第1話
長老アタム・ピスコポが、若き日の王の英雄譚を幼子たちに語り聞かせる。
アタム「先代の死後...幼くして即位なされた陛下は...」
「僻地の砦に留め置かれ、長きに渡る幽閉生活を強いられた...」
幼子「...」王の勇姿を描いた絵画を、初心い眼の幼子が見上げる。
アタム「其れから10年...」
「御旗を掲げた陛下の元に、苦境を耐えた臣民が集う...」
王子「...」長老と共に、幼子の手を引き王城内を歩く王子。
アタム「時を経ず...此処、王都へと押し寄せて来る敵国の大軍隊...」
「ぶつかる両軍、熾烈な戦場...血肉削ぎ合う兵士たち...」
「そしていよいよ...両国王の一騎打ち...」
王子「...」幼子の手を引く王子の目が、若かりし頃の父の寿像に向けられる。
アタム「敵国の王の絶大なる威光を前に、両軍兵士が息を呑む中...」
「ひとり陛下は、臆する事無く...見事、対峙し討ち果たされた...」
第1章「我、在らん世に...」
玉座の間...
王に不死の妙薬を献上する錬金術師長。
師長「えっ、ですが...此れは史書に記されたる聖獣...」
「白澤の睾丸を、酒精にて煎じた不死の妙薬...私奴などが...」
王「構わぬ...さあ、飲め...」
顔を覆う面の奥から、王の鋭い眼光が師長へと向けられる。
師長「ゴクリ...」固唾を呑み込む師長。
幼女中「...」
師長「グビッ...」
「グビッ、グビッ、グビッ...」
「ふぅ...」
王「此れで其方は不死の者...」王笏を手に立ち上がる王。
師長「へっ、陛下...」一歩一歩と近付いて来る王の姿に恐れ慄く。
王「よもや我を、謀りはすまい...」師長の眼前で王笏を振り上げる。
術師長「陛下...!」
「ゴンッ!!」振り下ろされた王笏が、師長の頭蓋を打ち砕く。
師長補佐たち「はあっ...!!」
王「...」師長の躯を、暫し無言で見下ろす王。
「ふん、矢張りの...」面に付着した師長の血がだらりと垂れ落ちる。
「何時も同様...相も変わらず擬い物じゃ...」
「ガシャン!!」妙薬の瓶が王によって踏み割られる。
師長補佐たち「...」
王「錬金術...百余年の時を経て猶、未だ何らの成果も無しぞ...」
師長補佐たち「...」
王「貴様たちの怠慢が...何れ程の王を死に追い遣ったか...」
「我、在らん世に...貴様らの生など無き事を知れ...」
師長補佐たち「...」背を向け去り行く王を見送る師長補佐たち。
幼女中「...」
師長の御霊「...」
己の現状を理解出来ず、呆然と立ち尽くす離体したての師長の御霊。
庭園...
幼子たちを引き連れ歩く王子と長老。
「リン...リン...」
王子「...」王の御成を知らせる鈴の音に目を向ける王子。
幼子「あっ、陛下だ!」
アタム「...」
王子「ああ、又じゃ...」
アタム「んっ...?」
王「...」擦れ違い様、王子に目を向ける王。
王子「...!」その一瞥に怯み、慌て頭を下げる王子。
幼子たち「...」王子に倣い頭を下げる幼子たち。
アタム「...」行き去る王の背を見詰める長老。
王子「見よ、アタム...今日も、又もや血塗れじゃ...」
「此度は誰ぞが殺されたのか...」
アタム「屹度恐らく陛下に対し、何か無礼な振舞いを...」
王子「父上様は何故に...いとも容易く命を摘まれる...」
アタム「...」
王子「幾ら皆が、父上様を褒め称そうと...我は彼の目が恐ろしくある...」
王の居室...
「ファー...ファララ、ルーラァー...」
王「...」煙草を燻らす王の耳に楽園へと誘う歌声が届く。
世話衆「陛下...御籠女衆の誘いが...」
王「興が起きぬと申して参れ...」
世話衆「はい...」
王「...」面を外した王の顔から、老いへの至りが見て取れる。
王城外 高架橋...
王城を離れ、その敷地内にある錬金術区画へと向かう師長補佐たち。
師長補佐1「ああ何と...何とも大事となって仕舞うた...」
師長補佐2「早急に、新たな師長を据えねばならぬ...」
師長補佐1「しかし...此の事知れたら誰も...」
看守「何っ...又も虜囚を寄越せとな...?」
師長補佐2「んっ...?」声を聞き付け橋の下へと目を向ける。
師長補佐1「彼奴は例の...」
橋の下に建つ虜囚収容棟前に言い争うふたりの姿。
看守「先月工面致した分は...」
師長補佐2「ああ、確か...道理を外れ、先般隅へと追い遣った...」
看守「ええい、煩い!」
「今後御主にゃ朱印が無くば、一切差配罷り成らぬ!」
「さあさ、去ね!去ね!とっとと失せろ!」
術師「ちっ...!」看守に背を向け立ち去る術師。
師長補佐2「ふん、外道めが...」その姿を見送る師長補佐たち。
玉座の間...
