9:1
うさぎを届け終えた俺は走って家に帰り、ベッドの下からまた例の木の皮を引っ張り出した。
ウィリ達の対策やら、他に打てる手はないか再考し直そうと思ったのである。
俺は先日書き記しておいた、舞台『ジゼル』の話をまた読み直し始めた。
以下、第1幕の後半である。
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ある日、ジゼルは家の前でぶどう摘みに向かう友人達を見つけ、ダンスを披露して遊んでいた。
だがその時、家の中からベルタ(ジゼルの母)が出てきて、心臓が弱いジゼルにダンスをやめるように言う。そして「年頃の娘が死ぬと、恐ろしいウィリになってしまうよ」と言ってジゼルや村娘たちを怖がらせ、ジゼルを家の中に連れ戻していった。
とその時、村に角笛の音が響き渡る。
森に狩りにやってきたクールランド公爵の一行が、村に休憩に立ち寄ったのだ。
ジゼルとベルタも村を上げて貴族の御一行を歓迎して飲み物を配るが、何故かロイスだけは逃げるように森の奥へと隠れてしまった。
ヒラリオンは訝しみ、ロイスの家に忍び込む。そしてそこで家紋の入った剣と立派なマントを見つけ、ロイスの正体に気づくのであった。
一方、貴族を饗していたジゼルは、狩りに同行していた公爵の娘バチルド姫の着ていたドレスに見惚れ、知らず知らずのうちに触れてしまう。
驚くバチルドに、ジゼルが「美しかったから」と正直に謝ったことがきっかけで二人の間に友情が芽生える。
二人は互いに自分達の恋人や婚約者の事を自慢しあい、そして褒め合った。
別れ際、バチルドはジゼルに宝石の付いたペンダントを贈り、ジゼルはお礼にダンスを踊って友情を確かめあった。
だが、事件は村の収穫祭の日に起こる。
収穫のクイーンに選ばれたジゼルは、ベルタの許しを得て、ロイスや村人達と楽しく踊ってその日を過ごしていた。
祭が盛り上がりを見せる最中、剣とマントを手にヒラリオンが突然「ロイスは身分を偽った嘘つきである」と暴露したのだ。
ロイスは焦りながらも認めず、ジゼルに至っては全く信じない。
ヒラリオンは公爵達が忘れていった角笛を吹く。
すると、まだ近くに留まっていた公爵の一行が、招集の合図だと思い村にやってきたのだ。
焦るロイス。ジゼルは困惑しながらも、その一行の中にバチルドを見つけ、恋人を紹介しようとロイスをバチルドの前に連れ出した。
「お久しぶりです、バチルド様。こちらがロイス。以前お話した私の恋人です」
「え? その方は私の婚約者のアルブレヒトよ」
「え?」
周りには公爵や貴族達が成り行きを見守っている。窮地に立たされたロイス……いや、アルブレヒトは咄嗟にバチルドの手を取りキスをした。
「少し遊んでいただけです」
その時、漸く全てを悟ったジゼルは発狂し、哀しみのあまり踊り狂う。そして、そのままの発作を起こして死んでしまうのだ。
バチルドは恐れ慄きその場から立ち去り、アルブレヒトとヒラリオンは互いに「ジゼルの死はお前のせいだ」と言って罵り合う。
そしてとうとう怒りに任せアルブレヒトが抜剣した時、ベルタがジゼルの亡骸を抱えながら叫んだ。
「もういい加減にしろ! 皆帰っとくれ!」
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ここで第1幕の幕が下りるのである。
―――ベルタさんの気持ちがわかりみ過ぎて辛いよなぁ。
……ていうかさ。改めて読み直して思うんだけど、どっちかって言ったらさ。完全にアルブレヒトがギルティじゃね?
タイミングが最悪すぎたってのはあるけど、ヒラリオンはバチルドの婚約者ってのは知らなかった訳だし不可抗力も甚だしい。ヒラリオンがいなくても絶対バレてたろ。理不尽が過ぎる。
じゃあなぜヒラリオンは無惨に死に、アルブレヒトは救われたのか?
事故の過失比率で言ったら9:1でアルブレヒトが悪いのに。
伯爵VS村人だから? フェ○ーリVS軽自動車みたいなもん? ……なら敗因は金と地位ってこと?
世知辛れぇぜ。
とその時、部屋の外からカタリと音が上がり人の気配がした。多分オトンが帰ってきたんだろう。
俺は木の皮のメモをベッド下に仕舞い直し、急いで部屋を出た。
「オトン、おかえり……。うさぎは渡してきたから」
早く行けと怒鳴りつけてきたオトンと顔を合わすのが気まずくて、俺は少し離れた所からオトンに話し掛ける。
するとオトンはそんな俺に、俯いたまま低い声で短く返事を返してきた。
「当たり前だ」
……どうやらまだ機嫌が直っていないらしい。
俺は胸が締め付けられる様な気持ちで、オトンにそろそろと近づいた。
本当はもう二度とジゼルの所には行きたくない。
だけどオトンとこんな険悪な雰囲気になるのはもっと嫌だった。
「……ごめんなさい。嫌だなんて言って。これからは……ちゃんと届けに行く、からっ。……もう怖い顔はしないで欲しいよ、オトン……」
俺は目に涙を浮かべ、言葉を詰まらせながらもオトンに懸命に訴えた。
するとオトンは漸くチラリと顔を上げ、俺の顔を見て溜め息を吐いた。
「……ま、まだヒラリオンにゃ女がどうなんか解んないよなぁ。―――俺も悪かったよ。だけど、困ってる人は助けなきゃいけない。それだけはよく覚えておけよ」
「うん、覚えた。だからグーしてオトン」
グーとは俺とオトンの間でだけ有効な仲直りの印だ。
グーした拳を突き出し、相手がその拳に拳を合わせてくれたら仲直りしたということだった。
オトンはニッと笑って、突き出した俺の拳をグーでコツンと突いてくれた。
「おう。グーだ。これで仲直りな、ヒラリオン」
「……っうん!」
俺は涙を拭うと、笑顔で頷いた。
オトンとは喧嘩したくない。だってオトンは面白いから、喧嘩なんかしたらつまらない。
オトンとは何時だって仲良くしときたい。
―――だけどそれから数日後。
俺とオトンは再び大喧嘩をすることになるのだった。