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月光を射る。【獣と人の狭間で揺れる恋物語】  作者: 譚月遊生季
第二章 肥えた土ほど雑草がはびこる
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第28話 領主と狩人

 サイラスは、その晩ランドルフと同室で過ごすことになった。

 ディアナの魔術により傷は癒えたものの、衰弱した心身は休養を取らなくてはどうにもならない。

 ランドルフは仕方なく寝台を譲り、自分が床で寝ることにした。


「……このベッド、硬いね」


 サイラスが漏らした言葉に、ランドルフは愕然とする。


「えっ……そのベッドで……?」


 少なくとも、ランドルフにとっては充分「良いベッド」の範疇(はんちゅう)だった。


「……。なんか、ごめんね」

「ぐぐ……」


 何とも言えない苛立ちを噛み殺しつつ、ランドルフは以前より気になっていたことを尋ねてみた。


「……ともかくだ、『魔獣』だった俺を人間に戻すってのも、元はと言えばあんたの差し金だったんだよな?」

「まあ、そうだね」

「どういう目的だったんだ? リスクもそれなりにあっただろ」


 ランドルフの問いに、サイラスは事も無げに答える。


「ディアナ様の英雄譚を磐石(ばんじゃく)にするためだよ。長い間さまよっていた魔獣を人間に戻し、しかも仲間にした。……このストーリーがあれば、オルブライトの名に(はく)が付くだろう?」

「……箔が付く、ねぇ」


 ランドルフにはあまりピンと来ないが、貴族連中を動かすには納得できる「筋書き」が必要なのだと資料を読む中で学んだ……ような、気もする。

 ……と、そこで、サイラスの蒼い瞳が怪しく光った。


「まあ……ディアナ様に言い寄る虫になるとは思ってなかったんだけど……」


 不穏な視線を向けられ、ランドルフの背筋がぞわりと寒くなる。


「い、言い寄るって言い方悪くねぇか! 相思相愛だよ! たぶん!」

「嘘だぁ! ディアナ様がこんな髭面のパッとしない男に惚れるわけない!」

「言っとくけど『マーニ様』と比べて負けないくらい美しいと言われてっからなぁ!?」

「嘘だぁ!! 絶対にそんなわけない!!」


 やいのやいのと言い合うが、互いに悲しくなってきたのでひとまず休戦状態になる。

 ひとしきり落ち込んだ後、サイラスはぽつりと呟いた。


「……今頃大騒ぎだろうなぁ。側近が『事故死』して、領主が行方不明になったんだから」


 そのボヤキに、ランドルフは「うへぇ」とかったるそうな声を上げる。


「言葉にすると、めちゃくちゃやべぇな……」

「とはいえ、ひとつ良いこともあるんだけど」

「良いこと? 何だよそれ」


 ランドルフが尋ねると、フィーバスはニコリと笑って元気よく答えた。


「僕が被害者っぽくなることで、ブレンダン叔父さんを殺したのが僕だってバレにくくなることかな!」

「………………」


 ランドルフはその瞬間、かつてないほどディアナに共感した。


 こいつ、普通に怖い。


「にしてもデイヴ……大丈夫か……?」

「あのお方の無事に関しては、特に問題ないと思うよ。マーニ様もディアナ様と同じく『不死者』だし、あの方には『神の眼』が……」

「……そうじゃねぇよ」


 あくまで「信仰」する立場からものを言うサイラスに対し、ランドルフは「友人」として懸念を口にする。


「心の方が、心配なんだよ」


 初めて出会った時、デイヴィッドは荒みきっていた。

 人を寄せつけず、必要以上に関わろうとしないのは、彼の心に深い傷があるからだとランドルフも察している。


「あいつ、ただでさえ苦労してんだから」


 それに、デイヴィッドは魔獣化したランドルフを介錯すべきと主張して村人たちに一度は()()()()

「眼」に関しても、視えすぎることが心労に繋がっているのを、間近で見て来ている。


「……君は、マーニ様とも友人なんだったか」

「おう、一番の親友だ」


 堂々と語るランドルフ。

 サイラスはしばし黙り込み、ぽつりと呟いた。


「なるほど、僕には到底できない生き方だ」

「……へ? 何が?」

「何でもないよ。……正直なことが美徳になることって、本当にあるんだね。知らなかった」


 嘘で身を立てた男は、静かに目を閉じ、そのまま唇も閉ざす。

 謀略や打算で擦り切れた心がズキズキと傷むが、サイラスは気付かないふりをした。




 ***




「はぁ、ァ……ぐ……ッ、う、ゥ……」


 深い、深い、森の奥。

 長い金髪を振り乱し、デイヴィッド……いや、「マーニ・オルブライト」は地面に爪を立てて(うめ)いていた。

 ガリガリと地面に()き傷が残り、()がれた爪に血が滲む。……傷がついてはすぐに癒え、元通りの綺麗な爪になっては、また傷がつく。


「どうして、抵抗するのぉ?」


 ルーナの声には、何も答えない。

 ……答える余裕が存在しないのだ。


 脳裏に「マーニ」としての記憶がまざまざと繰り返される。


 人里離れた森の奥。家族で過ごした、ささやかで幸せな記憶。

 愛する家族を目の前で傷付けられ、殺された記憶。

 たった独りで連れ去られ、「不死」だったがために何度も何度も殺され(なぶ)られ痛めつけられた記憶。

 ……先代達が経験した、凄惨な略奪。破壊。乱獲。死闘。戦争。奸計(かんけい)凌辱(りょうじょく)。弾圧。殺戮(さつりく)飢餓(きが)。厄災……


「楽になりなよぉ。()()()()()()()()()()()()()?」


 ひび割れた「魔獣」の声が、意識を(から)めとる。


 ああ。

 制御できない感情に苦しんだ妹も、魔獣と化し、自我を失った親友も……おそらくは、同じ気持ちだったのだろう。


「ディ、アナ……。……ラン、ド……ル……。……ッ、ぁ、あァア──────」


 闇に引きずり込まれるよう、マーニは、「牧師デイヴィッド」としての意識を手放した。

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