師長の御霊「...」死に至り、離体した師長の御霊がひとり佇む。
「ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ…」
玉座の間の扉が開かれ、現れたひとりの社僧が、御霊の元へと向かい歩く。
社僧「御助力致そう...逝く先、惑う事無き様に...」
御霊の頭部に手を翳し、その精神世界へと触れ入る社僧。
師長の精神世界...
社僧「...」社僧の目が開かれ、波打ち際で平伏す師長の姿を認める。
師長「ああ何と、私奴の力及ばず...成せぬが結果、斯様な事に...」
「ああ、如何か...如何か陛下、御容赦を...」
「パシャッ...」海の中に踏み入る王。
師長「ああっ...陛下!陛下!」
「ザバッ、ザバッ、ザバッ...」王の姿は見る間に全身、海の中へと消える。
師長「...」海を見詰め続ける師長。
「ブォン...」掌に光球を作り出す社僧。
「ザッ、ザッ、ザッ、ザッ...」
師長「はて...何方か...」背後に歩み寄る社僧に問い掛ける。
社僧「此の荷を届けに...」
師長「...」振り返る師長の目が、光球へと向けられる。
社僧「さあ受けられよ...此れで未練も解かれる...」師長に光球を差し出す。
師長「...」師長の手の中へと受け渡される光球。
「カッ!」するとそれは忽ち弾け、眩い光が迸る。
師長「うっ...」師長の目が、恐る恐る開かれる。
王「大儀じゃ師長!」海の中から王の体が浮かび上がる。
「遂に不死を成し果たしたな!」
師長「おお...陛下...!」
「はっ...」
知らぬ間に持つ瓶に目を向け、それが不死の妙薬であると理解する師長。
王「さあさっ、此方へ持て参れ...」
「バシャッ...」師長の足が海の中へと踏み入れられる。
王「大儀ぞ大儀...」瓶を掲げる師長の頭に手を乗せる王。
「其方は国の誉れじゃぞ...」
師長「...」笑みを浮かべる師長の体から光が溢れ出す。
玉座の間...
社僧「...」立ち昇る白い煙を見上げる社僧。
「ふう...」御霊の浄化を済ませ息を吐く。
ケルビン・ビャカン研究棟...
術師「おのれ...おのれ...高が給餌が偉ぶり居って...」
「もう少し...もう後少しであるというに...!!」
「如何にする...何とか虜囚を得る術は...」
「いや...被験に耐え得る身柄であれば、何も虜囚に限りはすまい...」
机の上に置かれた丸薬を見詰める錬金術師ケルビン・ビャカン。
術師「成就は間近ぞ、斯くなる上は...如何なる術も厭いはせぬ...」
鞄の中に丸薬を入れ、外套を羽織る術師。
王都街...
「パッカ、パッカ、パッカ、パッカ...」
中層の街を警邏する副長チャテンスと見習い隊士キメティコ。
副長「キメティコよ...御主も既に隊士の端塊...」
「確と見よ、勝手知ったる此の街並みを...」
キメティコ「...」
副長「此の...何時もの見慣れた景色の中に、時折生じる凶事の萌芽...」
「其の悪しき芽を...速やかに摘むが、我ら隊士の務めなり...」
「務めを果たすに肝要なるは、揺るぐ事無き捕吏の眼ぞ...」
キメティコ「捕吏の眼...?」
副長「如何なる機微をも見逃さず、世を見通すが捕吏の眼...」
「隊士たる者、常に其の目を見開きて...」
「本の些細な咎事たりとも、決して見過ごしてはならぬ...」
「王都の警備を一手に担う、隊士の責務と心得よ...」
キメティコ「はい!」
通りの外れで先輩隊士と合流し、無頼窟への入り口に目を向ける。
副長「さあ、キメティコよ...此処から先は、無頼の寄辺...」
キメティコ「...」
副長「怯むで無いぞ...」
キメティコ「はい...」
無頼窟...
