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月光を射る。【獣と人の狭間で揺れる恋物語】  作者: 譚月遊生季
第四章 人生はただ影法師の歩みだ

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第45話 ある村の悲劇

 紫煙がオレンジ色の空に立ち上り、吸い込まれるように消えていく。

 陽の傾いた空を見上げ、デイヴィッドは昔を思い出していた。


 ──クソッ……もう、どうにもならねぇのか……


 数十年前。ランドルフが、「魔獣」と化した日のことだ。




 ***




 ランドルフが隔離(かくり)された後、集会は陽の暮れかけた頃合に行われた。


「ああなっちまったら手遅れだ。殺すしかねぇ」


 デイヴィッドの言葉に、最初は反対の声すらなく、集会所は重苦しい沈黙に満たされていた。

 みな、分かっていたのだ。それが()()()判断だと。


「待って! 諦めるには早いわ!!」


 悲痛な声に、聞き覚えがあった。デイヴィッドは目を見開き、彼女の名を口にする。


「……ヘレン」


 ……ランドルフの、かつての妻だった。


 ヘレンはある日、ランドルフに別れを告げて家を出た。……それは、村の誰もが知るところだった。

 真実は当人同士にしか分からない上に、事は男女の(いさか)いだ。多少の噂話にはなったものの、彼らと親交の深い者は誰もが話題にすら出さず、触れずにいた。


「仕方ないよ……。『呪い』なんだから」

「でも……でも! さっき見た時、見た目はそのままだった! まだ助けられるはず!」

「ヘレン……意外だな。あんた、ランドルフを嫌いになったとばかり……」


 村人達とヘレンの会話を、デイヴィッドは黙って聞いていた。 


「確かに……あの人の様子が変で、気持ち悪くなって出てったのは事実よ。夫として見れなくなったのも……妻でいられないって気持ちも変わらない。だけど……だけど、あの人はずっと優しい人だったし、悪い人じゃないのは私がよく分かってる! あんな()()()で終わりなんて、嫌なのよ……!」


 ヘレンは涙ながらに訴え、周りの村人達に動揺が走る。彼女は伴侶としてはランドルフを拒絶したが、ランドルフの人柄に関しては高く評価していた。……とはいえ、その「人柄」が、どれほどの葛藤と努力の末に繕われたものかは、知る(よし)もなかったのだろう。

 デイヴィッドは首を横に振り、あくまで穏やかに(さと)そうと努めた。


「気持ちは分かるが……ありゃ、よっぽどの術者でも呼ばなきゃどうにもならねぇ。そんな奴が、辺鄙(へんぴ)な村に都合よく来てくれると思うか? 来たとして、それまでにどんだけの被害が出ると思ってやがる」


