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全ては生き残るために

 

 俺がユヴェーレンを抱え、口をへの字に曲げながら家に帰ると、オトンが眉間に深いシワをこさえながら俺に言った。


「何だそれは」

「何だじゃない。こいつは俺の相棒のユヴェーレンだ」

「狼だろ。今すぐ絞めてこい」

「相棒だってば! 俺はこのユヴェーレンと金持ちになる。俺は世界一のトレーナーになるんだ! もうオトンには頼らない!」

「ったく、サイキックの次はトレーナー? 頭おかしいんじゃねぇか?」

「ぷんっ!!」


 何とでも言えばいい。もうオトンなんか知らない。

 俺がツーンとそっぽを向いていると、夕飯の支度ができたのかオカンがやってきて、俺を睨むオトンに言った。


「アンタも子供の言うことにいちいちムキになってんじゃないよ」

「だってヒラリオンがよぉ……」

「クドい」


 オカンの一言にオトンは黙った。やっぽオカンには誰も敵わない様だ。

 オカンはショボンと凹むオトンから目を逸らせ、今度は俺をじろりと見下ろしてくる。


「あとヒラリオン」

「な、なにっ」


 オカンに話を振られ、俺は思わず声を裏返らせた返事をしてしまった。


「その狼を飼うなら今から言う約束は守んな」

「え?」

「人を噛んだり牙を向けたら即絞める。いいね?」

「う、……うん。飼っていいの?」

「ちゃんと面倒見るならね。ほら、夕飯にするからいい加減オトンに謝んな」


 オカンの言葉に俺はちらりとオトンを見る。

 俺はわずか数秒ほど自分と葛藤した後、絶対強者オカンの言葉に従いオトンに謝った。


「ごめんオトン。俺いろいろやりたいことがあるんだ。でも一番やりたいことはオトンと仲良くしたいことだから……」


 俺がそう言って折れると、オトンの険しかった顔がふっと穏やかになった。


「……ま、子供の頃に色々夢見るのはいいことさ。色々やってみるのもな」

「……」


 まったく……オトンはすぐそうやって格好を付けたがる。

 オトンは好きだが、こういうところはぶっちゃけ面倒臭いと思う。

 それはオカンも同じだったようで、オカンはそれ以上話題を広げようとせず手を打った。


「はいはい。じゃ、さっさと仲直りのグーしてさっさと夕飯食べな」

「はーい」

「おう」


 そして俺とオトンは言われた通り拳を合わせ、オカンの作った夕飯を食べ始めたのだった。


 俺は茹でた芋を頬張りながらオトンに言う。


「オトン。ユヴェーレンのご飯用に肉が欲しい。後で切り分けてよ」


 するとオトンではなく、オカンの方から呆れた声が飛んできた。


「オトンにはもう頼らないんじゃなかったのかい?」

「……」

「まぁいいだろ、グーしたんだし。いいぞ、ヒラリオン。食事の後吊るしてある鴨を捌いてやるよ」

「うん」


 俺はオカンの細かいツッコミを無視し、オトンのフォローにだけ返事を返した。

 そんな俺とオトンのやり取りに、オカンは呆れたように溜息を吐いていたのだった。




 ◇




 ユヴェーレンを相棒に迎え入れたその翌日から、俺はユヴェーレンと共に運命打破の為に動き始めた。


 俺は運命から逃れる為にこの村を出て都に行く。

 そしてその為にオトンから出された条件は、秋の狩猟祭で優勝し、学費を自分で稼ぐ事だった。

 だが秋の狩猟祭といえば、大人達がこぞって参加する一種の競技であり、当然ながら6歳の俺がどうこうできるものではなかった。そして学費に関してもそれは同じ。

 だから俺は、今すぐどうこうするのではなく、計画的に動くことにしたのだ。

 期間の目安は四年程度。

 その間に俺は徹底的に自分を磨き、大人にも負けない狩猟技術を手に入れる。

 そしてその間ユヴェーレンを訓練し、立派なトリュフ犬……いや、トリュフ狼にして金を稼ごうという算段だった。

 貴族達は美食家気取りが多いからトリュフは高値で取引される。だけ意外とトリュフってそこかしこの森に、結構豊富に生えてるのも事実なんだよなぁ。見つけ難いだけで。


 俺はこれまで以上にオトンが教えてくれる森のことを学び、それ以外の時間は自分の鍛錬とユヴェーレンの訓練に使った。

 筋トレや走り込みで体力を付け、矢の的当て訓練だってオトンに内緒で日が暮れるまでやった。

 それから問題のジゼルの方だけど、あれからも俺はほぼ毎日お遣いに行かされるようになり、俺は間違っても“恋”をしないよう、細心の注意を払って近所付き合いをこなしていったんだ。



 ―――そして3ヶ月があっという間に過ぎた。


 その頃になると俺も漸く自分に課した厳しいノルマに慣れてきた。

 ユヴェーレンの訓練もまぁ順調。

 ユヴェーレンは前脚が片方使えず思う様に走れない事もあり、腕白ではあるが乱暴なことはしない賢い雌狼に育っていた。

 ユヴェーレンの訓練を始めるにあたり、俺は森のあちこちを掘り返しまくって、なんとや漸く一つの特大トリュフを探し当てることに成功した。

トリュフは成熟するほどに香りが良くなり、お値段も良くなる。だからユヴェーレンには、ぜひこの成熟トリュフの香りを覚えてほしかっだ。

 訓練とは、埋めては掘り返し、また埋めては掘り返させるという事の気の遠くなるような繰り返し。

 ただトリュフは一度掘り起こしてしまうと成長しなくなるらしいから、確実に成熟した物を選別して見つけられるよう、そこのところは特に気を付けて訓練した。


「“カム(来い)”! よーし、ユヴェーレン。今日はここまでにしてそろそろ帰ろう」

「ガウゥッ」


 俺の掛け声にユヴェーレンは軽やかな足取りで駆け寄ってきた。

 帰り道、俺は下草茂る森の小道を音を立てないよう注意して歩く。

 途中で獣達の足跡やマーキングのチェックも忘れない。

 これは俺のトレーニングの一つだが、オトンいわく熟練の森番なら意識せず出来るんだそうだ。

 たまに話しを盛ってくるオトンの言うことだから、その真偽は定かじゃないが、やれる事は全てはやろうと俺は決めたのだからどっちでもいい。


 そしてそんなことをしながら森を抜けた頃、俺はふとまだ自分の体力に余裕があることに気が付いた。

 初めの一月くらいは辛くて、しんどくて、一週間に一度は熱を出していたメニューだった。だか流石に3ヶ月も続けると体力も付いてきたんだろう。


 昼食を食べ、ユヴェーレンに肉片をあげた後、俺はまたベッドの下から夢で見たあの詳細を綴った木の皮を引っ張り出して読み直してみた。


 ―――体力に余裕があるなら、まだ何か出来る事がある筈。

 油断せず対策出来る物には全て対策を取っておこう。全ては生き残る為に……。




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