終幕
森の中を、少女が駆ける。
金の瞳をキラキラと輝かせ、少女は優しい風を胸いっぱいに吸い込んだ。
生まれた時からずっと、森は彼女の遊び場だった。それに、今日は行ったことのない奥の方にまで遊びに来られた。新鮮な喜びが胸を満たし、わくわくが止まらない。
「……あれ?」
やがて、三つ並んだ墓標を見つけ、少女は首を傾げる。
「ソール」
少女……ソールは、墓標を観察し終わる前に、母の声に呼ばれて振り返った。
「あまり、遠くまで行き過ぎるなよ」
「はぁい」
「それと、もう少しゆっくり走ってやれ。父さんがついて来れていない」
「パパ、もう歳?」
「本人の前で言うなよ。絶対に凹む」
「はぁい」
ソールはお腹の膨らんできた母の元に、軽やかな足取りで歩み寄る。
「弟の名前、決めた?」
「まだだな……。ロルフ、いや、アドルフ……うーん……」
お腹に抱きつくソールの言葉に、母は真剣に悩む素振りを見せた。
「おーい! 二人とも、はぐれるなよ……!」
そこに、三人分の荷物を持って森の奥まで歩きづめたせいか、疲労困憊の父がふらふらと姿を現す。
「はぐれたの、パパの方じゃ……」
「荷物持ってるんだってば!?」
「いつもありがとう。今日は、私が持っても平気だ」
「いやいや! 何かあったら大変だしな」
息を上げながらも、父は母に荷物を背負わせようとはしない。
「産まれるまでは油断大敵だ。何なら、産まれてからもね!」と、知人の「魔女」から口を酸っぱくして言い聞かせられているのだ。
「ねぇねぇ。帰りにブラックベリー摘んでいい? 伯父ちゃんにタルト作ってもらうの」
「良いぞ。私も食べたい」
「その前に墓参りな! ピカピカにしねぇと」
「パパ、張り切ってる」
「負い目があるからな」
「うぐッ。……そういうことは言わなくて良いからね?」
「すまない」
領主の治世が優れているおかげか、現状、家族の未来に影を落とすものはない。
不死の神獣は、穏やかな生活を送る中で不死性を手放した。
……そして、彼女はもう、死を望まない。
「ありがとう」
「うん?」
「君のおかげで、私は、私でいられる」
「……おう。不安になったらいつでも言いな。手ぇ握ってやるし、抱き締めてやる」
「……ああ」
痛みを背負いながらも、温もりを重ねて、彼女は今日も「自分」の意思を確認する。
限りある生を、全うするために。
儚い現在を、生き抜くために。




