第36話 変化の兆し
「ディアナ、とりあえず服着ろ」
「……あ、ああ……」
「あ、そういやそうだ。着替え、ちゃんと持って来といて良かった……」
デイヴィッドに指摘され、更にランドルフに横から服を差し出され、ディアナはそそくさと着替え始める。
一切気にしていないディアナに代わり、ランドルフとデイヴィッドは目配せしあってディアナの裸体がサイラスに見えないよう遮った。……ついでにちらりとディアナの胸元を見そうになったランドルフの頭を、デイヴィッドが強めに小突く。
ルーナ……セレナも、気まずそうにディアナの影に身を隠した。
「……それにしても、領主。君も意地が悪いな。黙って見ていたのか」
着替え中、不機嫌そうに呟くディアナに対し、サイラスは悲しげに目を伏せて語り始める。
「もちろん、お二方が窮地に陥れば助けに入ろうと思っていました。ですが……マーニ様が自らの力で切り抜ける。もしくはディアナ様がマーニ様をお救いになる……その方が、オルブライトにとって」
「……分かった。皆まで言うな。要するに『筋書き』とやらが欲しかったんだな」
ディアナは溜息をつき、サイラスの言葉を遮った。
難しい会話に、ランドルフの目が左右に泳ぎ始める。
サイラスは眉根を寄せ、神妙な顔つきで再び言葉を紡いだ。
「……以前から不思議でした。神であるはずの貴女が、僕を嫌悪なさるのはなぜなのか、と……」
「いや、別に嫌ってはいないが……」
困惑するディアナをよそに、サイラスは胸に手を当て、仰々しく語り始める。
「ですが……僕はスチュアートの血を引く身。神の座を脅かす『血』は、やはり捨ておけぬものなのでしょう」
「テメェ、マジで人の話聞かねぇよな」
デイヴィッドは呆れた様子で溜息をつき、足元の眼球を拾い上げた。
「崇拝ってぇのは寄り添う行為と真逆だ。オレもディアナも『神の力』とやらを受け継いでるらしいが……テメェらみたいに泣きもするし怒りもする」
デイヴィッドの言葉に、セレナも影でうんうんと頷く。
拾い上げた眼球を空洞となった片眼に嵌め直すことはせず、デイヴィッドは血に濡れたままのそれを手のひらの中に握り込んだ。
「要するに……『勝手に期待を押し付けられても困る』ってこった」
「……! そうだ、それが言いたかった!」
デイヴィッドの追撃に、セレナに続いてディアナも大きく頷く。
「……? ですが、ディアナ様もマーニ様も、間違いなく……」
サイラスは、それでもなおピンと来ていない様子で首を捻る。
デイヴィッドは続けて何事か言おうとしたが……
「ぐ……っ!」
長身がぐらりとバランスを崩し、地面に倒れ伏した。長い金髪が散らばり、その場にいる皆の視線を否が応にも寄せ付ける。
「兄さん!?」
「デイヴ!? 大丈夫か!?」
すぐさまランドルフとディアナが駆け寄り、セレナは声すら出せずに呆然と立ち尽くす。
サイラスも、動揺からか目を見開いたまま硬直していた。
「ぅぐ……、あ゛、がぁあっ」
「頭痛、か……?」
「酷いですね。ここまでの状態は見た事が……」
ランドルフは冷や汗をかき、サイラスも眉をひそめる。ディアナは顔面蒼白になりつつも、デイヴィッドの手をしっかりと握った。
「ボクが……無理させたから……」
拳を握り締め、セレナは呟く。
やがて、少女は意を決したように顔を上げた。
「ついて来て!」
苦しむデイヴィッド以外、全ての視線がセレナの元に集まる。
「ボク……お兄ちゃんに苦しんで欲しかったわけじゃない……! 良いところを知ってるから、看てもらう!!」
深く被ったフードから、ぽろぽろと透明な雫がこぼれ落ちた。
「信用……しても、よろしいのですか」
サイラスの疑念はもっともだった。
ランドルフとディアナは表情を曇らせつつも、互いに顔を見合せ、しっかりと頷き合う。
セレナがデイヴィッドに「復讐」を持ちかけたのは、彼女なりに「兄」を思ってのことだ。……それは、間違いがない。
「私はセレナを信じる。……共に行こう」
「……分かった。頑張れよデイヴ、もうちょっとの辛抱だ」
妹を信じる姉の言葉に呼応するよう、ランドルフはデイヴィッドの身体を担ぎあげた。




