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相棒 

 

 それは数日後の昼食の後のことだった。


 オカンが後片付けに勤しむ側で、オトンが俺を怒鳴りつけた。


「この嘘つき小僧!」

「嘘なんかついてない!」


 俺も負けじとばかりにオトンに怒鳴り返す。


「だってお前、ずっと森番になるって言ってたじゃないか。それを都に勉強しに行きたいだと!? バカにしてるのか!」


 この件に関してオトンが怒るのは、まぁある程度予想はしていた。

 このご時世、貴族ならまだしも村民である俺達の識字率や教育水準はさして高くない。

 うちのオトンやオカンも、簡単ないくつかの単語を知っている程度だった。

 そんな二人にとって都の学校なんて、まるで想像も出来ない異界もいいところなんだろう。


「金はどうする!?」

「オトン金持ちだろ! 嫌な顔一つせず、シュナイダーさんを助けてあげるのがその証拠だ!」

「だがそんな事の為に使うかねなんかない!」

「子供の将来に金を払いたくないっていうのかよ、このケチオトン!」

「勉強なんか将来の役に立つはずないだろ! 罠の作り方でも覚えておけ!」

「ぐうぅ」


 オトンは根っからの森番だ。

 そして森番といえば、一にも二にも狩りの腕前が全てになる。

 勉強をすれば金の稼ぎ方に聡くなり、未来の選択肢が広がるなんて考えは欠片もないんだろう。


「ふんっ、学校行きたきゃ学費は自分で何とかしろ。俺は絶対出さないからな!」

「6歳の子供に言うことかよ! オトンのバカっ!」

「親に向かってバカとは何だ! 森番になるのが嫌になったからって現実逃避してるバカはお前だ!」

「オトンも子供にバカって言った! それに嫌になってない。俺は絶対森番になるっ!」


 そこからは売り言葉に買い言葉だった。


「なら秋の狩猟大会で優勝してみろ! そしたら森番になりたがってるって事はだけ認めてやる」

「優勝くらいしてやるよ! オトンより獲物いっぱい狩ってやる!」

「はっ、出来るもんか。仮に出来たとしても、学校行きたきゃ学費は自分でなんとかしろよ。自分で準備できたら都に行くことを許してやらぁ!」

「あぁ揃えてやる! もうオトンなんかに頼まん! 金は自分で稼ぐ! 丁度金持ちになりたいって思ってたとこだしなあぁっ!!」


 そう言って、俺は泣きながら家を飛び出した。


 ―――この喧嘩の発端はこうだった。


 あの日ジゼルの家にうさぎを届けて以来、オトンは毎日ジゼルの家に行くように言ってきた。

 そして行ったら行ったで、ベルタさんは俺がジゼルと仲良くなるよう、無理矢理場を整えてくる。

 ジゼルにその気は無さそうだが、あの天使の如き顔面で見詰め「お菓子ほっぺに付いてるよ」なんて言ってはド天然にスキンシップをかましてくるのだ。

 周囲からの持ち上げと期待。ジゼルの庇護欲を唆る美少女っぷり。そんな環境に身を置けば、分かっていても遠からず堕ちてしまうだろうことは明白だった。


 だから俺は、この村を離れようと決意したのだ。

 でもどこへ? この時代なら弟子取りをしている職人なんかの下へ働きに出るか、寮付きの学校や修道院に入るかだ。

 だけど森番になりたい俺は、オトン以外の下で別の仕事の修行する気なんてサラサラなかった。そうすると自ずと学校か修道院という事になる。

 そしてその二択でまず初めに選ぼうとしたのが修道院だった。

 なぜなら俺はいつかウィリ達に殺される。

 死者の魂から成ったウィリに対抗するには、教会で修行して悪魔や悪霊を祓う祓魔師(エクソシスト)になればいいじゃないかと思ったわけである。

 だが下調べに近くの教会で話を聞いてみたところ、どうもイメージと違うことに気付いた。

 祓魔師(エクソシスト)とは悪い物が取り憑いた人に出ていけと怒鳴り続け、悪い物を追い出すというやり方が仕事の基本らしい。

 その点ウィリ達は直接人に取り付くわけじゃないし、何よりウィリ達の女王ミルタにそんな脅しが効くとは思えない。

 だから俺は心霊学を教える学校に通い、サイキック(霊能者)を目指そうと思ったのだ。

 ウィリに対抗できる力を付けれてジゼルとも離れられる。まさに俺が生き残るための最善策に思えた。


 だが……


「はぁ? サイキックの学校に行きたい? いやそもそも何だよ、その怪しい組織は」


 ―――と、言うわけである。


 ……いやまあ落ち着いて考えりゃ、俺も相当アホなこと言ってるな。だって逆にオトンとかの身内がいきなりそんなとこ行きたいとか言い出したら、俺だって全力で反対して諭すもん……。


 そんな風に頭の片隅で少しだけオトンをフォローしつつも、俺は引き返す事なく一人歩き続けた。


 その時頭に血が昇っていた俺は、どこに向かうつもりなんてなかった。

 だけど俺は無意識の内に、オトンと一緒に毎日通った森を抜け、気付けば薄暗い森の中へとやってきていた。


 森の奥で俺が漸く足を止めると、突然風もないのに木々がザワリと揺れる。

 思わずビクリと背を震わせると、今度はギーギーとけたたましい鳥の声が聞こえた。

 まるで俺に帰れとでも言っているようだ。

 思わず後ずさり、俺は茂みをかき分けてその場から逃げ出そうとした。


 だが……


「沼だ……」


 茂みの向こうには大きな沼が広がっていた。

 そしてその沼の畔りには木々や茂みに隠されるように苔生した墓地も見える。

 背筋が凍る思いがした。



 ―――俺、いつか……ここで死ぬんだ。



「ぅ、うわあぁ!!」



 俺は沼から逃げるようにがむしゃらに走った。


 死にたくない。……死にたくないよ。


 その時、ふと近くの茂みが大きく揺れた。

 俺が驚いて思わず飛び上がると、突然茂みの中から小さな獣が転がり出てきた。


「なんだ!?」


 見ればそれは、まだ産まれてまだ数ヶ月も立っていなさそうな、小さな狼の子供だった。

 痩せ細っていて、細い前脚には狐取り用の罠が食い込んでいる。

 罠を見る限り、どうやらオトンが仕掛けた罠ではなさそうだった。

 そう一通り観察した後、俺はハッと顔を上げて辺りを見回す。

 オトンが前に、狼は群れ移動すると言っていたのを思い出したからだ。

 だがどうやら狼の気配はなく、俺は再び狼の子に目向けた。


 ―――前脚はもう駄目だな。もしここで逃してやったとしても、群れに見捨てられたこいつはもう死ぬしかない。罠にかかった瞬間、この子狼の運命は死に捉えられたんだ。―――そして俺も……。


 その孤狼に自分を重ねてしまい、俺は思わずその鼻先に手を差し出した。


「なぁお前。死ぬのは嫌か?」


 子狼は俺の手の匂いをスンスンと嗅いできたが、噛みついてこようとはしない。

 俺はポケットに偶入っていたオトン手製の干し肉を子狼の前に置き話し掛けた。


「俺は死ぬのは嫌なんだ。だからお前も、一緒に俺と運命に逆らってみないか?」


 なんてな。分かるわけない……。

 そう思ったが、子狼は何を察したのか俺をじっと見つめ、尻尾を揺らした。



 俺はその子狼にユヴェーレンと名付け、家に連れ帰ることにした。




※ユヴェーレンという狼は“ジゼル”には登場しないオリジナルとなります(・ェ・`U)

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