第12話 鎖された感情
ミートパイを三つ調達し、ディアナは教会への帰り道を歩んでいた。
「……妙な感覚だ」
ランドルフにウサギを差し入れられた一件について、彼女は自分でも動揺の正体がよく分かっていなかった。
デイヴィッドには「嬉しかったんだろ」と指摘されたが、その指摘に対しても激しく動揺したところを見ると、おそらくは図星なのだろう。
ディアナは当時の状況を冷静に思い返す。
・疲れた自分を労うために
・わざわざ狩りに出て、更には調理まで済ませて
・食事を差し入れる時も、自然に気遣いを見せた
ランドルフの行動を一つ一つ思い出し、「なるほど」と思う。確かに自分は、喜んだのかもしれない、と。
「……」
だが、溢れ出る感情は具体的な形にならず、ただただ心が乱れるだけだった。
それが喜びであれ悲しみであれ、ディアナには上手く認識できない。
誰のものともつかない、混ざった記憶。繰り返される惨たらしい情景と、自分ではないが自分かもしれない誰かの悲劇。……それに耐えるため、彼女は自らの感情を鎖した。
「余計なことは、考えなくていい」
ディアナは、自分に言い聞かせるよう呟いた。
「彼は仕事仲間であり……仕事を、依頼する相手だ。それだけで良い」
やがて、教会の十字架がディアナの目に留まる。
簡素な造りの、見慣れた建物。
……その前に、似つかわしくない格好の男が佇んでいた。
質のいい布で仕立てられた、華美な服。
男は優雅に微笑みながら、ディアナに語りかけた。
「やぁ、ディアナ。奇遇だね」
フィーバス・オルブライト。
ディアナの兄にして、このブラックベリー・フォレストの領主だ。
「……報告書なら『飛ばした』はずだ」
「ああ、それは受け取ったよ。……だけど、ここに来たのは別件だ」
「別件……?」
「デイヴィッド牧師に用があってね」
そんな話をしていると、噂をされた当人がランドルフを伴って扉の向こうから現れた。
「そろそろ帰ってくる頃だろ。本気だってんなら、キッチリ出迎えてやれ」
デイヴィッドはランドルフの背中をバンと叩き、喝を入れる。
「デイヴ、お前は仕事がまだ途中だろ」
「オレはヤニ休憩だ。雰囲気が良さげなら、頃合い見て引っ込んでやるよ」
「……なんやかんや応援してくれてるよな」
「うるせぇボコすぞ」
……などと戯れていた二人だが、領主の姿を捉えるや否や、デイヴィッドの琥珀の瞳が見開かれる。
デイヴィッドは即座に背筋を伸ばし、不機嫌そうな表情をにこやかな営業スマイルに塗り替えた。
「……これはこれは領主様。一体なんの御用ですか」
その声は、普段の乱雑さからは考えられない穏やかなものだった。
見たことのない友人の態度に、ランドルフは面食らう。
「えっ、誰お前」
「黙ってろボケが。……ああ、失礼。少々、聞き苦しい言葉をお聞かせしてしまいましたね」
一瞬、いつもの棘のある空気が漂うが、すぐに取り繕われて霧散した。
「かしこまらなくて良いって言ってるのに……」
「そのような訳にはいきません。牧師たるもの、皆の模範とならなくては」
領主の言葉に、デイヴィッドは恭しく礼をする。
模範? どこが? ランドルフは喉まででかかった言葉をどうにか飲み込んだ。
「話があるんだけど、良いかな」
「ええ、どうぞ。お入りください」
デイヴィッドは教会内に領主を招き入れ、ランドルフに手で合図を送る。
「テキトーに二人で時間を潰せ」
……と。
後には、呆然とするランドルフと、いつもの如く無表情のディアナだけが残された。




