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懺悔③

 それから今年の春まで、私はこの鉢植えを自宅に置いていました。

 花は相変わらず枯れることはなく、水をやらずとも、日の光に当てずとも、咲き続けました。

 小さな虫があの赤い心臓の上を這うところも見ましたが、弾けることはありませんでした。


 あのホウセンカにとって、私の心臓は命の源なのでしょう。ですから、新たに生贄となる心臓が差し出されない限りは、はじけることはないのだと思いました。

 事実、生きる気力を失ってしまった私は、終わりにしてしまおうと、自らあれに触れましたが、決して、弾けることはありませんでした。

 それならばと、刃を突き立てようとしたこともありましたが、私の覚悟が足りないのか、それとも、あのホウセンカ自体の、何らかの防衛本能が作用するのか、どうしても、あれを傷つけることができませんでした。


 私以外の誰かがあれに触れない限り、私は死ぬことさえも許されないのかもしれない。

 私はこの花のために、永遠に生かされ続けるのではないか。

 そう思い至ったとき、耐えがたい恐怖に襲われました。


 早く、この罪を終わりにしたい。

 そう願い、今年の春、私は花壇にホウセンカの種をまき、花が咲き始めた頃に、あの花を花壇へ植え付けました。


 もしかしたら、誰かが、あれに気づいて、私と同じように、魅入られ、衝動に駆られ、触れるかもしれません。

 そうなれば、ようやく、私は私自身を終わらせることができる。

 そう、安堵したはずでした。


 しかし、やはり私は、どうにも弱い人間なのです。

 誰か花壇に近づくたび、死の恐怖に震え、それとなく牽制しました。

 赤い心臓が見えないように、根本に土を盛ったりもしました。

 そして、同時に、自分の罪深さを呪いました。

 あれに触れた人は、何も知らないまま、この花の糧となり、いつ終わるとも永遠に続くとも分からない業を、背負わされるのです。

 私が終わりを願うことは、誰かに、この花を押し付けることに他ならない。また、許されない罪を重ねてしまう。

 もはや、あの花は、私が永遠に抱えていくしかないのだと、全てを諦めるつもりでした。


 そんな時に、あなたの弟さんの話を聞いたのです。

 若くして、妻と同じ心臓の病で、いつ命が尽きるともわからない。

 そんな彼にとっては、もしかしたら、この不幸の花も、幸せの花になりうるかもしれない。

 そうして私は、あの花を、あなたの弟へと託すことを決めました。


 大変身勝手なことと承知しています。

 本来であれば、あなたに全てをお話し、あなたの弟さんにもよく理解をしてもらった上で、この花を受け取るかどうか、決めてもらうべきでした。

 しかし、この話をお話した上であなたや弟さんに選択を迫るということは、私の死について、選択を迫るのと同義です。

 そんな決断を、あなたはもちろん、まだ小学生だという弟さんに、委ねるわけにはいかない。

 ですから、私が一人で決めることにしたのです。

 私の、最期の我儘です。


 私が、妻と、あなたの弟さんに対して犯した罪は、決して許されるものではありません。私のちっぽけな命で償い切れるものではない。

 正直に告白すると、あなたの弟さんの話は、私にとって、天の導きでした。

 罪を重ねてしまうことに、胸を痛めたように装いながら、その実は、これでようやく救われる、と心底安堵したのです。


 私は、どうしようもなく、救いようのない人間です。

 私の懺悔と我儘のために、何も知らない彼に業を負わせてしまうことを、心から、謝罪します。

 そして、どうか、弟さんに伝えてください。

 あなたは、救いようのなかったこの私に、救いを与えてくれたのだ、と。


 あなたと、あなたのご家族に幸多からんことを、心よりお祈り申し上げます。


 敬具

お読みいただき、ありがとうございました。

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