狭い側道を経て、不穏な空気の漂う裏通りに出る。
「パッカ、パッカ、パッカ、パッカ...」
客「おい親父...隊士どもの巡回ぞ...」
窓際の客が主人に隊士の来訪を知らせる。
主人「放って置け、中まで入って来やぁせんさ...」
手にした杯を客の前に差し出す主人。
術師「...」その杯を受け取る術師。
「パッカ、パッカ、パッカ、パッカ...」
隊士らの視線の先に、屋外で食事する無頼たちの姿。
無頼のたちの敵意が隊士たちに一斉に向けられる。
無頼「ひっひっひ...」怯えた表情のキメティコを見て笑う無頼。
キメティコ「...」
キメティコを笑う無頼を警杖で打ち付ける先輩隊士ボン・コズヤシ。
仲間が打たれる様を見て熱り立つ無頼の徒。
頭「よう旦那...」
一触即発の空気を破り、無頼の頭がチャテンス副長に声を掛ける。
副長「豪奢じゃのう...」飯を食う頭を馬上から見下ろすチャテンス。
頭「街の者らが頼みもせんのに食うて呉れろと日々持って来る...」
「何奴も皆、義理堅いけのう...」
「受けて遣らにゃあ、帰りゃあせんで...」
副長「気を付けよ...」
「飢えたる者らに、肥えた御輿は担がれぬでな...」
頭「ちっ...失せろ!」チャテンスから視線を外し食事に戻る頭。
「パッカ、パッカ、パッカ、パッカ...」
無頼の鋭い視線を背にし、警邏を再開する隊士たち。
中層 居住地区...
喪服を纏った人々を行き過ぎると、葬幕に囲われた家屋が見えて来る。
禁忌に触れぬ様、隊士たちは馬を降り手綱を曳いて歩く。
「スッ...」門前に立つ若い社僧が頭を下げる。
キメティコ「ぺこり...」それを受け、同様に頭を下げるキメティコ。
コズヤシ「...」
「パッカ、パッカ、パッカ、パッカ...」家屋を通過し、再び騎乗する隊士たち。
コズヤシ「のう、キメティコよ、御主の才なら社僧が本分...」
「俸禄にしても桁違いじゃろう...」
「恵まれたる地位を捨て...何故、此方に移って参った...?」
キメティコ「...」
コズヤシ「矢張り、剣士長様の御意向か...?」
キメティコ「いいえ、自分の意思で決めた事...此方の方が性に合うかと...」
副長「して...剣士長様は何と?」
キメティコ「特には何も申しませんが...?」
副長「ふふっ、彼の鬼とて人の子ぞ...内心喜んで居られよう...」
キメティコ「鬼...ですか?」
コズヤシ「鬼であろう...!」
副長「家だと違うか...?」
キメティコ「家では常に寡黙故...へぇ、彼の父が鬼ですか...」
副長「孰れ解るよ...」
コズヤシ「おい...鬼と言うたと申しはすまいな?」
キメティコ「ははっ、申しませんよ...」
歩行者「...」隊士たちの前方を行く歩行者の姿。
キメティコ「あっ...」
馬を止め、脇道へ行き去る歩行者を見詰めるキメティコ。
キメティコ「チャテンス副長...如何か暫し、離隊の許可を...」
コズヤシ「如何した急に...」
キメティコ「彼方に御霊が...」キメティコは、行き去る御霊を指し示す。
副長「...」指し示される人気の無い脇道に目を向け困惑するチャテンス。
キメティコ「屹度、先程の葬場から...恐らく皆様、探して御出でだ...」
「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ...」
手綱を引いて御霊を追うキメティコ。
コズヤシ「見えますか...?」
副長「いや...」見えぬ何かを追って行くキメティコを見送る隊士たち。
矍鑠とした老爺の御霊の後ろに付いて歩くキメティコ。
老爺「...」朽ちた鳥居の前で行く手を阻まれ立ち止まる老爺。
キメティコ「結界か...此処で済ますか...」
「いや...矢張り御自分で...」
「...」キメティコの手が御霊の腕にそっと触れる。
老爺「...」触れられ驚く老爺の御霊。
「ヌプッ...」
キメティコの手が、御霊の背にそっと触れ聖域の中へと押し入れる。
老爺「...」鳥居を潜り立ち止まる老爺。
「何者か...何故、儂に触れられる...」
「何故、儂が見えて居る...」
キメティコ「剣士の身形をして居りますが、多少社僧の心得が...」
老爺「ふっ...矢張り、御坊であるか...」
「早早祓いに参ったのだな...」振り返りキメティコを見詰める老爺。
キメティコ「いや...如何か其れは、御自分で...」
老爺「...」
御堂...
