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月光を射る。【獣と人の狭間で揺れる恋物語】  作者: 譚月遊生季
第二章 肥えた土ほど雑草がはびこる

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第21話 それぞれの想い

 しばし休息すれば、ディアナは出かけられるほど元気になった。

 ディアナは食料品の調達に向かい、ランドルフは礼拝堂からデイヴィッドの私室の前へと移動する。


 木製の扉にノックをすると、「入れ」と返答があった。

 傷だらけのドアノブを(ひね)り、ランドルフは部屋の中へと入る。


「デイヴ」


 ランドルフは部屋に入るや否や、寝台に横たわる友人に声をかけた。

 ベッド横のテーブルの上。ガラス瓶に丸くて赤い「何か」が入っているのには、そっと目を逸らして見なかったことにした。


「ディアナの様子はどうだ?」


 デイヴィッドは、横になったまま問うてくる。


「だいぶ元気になったよ。さっき、パンを買ってくるっつって出て行った。ブラックベリーを摘んできたからな、乗せて食いたいんだろ」

「……そうかい。なら、久しぶりにジャムでも作るか。スコーンを焼いてやってもいい」

「お、アリだな」


 デイヴィッドはちらりと顔だけをランドルフの方に向け、その口元に小さく微笑を浮かべた。


「……良い顔になったじゃねぇか」


 空洞になった片眼を押さえ、デイヴィッドは上体を起こす。

 わずかに(かげ)った琥珀の隻眼(せきがん)が、ランドルフを見据える。


「ああ。俺は決めた」


 褐色の瞳に決意が宿る。


「ディアナの苦しみを、終わらせてやる」


 その言葉には、確かな覚悟が込められていた。


「……生きていたいって、思えるようにしてやる」


 ランドルフの決意表明を、デイヴィッドは黙って聞いていた。……が、最後のセリフを聞き、ふっと笑う。


「良いぜ。その意気だ」


 穏やかな笑みは、デイヴィッドからディアナへの想念をも感じさせた。


「それと……デイヴ。お前の気持ちも聞いておきたい」

「あ?」


 怪訝そうなデイヴィッドに向け、ランドルフは目を泳がせ、歯切れ悪く告げる。


「その……なんだ。お前もディアナのこと、気にしてるだろ」

「嫉妬か?」

「ま、まあ、それもないわけじゃねぇけど……やっぱ、『本気』になったからには、言っておかねぇと」


 深呼吸をし、ランドルフはどうにか勇気を振り絞る。


「俺は、ディアナが好きだ。だけど……お前のことも大事な親友だと思ってる」


 真剣な表情で、ランドルフはデイヴィッドの隻眼を見つめる。

 デイヴィッドは気まずそうに目を逸らしつつ、片手で顔を覆った。


「……ったく、テメェは平気で小っ恥ずかしいことを言いやがる」


 耳まで赤くしつつ、ぽつりと呟くデイヴィッド。


「ま、そこがテメェの良さだろうがな」

「ん? 何か言ったか?」

「何でもねぇよバァカ」


 いつもの如く悪態をつき、デイヴィッドはランドルフの問いに答えを返す。


「安心しな。オレのは、テメェが思ってるような『好き』じゃねぇよ」


 隻眼とはいえ、琥珀の瞳は真っ直ぐにランドルフの瞳を見ていた。

 到底嘘や誤魔化しの類だとは思えない光が、そこには宿っている。


「そも、テメェと違ってオレは何十年と生きてんだぜ。……死体としてな」

「それ生きてるって言うか?」

「うるせぇ。……ともかくだ。オレは若い女に鼻の下ァ伸ばすエロジジイになるつもりはねぇ」

「ディアナは年齢分かんねぇぞ」

「……テメェ、そんなにオレを恋敵(こいがたき)にしてぇのか」

「したくねぇけどさぁ! 気になるもんは気になるんだよ!」

「ったく、これだから俗物はよォ!!」

「それ、ヤニカス牧師に言われたかねぇな!?」


 やいのやいのと言い合ううちに、ランドルフも冷静になってきたらしい。


「……まあでも、昔からそんなとこあったよな。妙に潔癖だった」

「逆に、テメェらはよく抱擁(ハグ)だの接吻(キス)だの性交(セックス)だのベタベタできんな。オレには無理だ。吐き気がする」

「それもそれで、難儀だよな……」


 牧師は妻帯が可能だが、デイヴィッドが特定の女性と(むつ)まじくしていた場面など、ランドルフは見た事がない。

 だからこそ、ディアナと親密に接している姿を珍しく感じたのだ。


「オレのディアナへの想いは、少なくとも『色恋』じゃねぇ。……だがよ、ディアナのことは、それなりに大切に思ってるぜ」

「……そうだよな。見てりゃわかる」

「ああ。だから……オレがテメェに言いてぇことは一つだけだ」


 再びデイヴィッドの琥珀の瞳が、ランドルフの褐色の瞳をじっと見つめる。

 ハッキリとした口調で、デイヴィッドは言い放った。


「幸せにしろ(Make her happy.)」


 ランドルフの褐色の瞳が、感激に揺れる。


「……おう! 男同士の約束だ!」

「ったく、くっせぇこと言いやがる……」


 呆れたように眉間を押さえつつも、デイヴィッドの口元は明らかに緩んでいた。


「……こっちはオマケみてぇなもんだが、一応、言っておく」

「お?」


 今度は顔をふいと背け、デイヴィッドは先程よりも幾分小さくなった声で告げた。


「幸せになれ(Be happy.)」


 耳まで赤くするデイヴィッドに対し、ランドルフはキョトンと目を丸くする。


「……さっきと意味違うのか、それ」

「違ぇんだよなァ! 察しろやクソが!」

「ウッソだろ。難しすぎねぇ!?」


 賑やかな喧騒(けんそう)の中、「帰ったぞ」という澄んだ声が届く。


「おう、今行く!」


 弾んだ声で立ち上がるランドルフに続き、デイヴィッドも微笑を浮かべて寝台から起き上がった。

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