出会い
「あー、暇だ……」
長い事この森に住んでいるけど本当に暇だ。
昔ちょっとした事件で人前に出る事が出来なくなって……何百年経ったんだろう。
ともあれ、そんな長い時間を森の奥深くで過ごしてきた私は暇でしょうがない。
事情が事情だけに外に出るわけにもいかず、できる事と言えば偏屈者が住んでいた空家を改造して自分好みにするだけ。
必要なだけの狩りをして、そしてたまに森の動物と戯れて、数十年に一人来るか来ないかの客を待つ。
そんな日々には飽きていた。
「……外、出てみようかな」
不意にもれた言葉に自分でも笑ってしまう。
そんなことはできない、してはいけないのだ。
命にかかわる問題であり、下手をすればこの土地からも追われる可能性がある。
せっかくの住まい、せっかく改造して作り上げたこの場所を手放すのは惜しい。
「飯、作るかぁ……」
腹の虫が空腹を訴えてきたので適当な肉を適当に焼いて食べる。
庭の畑で取れた野菜を生で齧り、水で喉を潤して終わりだ。
あとはひたすら時間つぶしである。
「鍛冶……調薬……付与……もう今できる事全部やっちまったなぁ……全部鋳潰してもっかいやり直すか」
壁にずらりと並んだ武器をいくつか掴み、ハンマーで叩き潰す。
しばらく続けて、ただの板になった物を手に炉の前に立ち指を鳴らして炎を出す。
魔法、もともと使い慣れていたけれど日常生活に織り込むことで今じゃ手足のように扱えるようになった。
指を鳴らすのは癖であって必要ない工程だが、やっぱりするとしないとではなんとなく精度に差がある……気がする。
あとは鉄を炉に放り込んで、ある程度熱したら叩いて形を作って、熱して叩いてを繰り返して焼き入れして、研いだり仕上げして完成。
「……この作業も慣れてきたなぁ。というか飽きてきた」
ここ100年くらい日課にしてるけど、マジで飽きてきた。
いやこれ以上を目指そうとする気持ちがないわけじゃないんだけど、そのためにはいろいろ足りてないのよね。
例えば鉱石!
今はただの鉄でやってるけど、ミスリルとかオリハルコンとかそういう凄い奴を使ってみたいという気持ちがある。
もちろんすぐにどうこうできるとは思わないけど、それも100年くらい続けたら何とかなりそうかなーと。
だけどこの森の中でそんなの探す気力が無いし、そもそも見つけたとしても本物かどうか見分けられない。
詰んでいるのである。
いや、心当たりはあるけどアレはちょっと手を出すのがはばかられるというか、正直なところそのままにしておきたい。
くだらない感傷だけどな。
「はぁ……試し切り、行くか」
出来上がったばかりのそれを片手にローブ……だった物を羽織る。
うん、ローブだったのよ、それなりに高性能なやつ。
ただ数百年使い続けてボロボロになって、今じゃ顔隠すくらいの使い道しかない。
そんなものでも日差し除けにはなるので使い続けてるけどね。
太陽光は嫌いである。
しばらく森の中を歩き回り、そして鹿を見つけたので先ほど作ったばかりの剣を振る。
大した手ごたえもなく、近くにあった木を切り倒して、驚いた鹿の隙をついてその首を切り落とした。
うむ、なかなかの切れ味だ。
とりあえず血抜きして、あとで川に沈めておこう。
うーん、肉の在庫は十分だし燻製かな。
せっかく切り倒した木もあることだし、こいつをチップにしよう。
香木としてそれなりの金額がする、と昔聞いたことがあるからそれなりのものにはなるでしょ。
とりあえず血抜きが終わるまではここで木の枝打ちをしながら待ち、血が抜けたら解体して内臓を取り出す。
食べられないわけじゃないけど心臓は地面に埋めてその上に鹿の首を置き、内臓を並べて備えてお祈り。
どこの神様に祈るわけでもないが、なんとなく続けてる所作だ。
明日も美味しいご飯が食べられますように、なんて意味を込めてた頃もあったけど今じゃなんでも食べられたらいいからね。
それでも命を奪った以上無駄にする気はないのでこうしているし、美味しいに越したことはないから。
あとは鹿の皮を剝いで……と言いたいところだがそれは水辺でやる。
生肉を背負うとローブが凄く臭うようになるからだ。
水辺で解体してもいいけど、それやるにはいろいろ条件があるし、水場で狩りをすると獣がしばらく立ち寄らなくなる。
野菜オンリー生活はもうこりごりだ。
そんなことを考えながら、家から比較的近くにある川に辿り着いた時妙なものを見つけてしまった。
「……まだ絶滅していなかったのか」
人間である。
元は絢爛豪華だったであろう、けれど今はあちこちひしゃげて使い物にならなそうな鎧を身にまとい、半ばで折れた剣と装飾として取り付けられた宝石が割れている鞘を手にしている。
つまりあれかな、鞘を杖の代りにしながら周囲を警戒し続けてここでぶっ倒れた感じ。
剣はここしばらく血を吸った様子がないし、鎧の傷も獣由来のものじゃないから逃げ延びた感じだろうか。
うむ、面倒ごとの匂いしかしない。
かといってここで放置するのも……まぁ暇つぶしにはなるか。
鹿の皮を剥いで、蔦で脚と岩を結び付けて流されないようにしてから水底に沈めて代わりに男を背負う。
随分と軽いな。
こいつちゃんと飯食ってるのか?
……あ、剣から新しい血の匂いがしないからまともに食べられなくてぶっ倒れたのか。
空腹で倒れるとはまた……行きついた場所がここというのもなんかシンパシー。
そんなことを考えながら家に帰り、鎧を脱がして一つしかないベッドに放り込んだ。
さて、この鎧はもういらないだろうし剣も使い物にならないだろうから貰っちまうか。
……助けてやったんだしいいよね……料理くらいは作ってやるか、めんどくせえ。