 デイヴィッドとて、ランドルフを殺したくなどなかった。

 ……それでも、友人である彼は、友人であるがゆえに理解していた。「もし村人に被害が出れば、ランドルフ自身が苦しむことになる」と……。


「……化け物に何がわかる」


 そう呟いたのは、年配の男だった。

 ……彼はヘレンの父親であり、ランドルフの同業者でもあった。


「惚れた男のために泣く女の気持ちなんざ、てめぇに分かるわけねぇだろうが!」

「ち、ちょっと! そりゃあ言い過ぎだぞピーター!」

「言い過ぎなもんか! こいつの情が薄いのはみんな分かってんだろ!?」


 喧騒(けんそう)は次第に大きくなり、場の意見は割れ始める。

 デイヴィッドは拳を握り締め、唇を噛み締めた。……冷静であれと、自らに言い聞かせて。


「……お偉いさんの意見を仰ぐ。それでどうだ」

「……! そんなの、『処刑』って言うに決まってるわ!」

「で、でも、牧師さんの言う通りじゃないのか? 俺たちにゃどうにも……」

「無理やり話を進める気か!? そうはさせねぇぞ!!」


 集会所はパニックに陥りかけていた。

 自らの複雑な感情と他者の激情とが入り乱れ、デイヴィッドの頭痛が次第に酷くなる。


「やかましいッ!!!」


 よく通る怒声に、辺りはシーンと静まり返った。


「……結論は保留しようぜ。これじゃ、ろくな話し合いにならねぇ……」


 デイヴィッドは、あくまで冷静に話し合おうと努めたつもりだった。

 ……けれど、一度始まった暴走は収まらなかった。


 翌朝早くに行われた集会にて、デイヴィッドは胸を押さえて倒れた。

 彼の食事に、ピーターが毒を混ぜたのだ。


「……ッ、かは……っ、ぁ……」


 呼吸のできない苦しみとともに、(とざ)された記憶が激しい頭痛を呼び起こす。


「やだ……ちょっと、誰なの!? こんなの酷い……!」

「だ、大丈夫か牧師さん! しっかりしろ!」

「……トリカブトの毒だ。ヘレン、これでランドルフは助かるぞ……」

「……!! そんな……お父さん……」


 当時は、デイヴィッドでさえも知らなかった。

 自らが「不死」であると。


「医者は!? 誰かひとっ走り、隣町まで呼んでこい!!」

「ダメだ……トリカブトは……解毒剤も治療法もねぇ……」

「く、苦しそうだぞ! 早く何とかしてやれ!」


 朦朧(もうろう)とする意識の中で、デイヴィッドは、慌てふためく村人達の声を聞いていた。


「しっかり致死量にしてやったはずだがね……。ワシの勘も、鈍っちまったな……」


 霞んだ視界に、斧を持った男が映る。


「ね、ねぇ! 何する気!?」

「……こうなりゃ仕方ねぇ……。楽にしてやるんだよ……!」


 悲鳴と怒号が飛び交う中、デイヴィッドの視界は暗転した。




 デイヴィッドが次に目を覚ました時、彼の身体はベッドに寝かされていた。

 胴体から分かたれたはずの首は綺麗に縫いつけられ、血で汚れたはずのカソックも着替えさせられていた。

 傍らの手紙を拾い上げると、積もったホコリがぱらぱらと落ちる。内容を確認して、全てを理解した。


 デイヴィッドの毒殺は、ピーターに呼びかけられた者達が示し合わせて行ったことだった。デイヴィッドを死なせたことで、余計にランドルフを()()決心が固まったという。

「人を死なせてしまったからには」と……。


 そして、ほとんどがそのランドルフに喰い殺され、帰って来なかった。


 再び争いが起こり、村を出ていく者も相次いだ。自分も出て行くし、「手紙を宛てた相手」も早く出ていった方が良い、と。やはり、「牧師さん」は正しかった。助けられず、申し訳ないことをしてしまった。……そう、手紙の主は綴っていた。


「もう、私達には墓を立てる余裕すらありません。……せめて、安らかに眠ってください」……手紙の裏側には別の筆跡で、祈りの言葉が(つづ)られていた。


 手紙を握り締め、デイヴィッドは部屋を飛び出した。宿屋だった場所には、他にもいくつもの屍がベッドの上に寝かせられ、すべて、無惨にも朽ち果てていた。

 傍らには、デイヴィッドの時と同じように「安らかに眠ってください」と書かれた紙が添えられていた。


 デイヴィッドは不思議と、自らの状況に納得していた。

 毒物に蝕まれたために、肉体の修復に時間がかかったのか……と、無意識に理解もしていた。

 だから、考えないようにした。……(とざ)した記憶を、鎖したままにしておくために。


 村人達に祈りを捧げた後、デイヴィッドは近隣の村に向かった。「一度死んだが神の奇跡によって蘇った」と言い訳し、もっとも反応が好意的だった村に滞在(たいざい)することにした。

 最初は半信半疑だった村人たちも、「神の眼」を用いて魔獣の痕跡を()れば、次第に納得して彼を頼った。


 ディアナが領主の命令で派遣されてきた時、デイヴィッドの記憶はひどく騒いだ。

 その後、領主自身が現れ、デイヴィッドの記憶に重要な手がかりが隠されている、調べさせてくれ、と話すようになる。


「どうにか、思い出せないかな。ほら、幼少期のこととか……『妹』のこととか……」

「……ぅ、ぐっ、ぁ、あぁあっ!!!」

「……これは……酷いね。封印かな……?」


 デイヴィッドの身体には、「神獣」の力を持ってしても癒しきれなかった「痕」がいくつも残されている。……その中でも、心に刻まれた痕が、もっとも深く、もっとも大きい。

 ディアナがランドルフを人間に戻した際、デイヴィッドが同席できなかったのも、ちょうど体調を崩していたからに他ならない。


 ……それでも。

 自分を殺そうとした村人もいれば、救命しようとした村人もいた。

「死体」となった自分の首を縫い、着替えさせてくれた村人もいた。


 苦痛の多い生だとしても、傷がいつまでも痛むのだとしても、デイヴィッドにとって、世界はそこまで悪いものでもない。


 セレナに言った通りだ。

 デイヴィッドは今、兄として、親友として、牧師として生きられている。

 かけがえのない居場所を、デイヴィッドは愛している。



 ***




「マーニ様」


 声をかけられ、振り返る。

 彼を「マーニ」と呼ぶのは、もう、一人しかいない。


「……サイラスか。『仕事』はどうした?」

「現場は部下だけでも、僕が指示を出せばどうにか回っているようです」

「ほぉー。いいご身分なこって」

「恐縮です」

「褒めてねぇよ」


 ぼんやりと空を見上げ、二人は取り留めのないことを語り合う。


「トリシアは……『一人にしてくれ』と」

「……ま、そういう時間も要るだろ」

「一応、何かあったら()()()()()ように、術はかけてあります」

「一応聞くが……今、オレが『一人にしろ』つったらどうする?」

「…………仕事します」

「冗談だよ。……余計なことを考えちまってたからな。テメェが来て助かった」


 サイラスは目をぱちくりと瞬かせ、恐る恐ると言った様子で「だ……大丈夫ですか?」と問う。


「かなり、弱られているのでは……」

「……うるせぇ。やっぱ一人にしろ」

「す、すみません!!」


 暮れていく空に、うっすらと月が浮かぶ。

 そろそろ、ランドルフ達が目的地に辿り着く頃合だ。

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