第29話 友の窮地
領主フィーバスはブラックベリー原生地の視察中に暗殺者に襲われ、間一髪逃げ出したところをディアナ、ランドルフ両名に救われた。
……三人……主にサイラスが主導で話し合い、そういう「筋書き」になった。
「ああ……領主様、ご無事で良かった……!」
「ブレンダン様も亡くなられて、どうすれば良いものかと……!」
迎えに来た配下が、口々に語る。
オルブライト派かスチュアート派か、ランドルフには区別がつかないが、ここまで心配しているのならオルブライト派なのだろう……と、思いたいが、演技の可能性もあるのが恐ろしいところだ。
目の前でちょうど「お手本」が素晴らしい演技力を発揮しているのも、余計にそう思わせた。
「そうか……ブレンダンが……。彼とは意見を違えることもあったけれど……まさか、そんな……」
「領主フィーバス」はさも本気で悼んでいるかのような素振りを見せるが、ランドルフはすぐにでも「どの口が……!?」と突っ込みを入れたかった。入れたかったが、事態がややこしくなるので耐えた。
「して、暗殺者の正体は!?」
「……『魔獣』だ。少女の姿をしていたから、油断してしまった」
「フィーバス」の言葉に、配下二人は顔を見合わせ、首を傾げた。
「魔獣……?」
「魔獣が意思を持つのですか?」
「今までは自我を失った個体ばかりだったけど……どうやら、そうでない種が出たみたいだね」
「フィーバス」の説明に、二人は緊張した面持ちで唾を飲み込む。
意志を持ち、人間を害する魔獣。
……狩人であるランドルフからしても、厄介な存在が現れてしまったことになる。
「世話になったね。……また、会おう」
そう言い残し、「領主フィーバス」ことサイラスは、馬車に乗って風のように去っていった。
「……なんか、すげぇ人だったな」
「ああ……」
ランドルフとディアナはしばし呆然と去っていく馬車を見つめていたが、やがて、どちらからともなく「デイヴィッド」のことを口にする。
「……兄さん……」
「デイヴ……」
二人とも、それ以上は何も語れなかった。
重い沈黙を保ったまま、ディアナとランドルフは小屋の中へと帰っていく。
ぱたりとドアを閉めたところで、ようやくディアナが話を切り出した。
「……助けに行かないか」
深刻な表情で提案するディアナに、ランドルフは苦虫を噛み潰したような表情で答えた。
「場所も分からねぇし、情報も又聞きだ。……特定は難しいぜ」
「それでもだ。兄さんは私の幸せを祈ってくれた。……私だって同じだ。兄さんの幸せを祈っている」
ディアナの瞳が、今にも泣き出しそうに揺れる。
ランドルフの脳裏に、照れながら「幸せになれ(Be Happy.)」と言ったデイヴィッドの姿が浮かぶ。
……デイヴィッドの幸福を願っているのは、ランドルフとて同じだ。
「任せな」
そのセリフは、考える暇もなく飛び出した。
「俺は狩人だ。それも、『魔獣狩り』が得意分野のな」
情報が少なかろうが。条件が限られていようが。
ランドルフは、長年「魔獣」を狩ることを生業にしてきた。
「『神獣』だろうが『神の眼』を持っていようが、ただの人だろうが、そんなもん関係ねぇ。『魔獣から命を救う』のが、俺の仕事だ」
褐色の瞳が活き活きと輝く。
ディアナは瞳を潤ませつつ、「ありがとう」と礼を言った。
「ああ。……もう、失敗なんかしてたまるかよ」
デイヴィッドの首に刻まれた、大きな傷痕を思い出す。
唯一無二の親友を今度こそ救おうと、ランドルフは身支度を始めた。
***
森の奥。
ルーナは、マーニの「食事」を見守っていた。
金色に輝いていた髪は漆黒に染まり、辺りには喰い散らかされた動物の骸が転がる。
金の瞳は瞳孔が完全に開き、どこか虚ろにあらぬ方向を見つめている。
長髪の男はただただ無心で肉を喰らうのみで、何も語らない。
「たくさん栄養つけたら、殺しに行こうねぇ」
ルーナは黒く染まった長髪を撫で、弾んだ声で語る。
「いっぱいいっぱい! 復讐するんだぁ!」
少女の見た目よりも更に幼い、無邪気な声が響く。
マーニはそれに何も返すことなく、ただただ食糧を貪り食っていた。




