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月光を射る。【獣と人の狭間で揺れる恋物語】  作者: 譚月遊生季
第一章 真の恋の道は、茨の道である
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第8話 牧師と狩人

 デイヴィッドは教会の裏手に備え付けた灰皿に葉巻を置き、裏口から中に入る。

 勉強会用の部屋に二人を通し、腕を組んで椅子に腰かけた。

 後に続くようにして、先にディアナ、次にランドルフが対面側に座る。


「デイヴィッドは死んでも死ななかった……らしい」


 ディアナの説明に対し、デイヴィッドは静かに頷いた。


「そういうこった。そん時から歳も取らねぇしな」


 本人が言うように、デイヴィッドの端正な顔には髭もシワもほとんど見当たらない。

 髭面かつ苦みばしった顔立ちのランドルフに比べれば、その差は歴然だった。


「歳は元から取らねぇだろ。同い年ぐらいのくせして、なんでか俺だけ老けた」

「そもそも、テメェが老け顔なんだろうが。熟練の狩人つったって歳は35かそこらだろ」

「……33だよ」

「40年や50年の月日を前にして、小さな数字を気にする余裕があるたァ……見上げた根性だ」

「老け顔っつったのお前だよな」

「チッ……っせーな。訂正してやるよ。今は随分と若作りになりやがった」

「嬉しくねぇー……」


 小気味のよいテンポで会話が続く。その様子を見て、ディアナは感心したように「おお」と呟いた。


「二人は仲が良かったのか。意外だな」


 ディアナの発言に、二人の声が重なる。


「おう、一番の親友だ」

「は? 仲良くねぇよ。ふざけたこと言うな」


 一瞬の間が空いた。

 ランドルフはデイヴィッドの方を見、デイヴィッドはランドルフから目を逸らす。


「嘘つけ!! ガキの頃からの仲だろうが!」

「誰がテメェみたいな変態と友達になるかよ。もう昼だぜ。夢見てんならとっとと目覚めな」


 食ってかかるランドルフに対し、デイヴィッドはやれやれとばかりに首を振る。


「……どっちなんだ?」


 二人を交互に見、ディアナは眉間にシワを寄せて考え込み始めた。


「……ま、そんなこたどうでもいいだろ。仕事の話をしようぜ」

「どうでもいいかなぁ!?」


 話題を流そうとするデイヴィッドに対し、ランドルフは再度食ってかかる。


「いや、どうでも良くない」


 ……が、予想外の方向からも反論が挟まれた。

 先程まで、真剣に考え込んでいたディアナだ。


「仕事の際、どこまで息が合っているのかは重要だ。君たちは赤の他人なのか、友人なのか、犬猿の仲なのか……。どうなんだ?」

「うぐッ」


 至って真面目な質問に、デイヴィッドは面食らったように言葉を詰まらせる。


「……。……ま、ランドルフの腕『は』間違いなく良いよな。そこは信頼してるぜ」

「なるほど」


 頷くディアナに続き、同じくうんうんと頷くランドルフ。そして、赤面するデイヴィッド。


「デイヴの『眼』も確かだよな。……あ、いや、でも今は……」


 お返しとばかりにランドルフはデイヴィッドの「眼」について触れるが、片眼が失われていることを思い出し、言葉を濁す。


「……ああ。そこは安心しろ。『外してる』だけだ」


 ……が、返ってきた斜め上の答えに、ランドルフの目がきょとんと丸くなった。


「外せるの!?」

「両眼じゃ()()()()()からな。普段は外しといた方がいい」

「マジでしれっと人間やめてんなお前!?」

「神の奇跡を授かったと言えやボケ」


 混乱するランドルフと悪態をつくデイヴィッドに対し、ディアナはあくまで真面目に話を続ける。


「とにかく私は君たちが『仲が良い』という前提で動く。良いか?」

「……チッ」


 返事の代わりに舌打ちで返すデイヴィッドに向け、ランドルフが追撃する。


「おいどうした。返事しろよデイヴ」

「っせぇなァ! 腐れ縁だよ腐れ縁!」


 デイヴィッドは赤くなった顔を誤魔化すように机をバンと叩く。

 ディアナは完全に納得できた様子で、話を続けた。


「何はともあれ、これで一安心だ。()りが合わないと仕事もやりにくい」

「ディアナはどうなんだ? デイヴと仲良いのか?」


 ランドルフの指摘にも、ディアナは平然と答える。


「ああ。色々と良くしてもらっている。口は悪いが面倒見は良いからな」

「あァ!? 余計なこと言ってんじゃねぇよワン公が」

「……。……わん……」


 デイヴィッドの罵倒に、ディアナの無表情に不可解そうな感情が浮かぶ。


「おいおい、酷ぇこと言うなよ……」

「犬は犬だろ。ちっとばかしデケェがな」


 ランドルフは呆れた様子でたしなめるが、デイヴィッドは顔を逸らして口元に手を持っていく。

 そこで葉巻がないことに気付いたデイヴィッドは、誤魔化すように咳払いをし、片手で口を覆った。


「『わん』は、犬の鳴き声だ。私は犬ではない」

「……ぐッ」


 全くもって真剣な視線が、デイヴィッドの胸を射抜いた。

 長い金髪をガシガシと()きむしり、デイヴィッドは二人を交互に睨みつける。


「~~~~ッ、あ゛ー……クソが! テメェらは仕事しに来たのかオレをからかいに来たのか、どっちだコラ」

「そうだな。そろそろ『依頼』について聞かなくては」

「悪かったなデイヴ。会えたのが嬉しくて、つい……」


 姿勢を正し、向き直る二人。

 デイヴィッドは大きくため息をつきつつ、一度席を外して部屋の隅へと向かった。そのまま立て掛けてある地図を手にし、ランドルフ達の元に帰ってくる。


「今回の依頼人は農夫だ。畑仕事ができなくて困ってるらしい」


 デイヴィッドが地図を開き、大まかな出没場所を指し示す。


「……で、オレが視たところ、サン=クライムヒルが(やっこ)さんの()()()だったってこった」


 途端に、ランドルフの表情は「狩人」のものへと変化していった。


「作物を食い荒らされたか。よくあるパターンだな」


 ランドルフは顎に手を当て、経験則を導き出す。


「その通り。ただの獣畜生なら罠やら何やらで追っ払って(しま)いだが、『魔獣』ともなるとそうはいかねぇ。商売上がったりでたまったもんじゃねぇだろうよ」


 デイヴィッドは眉間にシワを寄せ、農夫の想いを代弁する。


「ああ。変質した野生生物は、一般人の手に負える代物ではない」


 ディアナは変わらず淡々とした口調で、冷静に状況をまとめる。

 先程の緩んだ空気とは打って変わり、三人の表情は各々が「仕事」の顔に切り替わっていた。


「で、『種族』は?」


 ランドルフの言葉に、デイヴィッドは静かに答えた。


魔猪(まちょ)……つまり、イノシシだ」

「デカさは?」

「6.6フィート(約2メートル)。要するに、テメェよりデカい」

「……上等だ」


 デイヴィッドから与えられた情報に、ランドルフの表情が活き活きと輝き出す。


「楽しい狩り(ハント)になりそうだな……!」

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