表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月光を射る。【獣と人の狭間で揺れる恋物語】  作者: 譚月遊生季
第一章 真の恋の道は、茨の道である
7/51

第6話 兄妹

 帰宅後、ランドルフはすぐに浴室へと向かった。

 ディアナは一人、窓の外を見つめてぼんやりと思案にふける。

「先に風呂、入るか」とも聞かれたが、断った。ディアナは湯浴みより、水浴びの方を好む。後ほど狼の姿になり、近場の泉に行こうと考えていた。


 領主のことは嫌いではない。むしろ、有能な為政者(いせいしゃ)だと評価もしている。

 だが、好きにもなれない。彼はディアナには常に優しく、人間生活に慣れない彼女の言動を(とが)めもしないが、口にする言葉は二枚舌ばかりで何もかも信用できない。


 ──気が変わったら、いつでも言ってね


 彼の言葉には、いつだって真心がない。

 ディアナは不死に飽いたわけでも、生を(いと)うたわけでもないというのに。


 ……すぐに変わるような想いで、自分を殺せる相手を探したわけではないのに。


 けれど、ディアナは「兄」が好きだった。

 もう、彼女にはどれが自分の記憶なのかわからないけれど。

 誰の記憶が、どれほどの数混ざっているのか、なぜそうなったのかも覚えていないけれど。


 それだけは、きっと、確かなことなのだ。


「……ん?」


 窓の外から、木彫りの鳥がひょっこりと顔を出している。

 魔術で動かされた鳥は、床に手紙をポトリと落とし、パタパタと飛び去った。

 それを拾い上げ、ディアナは漂う煙草の香りに軽く眉をひそめる。


「……デイヴィッド牧師からか」


 結わえられた紐を解き、内容を確認する。


 ──拝啓。ディアナ・オルブライト殿。

 いかがお過ごしでしょうか。


 丁寧な筆記体で、いつも通りの決まり文句が綴られていた。




 ***




 その頃、ランドルフは小屋の浴室にて汗を流していた。

 山小屋にしてはしっかりした造りだと思っていたが、領主の命令で建てられた「任務用の設備」だと思えば合点(がてん)が行く。


「ふぃー……」


 ランドルフにとって、人間に戻って良かったことは数え切れない。

 入浴が楽しめることも、そのひとつだ。


「魔術革命」により水の使用が容易になって以降、かつてのローマ帝国のようにバスルームが布教し始めるのに時間はかからなかった。

 とはいえ一般的に、ランドルフのような下級の民がバスタイムを楽しめる機会は限られている。普段は水浴びやベイシン(たらい)に張った湯で身体を拭いて清めるぐらいしかできず、こういった「入浴」は月に一度できるかできないかの贅沢なものだった。

 ……が、ここではその「贅沢」が許される。


「……至れり尽くせり、ってやつだな」


 ぼんやりと浴場の天井を仰ぎ、現状を思う。

 楽しむことに罪悪感がないわけではない。自分の奪ったものが、取り返しのつかないものだとは理解している。


 だが、「楽しむこと」自体が、まだ自らの内側に残った「呪い」を鎮めているのは間違いなかった。


 ……と、ノックの音が浴場に響く。


「ランドルフ、ちょっと良いか」


 続いて、ディアナの凛とした声も聞こえた。


「どうした?」


 ランドルフが応えると、特に躊躇(ためら)ったような間もなく扉が開け放たれた。

 ディアナは平然とした顔で、浴場に足を踏み入れる。ランドルフは思わず両手で顔を覆ったが、ディアナが服を着ていることに気付き、今度は下の方を覆った。


「いやいやいや! 入ってくるなよ!」

「なぜだ? ノックに応じただろう」

「普通に入ってくるとは思ってねぇよ……!!」


 赤面するランドルフとは対照的に、ディアナは涼しげな顔をしている。


「君は、裸を見ることだけでなく、見られることも恥じらうのか」

「言っとくけど、それ何もおかしくねぇからな!? 普通は誰だって恥ずかしいからね!?」


 ランドルフの慌てっぷりのせいか、さすがのディアナも「……そういうものか」と悩むような素振りを見せる。


「では、要件だけ告げて立ち去ろう」

「そうしてくれ……」


 顔どころか肩まで茹で上がったように赤いランドルフに背を向けつつ、ディアナは「要件」を告げた。


「さっそく依頼が入った。明日の朝は早くなる」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