第15話 告白
話が一段落ついたところで、コンコン、と馬車の扉を叩く音がする。
ランドルフが扉を開くと、葉巻をくわえたデイヴィッドが顔を覗かせた。
煙で隠れてはいるが、その顔色は明らかに青白い。
「待たせて悪かったな」
「別に構わねぇけどよ……大丈夫か?」
「あ? 何がだ。気持ち悪ぃ詮索してんじゃねぇよ」
デイヴィッドは舌打ちを一つし、露骨に不機嫌そうな顔になる。
「大丈夫ならそれでいいが……」
はっきりとした「触れるな」という態度に、ランドルフは大人しく引き下がった。
「……で、何ださっきの。礼儀正しいお前もだいぶキモかったぞ」
「あ゛? 相手は領主だぜ領主。バカ丁寧なぐらいが丁度いいに決まってんだろ」
「お前……丁寧にできたんだな……」
「喧嘩売ってんのかテメェ」
額に青筋を浮かべるデイヴィッド。
そこで、黙っていたディアナがようやく口を挟んだ。
「……領主は、帰ったのか」
「……ああ。テキトーに理由つけて帰したぜ」
「助かる」
ただならぬ雰囲気に、ランドルフは遠慮しがちに口を開いた。
「……仲、悪いのか?」
兄妹だということは知っている。……そして、何やら気まずい関係性だということも。
「オルブライト家」が、何か、重大な問題を抱えているということも……。
「仲が悪ぃっつーか……」
デイヴィッドは気まずそうに目を泳がせ、ディアナの方をチラッと見た。
ディアナはふるふると首を横に振ると、「自分で言う」と告げる。
「私にも、よくわからない」
そう前置きしたうえで、形の良い唇が、歯切れの悪い言葉を紡ぐ。
「ただ……何と、言うのか……」
その肩は震えていた。
凛とした騎士としての姿も、神々しい狼としての姿も、その様子からは感じられない。
怯える姿は、まるで幼い子どものようで……
ランドルフの胸中で、黒い感情が湧き上がる。
「く……っ」
連動するよう、ランドルフの「呪い」が暴れ始めた。
理性を食い潰すように、意識の内側で「獣」が吼える。
「……発作か?」
デイヴィッドの眼がきらりと光る。
「ああ……今どうにかする」
ディアナはランドルフに近づき、頭に手をかざす。
その刹那。
「……ッ!」
ランドルフに流れ込んできたのは、得体の知れない恐怖。
彼女の抱える恐怖が……彼女にも認識できない感情が、ランドルフにも伝わってくる。
ディアナの魔術により、呪いは鎮まっていく。……が、ランドルフ自身の感情は昂ったままだ。
「何か、されたのか」
褐色の瞳には、ありありと怒りが宿っていた。
「特に、何も……」
ディアナは俯きつつ、それだけ呟く。
「まだ……な」
デイヴィッドは意味深な言葉を投げ、くるりと馬車から背中を向ける。
「とりあえず、今日はもう帰んな。また依頼あったら『飛ばす』からよ」
知っていて、領主にあの態度なのか。
ランドルフがデイヴィッドと旧知の仲でなければ、そう詰め寄っていたかもしれない。
「デイヴ。……あいつに取り入って、腹の内を探ろうとでも思ってんのか」
「……さてね。何のことだか」
デイヴィッドは何も語らず、そのまま歩き去っていった。
***
走る馬車の中。
二人は互いに無言で、席に座していた。
知らず知らずのうちに、肩が触れ合う。どちらかが身体を動かすこともなければ、指摘することもない。
「ランドルフ」
「……ん?」
唐突に、ディアナはランドルフの名を呼ぶ。
ランドルフは首を傾げつつも、彼女の方を見た。
「よく、分からないが……君が怒ってくれたことで、なぜだか……少しだけ、楽になった気がする」
金色の瞳が、ランドルフの方を向く。
「ありがとう」
頬を朱色に染め、ディアナは微笑を浮かべた。
「別に、礼なんていいよ」
ランドルフの真剣な瞳が、ディアナの瞳を射抜く。
「俺だって……惚れた女がツラい目にあってりゃ、怒りもする」
「惚れ……た……というのは、つまり」
「ああ。俺はあんたが好きだ。ディアナ」
狭い馬車の中、二人は互いに顔を真っ赤に染め、見つめ合う。
……その様子を、盗み見る影があるとも知らずに。
***
「あーあ」
黒いローブで身体を覆い隠した少女は、水晶玉に映る二人の影を眺め、ニヤニヤと笑った。
「こりゃ、領主は失恋かなぁ。ざまあみろ〜」
その言葉に、黒髪の男は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
白髪混じりの黒髪は綺麗に七三に分けられ、深い藍色の瞳は重ねた年月を感じさせる。
男の肩書きは領主の側近。
その名は、ブレンダン・スチュアート。
「魔女めが。そのような情報を私が欲しがるとでも思ったか」
「ボクは魔女じゃないよぉ? 通りすがりの天才魔術師兼占い師! ってか情報提供してあげてんのに、その言い方ってなくない?」
少女は口を尖らせつつ、ブレンダンに異議を申し立てる。
彼女の文句には何も返さず、ブレンダンは強くテーブルを叩いた。
「領主に相応しいのはフィーバス・オルブライトではない。復権派は「魔獣」どもの手先だ。いずれ、ブラックベリー・フォレストを滅ぼす者達だ!」
激しい語調は、彼が既に「老人」と呼べる年齢であることを忘れさせた。
「私はオルブライトの血など認めない。奴らのような化け物が『神』であるはずがない……!」
ギリギリと歯噛みしながら、ブレンダンは藍色の瞳を血走らせる。
「領主に相応しいのは、我々スチュアート家だ……!」
その様子を見、少女は呆れたように肩を竦めた。
「うへぇ。なんか勝手に盛り上がってら。変なの」
少女はケラケラと笑いつつ、独りごちる。
「ま。ボクはスチュアートだろうがオルブライトだろうが、どっちだって良いけどねぇ」
顔を覆い隠したローブから、不敵に笑う口元だけが覗いていた。
「ボクの目的には、関係ないし?」




