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2 ニャ!

 一人になった部屋。

 そっと籠から出て、部屋を探索する。狭くもないが、広すぎもしない。部屋の真ん中にベッド、壁際に引き出し、クローゼット、鏡台。

 ベッドの下を覗き込んだが、ちょっと入り込めそうにない。鏡台の椅子の下に入り込んで身を伏せ、周囲を観察する。漂う化粧品の匂い。ここはどうやら夫人の部屋らしい。となると、あれがミルトン夫人か。見たところ、優しそうな女性だが。


 「家の女主人に男がいないか、金を使い込んでいないか、怪しいところがないか監視するんだ」


 あの男はそう言っていた。つまり自分の妻を監視しろと言うことか。

 どう見ても嫉妬深い夫が妻を疑っているんじゃない。妻の粗探しをさせようとしているんだ。何か心当たりがあるのかもしれないが…。

 それは、人を猫にしてまですることか?


 夫人が戻ってきて俺を探していた。目と目が合うと、鏡台の近くの床にトレイを置いた。細かく裂かれた肉に牛乳、水もある。

 夫人は少し下がって、遠くから微笑みながら見守ってくれている。猫が警戒しているのを察しているのだろう。

 ゆっくりと起き上がって皿に近づき、匂いを嗅いでみる。

 クンクン。クン。

 …ぐっ、すっげえうまそう。

 ペロッとなめて、

 うんまーーーい!

 後はその味の虜になった。人間だった頃に食べた飯よりさらにうまい。汁まで舐め尽くす。金持ちの猫って、こんなに幸せなのか。

「お口に合うかしら?」

「…ナーゴ」

「良かった」

 微笑む姿が女神に見えた。

 しかし、女神様、安心してはいけない。俺は悪魔に遣わされたスパイ猫なんだ。



 夫人は猫の俺に気を遣っているようだった。俺があざとく夫人の足元に近寄り、足首に首をすり寄せると、

「かーわいいーー!」

と言って頭を撫でてくれた。頭から耳の裏、頬のあたりのいいところを、実にいい加減で撫でられる。いやぁ、これは、た、たまらん。喉が勝手に音を立てる。

「グルグルグルグル」

「猫ちゃんの毛って、柔らかなのね。特にこの耳の後ろのここ、つやつやですんごくいい感じ」

 心地よいナデナデですっかり警戒心がなくなったところに、手が背中へと伸びていき、何度も撫でられるうちにごろん、と倒れていた。うーんと体を伸ばすと、そのまま伸びた体を上から下へと何度も撫でられて、不覚にも腹を見せてごろりと寝転ぶと、腹までなでなで…

 お、奥さん、いけません。そんな、うおぉ…。

 力加減も絶妙に全身を撫でる手。尻尾もつかむように撫でられて、ちょっと尻尾を振ってするりと手から逃れても、また柔らかにつかんでくる。そのうち尻尾も触られてもいいやと思えるようになってしまった。

「あら、あなた男の子なのね」

「にゃ!」

 突然ブツをつつかれ、びっくりして顔を上げると、

「ごめんなさい、驚かしちゃった? だってふわふわでコロコロしててかわいかったんだもの」

 …おい。そんな理由で雄猫の一物をつつくか。恐ろしい女だ。ミルトンさんが怪しんでいるとおり、何かいわくのある女なのかもしれない。


 食べたものを片付ける夫人について行くと、夫人は追い返すこともなく気ままに同行させてくれた。

 確かミルトンさんは貴族の出身だが爵位はなかった。この家には使用人もいるようだが、夫人は自分で俺の皿の片付けをし、人の使う皿とは別の場所に置いた。

 トイレの場所がわかり、そこで用を足すと夫人はひどく感心していた。人、いや猫が用を足しているところを覘くのもどうかと思うが、悪さするとでも思われていたのかもしれない。

 トイレのドアはすかしてもらえることになった。…助かった。


 その日は夫人の部屋で寝た。床に大きなクッションが置かれ、その上に腰を下ろすと、

「おやすみなさい」

と言って夫人は明かりを消した。

 女性と一室に二人きり。しかし色っぽいものは何もなかった。猫になって疲れたのか、その日はあっという間に眠りについた。


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