老爺「死に際し...抗う事無く逝こうとしたが...」
「残した事に、思いが至り...」孫の顔を思い出す老爺。
「御迷惑掛け、申し訳無い...」
キメティコ「いえ...御助力致します...」
老爺「...」
「ギィイイイイ...」古びた御堂の扉を開くキメティコ。
老爺「嘗て儂は、此の朽ち果てたる...社を担う社守であった...」
キメティコ「...」御堂に足を踏み入れる。
老爺「当時は未だ、稚く...世俗の波に抗えず、呑まれ勤めを怠る様に...」
「社守の居着かぬ社は寂れ...結果、廃社となって仕舞うた...」
「見る目を持って居らぬ身が、世襲で継いだ社故...」
「一切の後悔も無かった...」
キメティコ「...」
老爺「しかし時が過ぎ...産まれた孫が、見る目を授かりたるを知り...」
「己の愚行を悟るに至り...」
「急ぎ取り繕うべく、社の復興を図ったのだが...」
「一度消えた火、再び灯す事...相成らず...」
キメティコ「...」
老爺「もう...諦めて居った筈なのだがね...」
「今際の際に、泣く孫の姿を目にし...未練が生じて此処に参った...」
「最早何も出来ぬというに...思いを断つは難儀な事だ...」
「もう良い、此処で終いとしよう...御坊よ、頼めるか...」
キメティコ「はい...」
老爺「...」
キメティコ「...」老爺の頭部に手を翳し、精神世界へと触れ入る。
老爺の精神世界...
そこは未だ、朽ち果てる以前の社。
見る目を持たず、苦悩する青年を苛む人々の声。
声「此処の社守は目を持ち居らぬ...」
声「目を持たぬ身で社守とな?」
声「見えもせずして何を為さんと申し居る...」
声「はっはっは...凡夫に社は担えまい!」
青年「ああっ...」
声「ははははは!ははははは!」
青年「ああああっ...」
「ああああーーーー!!」御神体を床に叩き付ける青年。
老爺「あああっ...」砕けた蛇体の御神体を見下ろす老爺。
声「御目出とう...見る目を持って、居る御子です...」
声「えっ、其れじゃあ...孰れ此の子は社僧様...?」
声「いや...なあ、父さん...」
声「此の子は将来...内の社の御社守様ぞ...!」
老爺「ああ何と、何と儂は愚かな事を...何んたる事を為出来した...!」
「灯れ...灯れ...灯れ...灯れっ...!」
「ああっ...」御神体の修復を試みるも灯明に火は灯らない。
「ブォン...」掌に光球を作り出すキメティコ。
「フッ...」キメティコの手から、老爺に向け放たれる光球。
老爺「はっ...」踞る老爺の目が、仄かな明かりを放つ光球に向けられる。
「カッ!」その瞬間、光球が弾け眩い光が迸る。
老爺「うっ...」薄らと開かれる老爺の目。
「おお...小法師や...!」その目に映る孫の笑顔。
孫「さあ、爺ちゃん...火が灯るよ...」
孫が御神体に触れた途端、灯明に一斉に火が灯り社から光が立ち昇る。
老爺「はっ...はははっ...」立ち昇る光を見上げ涙ぐむ老爺。
「遣った、遣ったぞ...火が灯った...」
「此れで再び社を興せる...」
孫「有難う、爺ちゃん...」
「僕...此の社の社守になるよ...」
老爺「ふふっ...ああ、頑張れよ...」
笑みを浮かべる老爺の体から光が溢れ出す。
御堂...
キメティコ「...」立ち昇る白い煙を見上げるキメティコ。
「ふう...」御霊の浄化を済ませ息を吐く。
「ああ、もう日暮れ...浄化した旨、急ぎ葬場に御伝えしよう...」
境内を歩くキメティコの足が直と止まり、その目が鳥居へ向けられる。
キメティコ「ああ、そうだ...」
「此処に来た際、聖域は...何事も無く機能して居た...」
「ならば屹度、火は灯る筈...」振り返り、御堂へと急ぎ戻る。
キメティコ「...」御堂の中をを見渡し、何かを探すキメティコ。
そして遂に、祭壇の上に微睡む霊体の蛇を発見する。
キメティコ「見付けた!」
その蛇を掴み、祭壇の蛇体の御神体に、それをそっと差し向ける。
キメティコ「さあ如何か、再び御体に宿られよ...!」
「ボフッ!」再び御霊の宿った御神体が発光し、灯明に火が灯る。
社に光が満ち溢れ、その光は天に向かって柱を築く。
キメティコ「...」御堂の外に立つキメティコが、眩い光の柱を見上げる。
葬場...
少年「うわぁ...!」
夜空に聳え立つ光の柱を、葬場から見上げる社僧たちと少年の姿。
深夜、王都街裏通り...
捕吏「おい貴様、謀り申しちょらんじゃろのう...」
男「本当じゃて...一目で知れる、惨ぇ様よ...」
「さあ、旦那方...此の先でさあ...」
捕吏「...」
隊士「おお、何と...」臓腑の溢れ出た浮浪者の遺体を燈火が照らす。
隊士「此れは確かに刃傷沙汰じゃ...」
「おい捕吏、急ぎ参れとキメティコに伝えよ...」