救いなき結末
ジゼル第二幕。
『ジゼル』の脚本は、元々ウィリが登場するこの第二幕から最初に作られたという。
ジゼルが公開された当時、最先端とされた衣装の“ロマンティックチュチュ”を纏い、同じく最先端であったトゥーシューズの硬い先端のボックスで、音を立てることなく踊られる高度なダンスは、見る人を圧倒したに違いない。
第一部で活気あふれる村の踊りを見た後ならなおさら、ウィリ達のダンスはこの世ならざる者達のダンスに見えたことだろう。。
そんな第二幕は、夜の森にある墓地をヒラリオンが訪れる所から始まる。
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第二幕。
―――茂みから蔦の垂れ下がる怪しく妖気を纏ったような夜の森の中。
ヒラリオンがジゼルの墓を訪れた。ジゼルの墓に花を手に許しを請いに来たのだ。
だがヒラリオンは沼の畔に鬼火(人魂)がたくさん飛んでいることに気付き逃げ出す。
再び静寂となった墓地に、ウィリの女王ミルタがローズマリーの枝を手に現れた。
枝を手に踊ればジゼルがウィリとなって蘇り、大勢のウィリ達が新たな仲間を迎え入れようと歓迎の輪舞を繰り広げ始めた。
ウィリ達が踊る中、ジゼルはアルブレヒトも墓にやってきたことに気付く。
ジゼルはアルブレヒトがウィリ達に見つからないように、そっと手を引いて森の奥に隠そうと連れ出した。
二人が去った直後、ウィリ達の元に鬼火に追われたヒラリオンが駆け込んで来る。
ウィリ達は可笑しそうにはしゃぎながら、ヒラリオンを踊らせた。
ヒラリオンは恐怖に震え懸命に踊りなが「許してくれ、助けてくれ、もう踊れない」と命乞いをする。
するとミルタは「所詮お前の想いなどその程度だった」と言い放ち、ヒラリオンを沼に突き落とすようウィリ達に命令した。
ヒラリオンが死んで間もなく、アルブレヒトもウィリに捉えられる。
ジゼルはミルタに「どうかアルブレヒトを助けて欲しい」と懇願するが、女王は冷酷に言い放った。
「お前がそいつを殺せ」
ウィリとなったジゼルはミルタの命令に逆らえず、泣きながらアルブレヒトと死のダンスを踊る。
捕らえられたときこそ恐怖に震えていたアルブレヒトだが、再びジゼルと踊れるならばと意を決したようにその手を取りった。
アルブレヒトを想い泣きながら踊るジゼルと、ジゼルを想い笑顔で死のダンスを躍るアルブレヒトの姿に、ミルタは真実の愛を見出し後退った。
それでもアルブレヒトの力は徐々に削られてゆき、もう間もなく絶命するというその時、眩しい朝日が森に射し込んだ。
同時にウィリ達は跡形もなく消える。
ジゼルの愛により死を免れたアルブレヒトは、日の射し込む森の中、ジゼルの墓の前で一人呆然と立ち尽くしたのであった。
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……終わりだ。
……まさかのこれで終わりなんだ。
当然“後日談”なんてものはありはしない。
だがそれぞれのアフターストーリーなんて容易く想像できる。
アルブレヒトはジゼルとの一夜を胸に秘めてバチルドと結婚する。だがクールランド公爵及び貴族たちの前でやらかした彼の人生は、きっと肩身の狭いものだろう。
バチルドにしてもそうだ。目の前で夫が友人を狂死させたトラウマを持っているのに、その夫婦生活が穏やかであるはずがない。
それにウィリとなったジゼルは昇天したという設定はないから、その後も夜な夜な起き上がり、通りすがりの男達を襲い殺しては、友人と結婚したをアルブレヒトをもやもやとした気分で想い続けているんだろう。
ベルタは孤独となり喪に服して暮らし、ヒラリオンはその死を誰にも知られることなく行方不明者として徐々に忘れられていく……。
誰得もここまで来りゃ大したもんだよ。後味悪すぎるだろ。
つか、色々突っ込みたいんだけどいいかな?
先ずヒラリオンはさ。あんだけ前フリされてて夜の墓場に行くなよな。
そりゃあんだけベルタさんを怒らせて白昼堂々と行きづらいのはわかるけどさ?
そんでジゼル! お前アルブレヒトは助けようとしたくせに、ヒラリオンはスルーしたな? 分かってて完全にスルーしたな! ちっくしょおー!
それからさ。あんだけ酷いことして裏切って、そんで普通に助かってから悲劇ぶってるアルブレヒトがまじで許せねぇ。俺なんか感慨も情緒もなくサクッと死んでますからアァァあぁぁ!!!
「こらっ! 煩いよっ、ヒラリオン!」
「あ、ごめんよオカン」
俺が悔しさに任せ床をどんどんと叩いていると、部屋の外からオカンにドアドンされた。
俺はそのままオカンがやっぱり戻っできてドアを開けないか、しばらく様子を窺っていたが、どうやら戻ってくる気配はなさそうだった。
そんなアクシデントで少し落ち着きを取り戻した俺は、また木の皮に目を落として考え始めた。
ウィリに出会えばきっと俺は死ぬ。だから絶対に会うつもりはない。
……だけど、それでも万が一に会わないと断言しきれるか? だって俺は森番になるのだから、夜の森にだって行くことになる訳だし。
「万が一出くわしても、生き残る方法を考えとくべきか……」
事実、アルブレヒトはウィリに出会って生き残った。何故か?
真実の愛? いや、今は愛とかもういいから現実を見よう。
アルブレヒトが生き残れた理由。それはズバリ、ウィリ達が眠る時間まで膝をつく事なく踊り続けられたからだ。
じゃあ踊り続ける為には一体何が必要なのか?
―――そう。それは他でもない“筋肉”だ。
「……―――マッソォー、イズ、ジャースティースゥー!!!」
「ヒラリオン? 一体何を言ってるんだい? 大丈夫かい?」
俺が力瘤ポーズをとり、厳かな口調で独り言を言った途端ドアがガチャリと開き、オカンに心配そうな声を掛けられてしまった。
「も、もぅオカン! あっち行ってて! 大丈夫だから!」
ちょっと恥ずかしくなって、オカンが去ったあと俺は咳払いをして気を取り直した。
「ま、まぁ最低四時間は休みなしに踊り続ける体力をつければいい、ということだな」
オトンはウィリが活動できるのは深夜0時から4時までだと言っていたからだ。
だが仮に4時間の間踊り続ける体力を付けたとしても、ウィリ達が大人しく踊らせてくれるとは思えない。
ヒラリオンが放縦なウィリ達に捕まったとき、彼女らは当たり前の様に突き飛ばし、囃し立て、弄んでいた。
自分のペースで踊れるなんて考えちゃ駄目だ。
だけどその点、生き残ったアルブレヒトは邪魔されることなく最後までジゼルとだけ踊った。
それはミルタがジゼルにアルブレヒトを殺すよう命令したから、他のウィリ達は手を出せなかったんだ。
女王ミルタの命令は絶対で……。
「……あ、そうか」
とその時、俺はふと名案を閃いた。
「そうだよ。俺がミルタにダンスを申し込めばいいんだ!」