おせっかい
半世紀ぶりに来た友人のねぐら、そこは相も変わらずだった。
まぁドラゴンの寝床だったから動物は避けて通るだろうしな。
森の中だから盗賊みたいな連中がすみ着くこともないし当然だろう。
おかげであいつの鱗や角、他にもドラゴンが排泄する古い魔力によって変質した鉱石がざっくざくだ。
つまり銀が変質してできたミスリルなんかもあるし、アダマンタイトやオリハルコンもたっぷりある。
……まぁ、緊急事態ということで少し拝借するくらいはいいだろ。
好きにしていいとは言われてたが、仮にも友人の家だからな。
壊したり散らかしたりするのは気が引けていたので手付かずだったわけだ。
あとここに来るとちょっと寂しくなるのと、そして岩塩の採掘所よりも遠いから疲れるという理由があったんだがな!
「せーの!」
つるはしに魔力を纏わせないようにしてミスリルがありそうな部分を叩く。
この作業が重要で、魔力が含まれているとミスリルも反応してしまうから素の力でぶん殴らないといけないのだ。
これが無茶苦茶疲れるし、魔力を使えないというのは不便極まりない。
唯一の救いは魔力さえ通さなければミスリルは銀と変わらないし、アダマンタイトも鉄並の強度しかないわけで、つまるところ掘り返すことは簡単なのだ。
……オリハルコンとかいう例外はともかくな。
ありゃ常に硬い、魔力を流さなくても硬い、そして魔力を流す方向性でさらに硬くなったり、逆に柔らかくして加工できるようにできたりもする。
今回はパスする方向で決めていたが、採掘するなら専用の付与装備で挑まなきゃいけなかった。
「こんなもんでいいか」
必要分は用意できたと思う。
というか失敗も考えて必要以上に採掘したわけだが、私が魔力を使わず運べるギリギリの量をとった。
こいつらマジで繊細で、運ぶときも魔力使うと硬くなるからなぁ……うかつに身体を強化して運搬ってわけにもいかないのが面倒くさい。
もちろん魔力が抜けたら柔らかくなるんだが、一日じゃ抜けきらないだろうし抜けるようなのがあれば粗悪品だ。
そんなもんで武器や鎧を作ってどうにかなるとは思えないからな。
「ふんぬっ!」
勢いをつけて背負ったが、やはり重い……アル叩き起こして連れてくりゃよかったか?
いや、これは自己満足でやってることだからそういうわけにもいかないか……。
「ぐぎぎぎぎ……」
ズンッと脚が地面に沈むが、今はこらえて長い道のりを歩く。
この調子だと家に着くのは夕方になるだろう。
加工を考えると今日は徹夜か……そういや久しくそんなことなかったな。
アルが来てからというもの、たった一日だってのに調子が狂いっぱなしだ。
「にゃろう……絶対ふんだくってやる……」
文句を言いながら気力を振り絞りどうにか家に辿り着いた。
鍛冶場は別の入り口があるから、そこから荷物を運び込んで家の中に戻る。
肩がギシギシ言っている気がするので服を脱いでポーションをぶっかけているとアルが寝室から出てきた。
「よう、随分長い昼寝だったな」
「そうだ、な……?」
「どうした?」
「ふ、服を着ろ!」
「ん? 見て楽しい身体じゃないだろ、生娘かお前は」
「そういう問題じゃない!」
「かくいう私はそういう機会に恵まれず生娘だが気にする必要はないぞ」
「そういう問題でもない!」
「おかしなやつだな、もう着たからいいぞ」
そう声をかけると恐る恐るこちらに視線を向け、そして一瞬胸元で目を止めてから慌てて背後を向き直った。
「着てないじゃないか!」
「衣擦れの音で気付けよ、からかいがいのある奴だなおい、なんなら揉んでみるか?」
「やめろ!」
「くくく……皇子様が女に弱いってのは意外な弱点だな」
「や、やめっ、その状態で肩を組むな!」
「いやなに、エルフの乳を見たからって伝承みたいに石にされることはないから安心しろよ」
「なんだよその伝承! いいから服を着てくれ!」
……これも失伝してるのか。
仕方ない、これ以上からかうと怒られそうだから素直に服を着よう。
「ほれ、今度こそちゃんと着たぞ」
「本当だろうな……」
「本当だって、もうからかわないから安心しろよ」
同じ方法では、だけどな。
今度は風呂上りに下着姿で出歩いてみるか?
……いや、流石にどうかと思うしやめておこう。
しかしこいつ存外面白い奴だな。
「まったく、年頃の女性があんな格好をするもんじゃないだろ!」
「年頃って言うがお前の家系図よりも長生きだと思うぞ」
少なくともこいつの国のこと知らなかったからな。
ハルファ教が滅ぼされてからできた国なんだろう。
「だとしてもだ!」
「あのなぁ、逃亡者でこんな森に一人で引きこもってた女に一般的なあれこれ要求するのはどうかと思うぞ」
「それでも恥じらいまで捨てるな!」
「捨てちゃいないが……エルフは割とその辺適当なんだよ。森の中で生活してるから男女一緒に素っ裸で水浴びとか普通だったし」
嘘ではないが、子供だったり子連れの大人がすることだけどな。
普通のエルフはしないはず、今も常識が変わっていないなら。
「種族差というのは本当に厄介な……」
「そいつは同感。人間の暮らしってのは肌に合わないんだ」
暗に城での暮らしとか誘ってくれるなよという釘刺しだ。
分別はあるからそんなことはしないと思うけど一応。
「とりあえず飯にしよう。何か注文はあるか?」
「……なんでもいい」
「そうか、じゃあそこにある干し肉削って勝手に食え。私はやることがある」
「干し肉か……」
「不満なら自分で作れ」
「……わかった、どこまでできるかわからないがやってみよう」
自分で言っておいてなんだが、一国の王子様ができるのか?
そんな疑問を飲み込んで鍛冶場に戻る。
徹夜だから食事はとっておきたいが、今は空腹のがいい。
これから扱うものは面倒極まりないから眠気のもとになるようなものは避けたいしな。
「さて……普通の火入れも久しぶりだ」
ミスリルとアダマンタイト、その加工に魔法は使えない。
下手に使うとまったく形を変えてくれなくなるのだ。
なので、普通に火おこしをして薪をくべて、そして火の色から熱を確かめる。
「よし」
ちょうどいい頃合いになったらミスリルの原石をぶち込んでガンガンに燃やす。
燃やしまくって、赤熱したらハンマーでぶん殴って混ざりものを抜く。
銅とか錫とか、鉛なんかも含まれているがそれでも高純度だな。
普通に採掘されるミスリルなんかは銀が偶然変化したものだから不純物が多い。
今回とってきたのはドラゴンの排泄魔力の影響で高純度化したものだから幾分か手間は省ける。
「さて、ここからが本番か」
ある程度不純物を取り除いたミスリルを切り分けて、一番大きい物を熱して叩く。
それを何度も繰り返し、形になったところでハンマーを取り換えた。
さっきまでの形を作るためのでかいのじゃなくて、歪みを消すための少し小さいものだ。
そいつでコンコンと叩きながら歪みを潰して、ついでに全体のバランスを調節する。
最後に焼き入れをして剣は完成するのだが……。
「できたぞ!」
そんな声が家の方から響いてきた。
……皇子様の料理かぁ、不安だな。