細を記した書類を読み上げる隊士。
パトラウス「あぁっ、何だ其の...錬金術とは...?」
隊士「名の通り、黄金の錬成から不死の研究...」
「果ては万物の創造に至るまで...」
「数々の絵空事を真面目に成さんとして居る、荒唐無稽な学問だとか...」
パトラウス「...」
隊士「其の本部に彼の者について問い合わせましたる処...」
「矢張り、身内からも大層不評を買うて居る輩の様でして...」
パトラウス「何故か...」
隊士「其れが彼の者、王城内でも多数の殺しを行なって居ったとの事で...」
パトラウス「何っ...!?」
隊士「研究を名目とした殺しを、同僚たちに咎められ...」
「結果、密かに積み上げた躯の山が露見する処となり...」
「一時は捕縛されるも、全て研究過程の徒花と己の非を頑なに認めず...」
「到頭其の罪を免れたるも、批判の声が一向に収まらず...」
「最近閑処に追われたとの事...」
パトラウス「何たる事...殺しが罷り通るのか...」
隊士「...」
パトラウス「如何にする...然様な輩を野に放つなど...!」
隊士「しかし証拠が無い以上、此の儘拘留する術は...」
パトラウス「おのれ...!」
「ガシャン...!」術師を収監した檻が開かれる。
キメティコ「...」釈放され中層本部を出る術師を見詰めるキメティコ。
社僧「...」擦れ違い様、術師を睨め付ける社僧。
キメティコ「...」社僧がキメティコに向かい歩いて来る。
社僧「先程浄化を済ませたよ...」
キメティコ「そうですか...釈放を知らずに逝けて良かった...」
社僧「ああ...夫婦共々、最期は大変穏やかに...」
キメティコ「...」
社僧「しかし彼奴め...」
キメティコ「確たる証拠が無い以上、放免せざるを得ぬ様で...」
社僧「くっ...」
キメティコ「此れに懲りて暫くは、鳴りを潜め居るでしょう...」
社僧「...」
幼子「...」
隊士「何だ如何した、遠慮はいらんぞ確と食え...」
「腹を空かせて居るであろうが...」
幼子「...」
コズヤシ「コステロ...矢張り、未だ何もか...?」幼子の名を呼ぶコズヤシ。
コステロ「...」
(回想場面)
術師「...」取調べに疲弊し項垂れる術師。
「ガチャッ...」戸の開く音。
「カッ、カッ、カッ、カッ...」室内に入って来る足音。
コズヤシ「如何じゃ、此奴の顔に見覚えがあろう...?」
幼子「...」
術師「はあっ...!!」
面通しの為、コズヤシに連れられ現れた幼子の姿を見て驚愕する術師。
(回想終了)
王城付近...
術師「蘇生は成った...しかし果たして不死であろうか...」
「タッ、タッ、タッ、タッ...」王城門に向かい歩く術師。
術師「彼の童を今一度...いや、捕吏の目があり恐らく困難...」
捕吏たち「...」王城前で尾行の足を止めた捕吏たち。
術師「面も割れた...今後は奴らに付き纏われる...」
「何とか虜囚を得られぬものか...」
衛兵「止まれ!」下着姿の術師の前に、衛兵たちが立ち塞がる。
術師「ギロッ!」
衛兵「臭いぞ貴様...」鼻を摘み、術師の差し出す証を検める衛兵。
「ガガガガッ...」門を潜り錬金術区画へと向かう術師。
隊士による問い合わせの結果、術師捕縛の件は周知済み。
被疑者となった術師の話題で持ち切りの錬金術部。
同僚たち「ひそひそ...ひそひそ...」自分を刺す同僚たちの視線。
「タッ、タッ、タッ、タッ...」それに一瞥すら呉れず闊歩する術師。
「ガチャン...」
自身の研究棟に戻り扉を開くと、室内に差す光が足元の紙を照らし出す。
術師「...」それは師長選挙開催の知らせ。
王都警備隊 中層本部...
コズヤシ「ほい、此れを着てみよ...」
コステロ「...」
コズヤシ「うむ、よう似合うて居る...」
コステロ「...」
隊士「おーい、準備は出来たかい?」
コズヤシ「ああ、今行く...」
「コステロよ...何時でも良い...」
「思い出したら知らせて御呉れ...」
コステロ「こくり...」
コズヤシ「さあ行け...彼奴が家まで送って呉れる...」
「達者でな...」
コステロ「...」
コズヤシ「彼奴の命...此の腕の中で確かに潰えた...」
「其の感覚が今も猶...」
「其れだのに...何故未だ、動き居るのか...」
キメティコ「...」出口へと向かい歩くコステロの背を見詰めるキメティコ。
王城 錬金術区画...
