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月光を射る。【獣と人の狭間で揺れる恋物語】  作者: 譚月遊生季
第二章 肥えた土ほど雑草がはびこる

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第23話 歴史を辿る

 魔術の発展は人々の生活を潤し、このブラックベリー・フォレストでも私設魔術学校の建設計画が持ち上がっている。


 けれど、「魔術」の力は「学べば基本的には誰でも使用できる」とはいえ、「知識」および「教養」に依存する。

 必然的に、力を得るのは富裕層が中心となっていた。


 拡大する格差に、不満を抱く民は少なくない。

 ……しかし、力すらも富裕層が掌握(しょうあく)してしまえば、反乱を収めることは容易くなる。

 とはいえ、貴族達の立場が魔術によって磐石になったかというと、そうではない。

 新たな力の出現は、貴族間の争いの激化も意味した。


 それは、このブラックベリー・フォレストも例外ではない。


 スチュアート家は積極的に魔術を学び、オルブライトの打倒を図った。無論、オルブライト家も先天的な特異能力に頼ってばかりではない。魔術を学び、戦力の更なる増強を試みた。


 時には宗教の概念も、オルブライトとスチュアートの争いに火種を()いた。

 かねてよりスチュアートは一神教の価値観からオルブライトの「神獣」を否定し、オルブライトは時に教会への献金を用い、自らの家系の特異性を神に選ばれたと主張した。

 しかしイングランドの宗教勢力の変化は、次第にオルブライトにとって不利になり……




 そこまで読んで、ランドルフは机に突っ伏した。


「ぐぇえ……もう無理……」

「大丈夫か、ランドルフ」


 小屋にて、ランドルフは膨大な資料に埋もれて呻いていた。

 歴史の勉強……と一言で言えば簡単だが、いち平民のランドルフには難しい文章を読み解くだけでやっとだ。そもそも、村では字が読めるだけでそれなりに持て(はや)されたし、それ以上の勉強などする意味など感じられなかった。……ランドルフが思う以上に、世界は広かったということになる。


 ディアナもある程度は解説してくれたが、トラウマを刺激しないようランドルフも深くは聞かなかった。


「なんだよ宗教勢力の変化って! 牧師以外になんかあんのかよ!」


 ……と、(わめ)くこともあるが、あくまで独り言である。


「この資料……少し時系列が前後しているな。宗教改革は16世紀だ。デイヴィッド牧師が言っていた」


 ディアナは机に散らばった資料を拾い上げ、目を通す。


「わかんねぇ! そもそも16世紀って何年前!?」


 ランドルフは頭を抱え、悲鳴をあげる。

 その横で、ディアナは「……そういえば、もう200年も経つのか。早いな」などと呟いていた。


「俺……自分のこと、もうちょい賢いと思ってた。村では5番目ぐらいに字ぃ読めて、 3番目くらいに計算もできたし……」

「教養がないことと賢いことは別だ。ランドルフの狩りの知識は誰にも負けない」

「あんがとよ……」


 ディアナの励ましに覇気(はき)のない礼を返しつつ、ランドルフは再び資料の山と格闘を始める。


「まあ……『魔獣』と『呪い』について調べるなら、この土地の歴史も知っとかねぇとってのは、マジでそうなんだよなぁ」

「そうだな。デイヴィッド牧師が詳しいとはいえ、ランドルフも多少は頭に入れておいた方がいい」

「うへぇ……」


 げんなりとした表情を浮かべ、ランドルフは天井を仰いだ。


「あー……疲れた。そろそろ休憩するか」

「……!」


 その言葉を聞き、ディアナの頭に一瞬だけ犬……いや、狼の耳が生えた。


「……そういえば、デイヴィッドから貰ったスコーンがまだある」

「ブラックベリーのジャムもあるな」


 あくまで冷静に提案しようと努めるディアナに、ニヤリと笑うランドルフ。


「すぐに準備をしてくる」

「おう、そう来ねぇとな」


 二人揃ってキッチンへと向かい、しばしのブレイクタイムが始まる。


「……なるほど。好み、とは、こういうことか」

「そのうち、栄養補給だけじゃ物足りなくなっちまうな」

「かもしれない。……だが、それも悪くはない」


 スコーンをオーブンに入れれば、小麦粉の焼ける匂いが鼻腔(びこう)をくすぐる。

 ディアナはジャムの詰まった瓶を棚から出し、少し照れ臭そうにはにかんだ。


「ランドルフが作る料理も、デイヴィッドが作る菓子も、私は好きだ」

「それ、デイヴにも言ってやれ。きっと顔真っ赤にして『(おだ)てても何も出ねぇぞバァカ』とか言いつつ新しいもん作ってくれる」

「……ふふ。目に浮かぶな」


 以前に比べ、ディアナは随分と感情を表に出すようになった。

 微笑を浮かべることも心なしか増えたし、苦悩の中でも楽しみを享受しているようにも見えた。


 ……このまま、何事もなく日々が続けばいい。

 ランドルフは、そう願わずにはいられなかった。

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