闇夜に燈る講堂に、次期師長を決めるべく集う錬金術師たち。
しかし、一向に立候補者が現れず講堂内に沈鬱な空気が漂う。
司会「さあ、何方か...我こそはという御方...」
「居られましたら御登壇を...何の隔ても設けられては居りません...」
「誰もが名乗りを上げられますぞ...」
「師長となれば...此処に居られる皆様方が...」
「貴方に従い歩くでしょう...」
「さあ如何か、我こそはという御方...居られましたら御登壇を...」
師長補佐2「矢張りな...」押し黙る錬金術師たちを見渡す師長補佐たち。
師長補佐1「当然じゃ...師長の彼の、無残に果てたる姿を見て猶...」
「名乗りを上げる者など居るまい...」壇上に並ぶ空席の椅子。
司会「さあ、何方か...」
「我こそはと...そういう御方は居られぬでしょうか...」狼狽える司会。
「ガシャン...!」その時、扉の開く音が鳴る。
「カッ、カッ、カッ、カッ...」
同僚たち「おおおっ...」鳴り響く足音に、目を向け驚く同僚たち。
錬金術師たち「ざわざわ...」身形を整えた術師の登場に騒めく講堂。
同僚「何と彼奴め...!」
同僚「捕縛されたと聞いて居ったが...」
同僚「腐れ外道が...臆面も無く、のこのこと...!」
師長補佐1「...」
師長補佐2「ふんっ...!」
「カッ、カッ、カッ、カッ...」
術師「...」鋭い視線を意に介さず、空席の椅子が並ぶ壇上へと向かい歩く。
「タンッ、タンッ、タンッ...」
師長補佐1「なっ!」
壇上へ上る階段に足を掛けた術師を見て驚く師長補佐たち。
師長補佐2「おい、止まれっ!」
術師「...」壇上に足を掛けた状態で師長補佐たちを見下ろす術師。
師長補佐1「貴様...何をして居るか...」
術師「ふっ…」
師長補佐2「なっ...」
「スッ...」師長補佐たちを無視し、壇上に並んだ椅子へ腰を下ろす術師。
錬金術師たち「ざわざわ...」
師長補佐1「彼奴め、正気か...?」
術師「ふふふっ...」
師長補佐2「...」
司会「えっ...御登壇、有難う御座います...」
「さあ、他に居られませぬでしょうか...」
サーチャス「巫山戯るな、ケルビン!」
術師の同僚サーチャス・オライリが立ち上がり声を張る。
サーチャス「貴様の様な不埒な輩を、誰が師長と認めるものか!!」
錬金術師たち「そうだ!そうだ!」
術師「登壇せぬ者に、発言する資格など無い...」
サーチャス「何っ...!」
術師「席は多分に置いてある...異存あらば、壇上に立てぃ!!」
サーチャス「うっ...」
師長補佐1「...」
師長補佐2「ぐぬぅ...!」
錬金術師たち「ざわざわ...」
サーチャス「ぐっ...」拳を握り締めるサーチャス。
術師「さあ、もうよかろう...成り手が居らぬは最早明白...」
錬金術師たち「...」消沈する錬金術師たち。
術師「此の後は...僕が師長と相成って、諸君を率いて行く所存...」
「猶も不服と申すのならば、速やかに職を辞するが良い!!」
サーチャス「...!」
術師「んっ...!?」
「タンッ、タンッ、タンッ、タンッ...」
錬金術師たち「おおおお!!!!」
サーチャス「...」壇上に立ち術師を睨め付けるサーチャス。
術師「ああ、おのれ...愚鈍な輩が邪魔立てし居って...」
サーチャス「貴様なんぞ、決して師長にさせはせぬ...!」
術師「ギリッ...」
貧民窟...
血塗れの男「ぐあっ...!」殴る蹴るの暴行を受ける男。
「ガンッ!」木箱を手に取り投げ付ける暴行者。
「ペッ!」暴行者は男に唾棄し、背を向け立ち去る。
血塗れの男「...」
商人「何じゃコステロ、食わんのか?」
コステロ「うん...」商人に目を向け頷くコステロ。
孤児「じゃあ此れ、貰いっ!」
孤児「此れ俺のっ!」
孤児「汚いぞ!」
孤児「早い者勝ちじゃ!」
孤児「御前は此れでも食ろうとれ!」
商人「おい此れ、止めぬか!」
孤児たち「はははははっ!」
コステロ「ポリポリ...」
コステロ窓際に腰掛け、ひとり静かに夜風を纏い腕を掻く。
血塗れの男「...」傷口から流れ出る血を拭いながら窓の前を通り過ぎる男。
コステロ「すん...」
吹入る風に乗り流れ来る血の臭気がコステロの鼻を突く。
孤児たち「はははははっ!」
コステロ「すん...」
胸の鼓動と血の滾り...体で起こる変調をぼんやりと感じるコステロ。
コステロ「グゥーーーーッ!」コステロの腹が大きな音を鳴らす。
王城 錬金術区画...
司会「投票の結果...」
「満場一致でサーチャス・オライリ君の当選と決まりました!!!」
錬金術師たち「うおおおおおお!!!!!」
師長補佐1「ほっ...」
師長補佐2「あははっ...!」
サーチャス「...」サーチャスの胸中に生ずる不安。
術師「ぐぎぎぎ...!!」
ゼム邸...
自室の寝台上で、事件について思索するキメティコ。
キメティコ「ケルビン・ビャカン...錬金術師...」
「錬金術...不死の研究...」
(回想場面)
術師「ひそひそ...」刺殺した被害者たちを見下ろし何やら呟く術師の姿。
「くっ...」そして毎回その後に、場にそぐわない失望が浮かぶ。
「ガタガタッ...!!」妻の体が仰け反り悶える。
術師「はっ...!」
「ガタガタッ...!!」
術師「ひそひそ...」苦しむ妻を見下ろしながら、何かを小声で囁く術師。
(回想終了)
キメティコ「矢張り、何か言ってる...」
術師の口の動きを読み取べく、目を閉じ御霊たちの見た光景を思い起こす。
術師「ひそ...」浮浪者の御霊が目にした術師の姿。
術師「ひそひそ...」夫の御霊が目にした術師の姿。
キメティコ「さあ...」
術師「ひそひそ...」夫の御霊が妻の傍で見上げた術師の姿。
キメティコ「よ...み...」
術師「さあ...甦が...」
キメティコ「えれ...」
(回想場面)
術師「さあ、甦れ...」
浮浪者「...」
術師「さあ、甦れ...」
夫「...」
術師「さあ...甦れ...」
妻「くはっ!!」
(回想終了)
深夜、貧民窟...
コステロ「ポリポリ...」
露台に佇み腕を掻き、瞳孔の開いた目で闇夜を見詰めるコステロ。