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オトンとの約束

 


 夢で見た劇の主人公の村娘は、生まれつき心臓が悪いという設定だった。

 その娘は美しく可憐で、ダンスが大好きなヒラリオンの幼馴染。そしてその娘の名前というのがジゼル!


「ヒラリオン、よく知らせてくれたな! 偉かったぞ!」

「あぁ、可哀想なジゼル。もう大丈夫だからねぇ」

「よく見ててやったもんだ。お手柄だぞ!」


 大人達の声が耳元で聞こえるが、まるでの頭に入ってこない。

 俺は信じられない思いで仕立て屋のおばさんとその娘を、ただ呆然と見詰めていた。



 その後、発作が落ち着いたジゼルと俺は、大人達に簡単な事情聴取を受けた。

 俺が当時の様子を“ジゼルが踊ってると、突然苦しみ出した”とありのまま伝えると、仕立て屋のおばさんはジゼルに「もう踊ってはいけないよ」と、きつく注意をしていた。

 そして俺には沢山の感謝の言葉が掛けられ、これからはジゼルと仲良くしてやって欲しいと何度も何度も懇願された。


 だが正直に言えば夢のこともあり、俺はジゼルにはあまり近付きたくない。

 かと言って「嫌だ」とドストレートに言い放つ事もできず、俺は曖昧な返事を返してジゼルの方をチラリと見た。

 ……ジゼルは俺を睨んでいた。


 ま、俺が正直に話してしまったせいで、大好きなダンスを禁止されてしまったのだ。その気持ちは分からなくもない。


「これジゼル! 何を睨んでいるんだい、命の恩人に向かって!」


 と、厳しい口調で捲し立てる仕立て屋のおばさんに、俺は慌てて止めに入った。


「まぁまぁ、仕立て屋のおばちゃん。ジゼルはまだ子供だし、その辺で……ね?」

「何言ってんだい。ヒラリオンだって子供だろうに」

「あ」


 おっと、いけない。夢と現実が被ったショックで、一瞬自分が大人であるような錯覚をしてしまった。

 俺は苦笑を浮かべながら誤魔化し、ついでに先程から気になっていたことを尋ねてみた。


「そ、そうだね。……あのさ、それより一つ聞きたいんだけど」

「なんだい? 何だって聞いとくれ」

「仕立て屋のおばちゃんの名前ってさ。もしかして“ベルタ”っていう?」


 ウィリはいる。そしてヒラリオンとジゼルが揃った。……だが、まだ偶然ということもあるだろう?

 俺はサマンサ、サマンサと祈りながら仕立て屋のおばさんの返答を待った。


「ん? あぁ。そうだよ。あたしの名はベルタ。ベルタ・シュナイダーだ。よく知ってたね」


 あぁ……。


 ベルタさんの言葉に、俺は内心で失望の声を上げた。

 よく知ってる? ああそりゃあよく知ってるさ。だって夢の中の俺が、寝る間も惜しんで調べ上げていたんだから。

 そう。劇の“ジゼル”に出てくる主要登場人物の一人にジゼルの母がいた。そしてその母の名が“ベルタ”だったんだ。


 ―――終わった。

 俺は死ぬんだ。ウィリ達に捕まって踊らされ、沼に沈められて殺される。


 その日、それからの記憶が俺にはあまりない。

 きっとショックを受けすぎたせいだろう。


 そしてその日の夜から俺は高熱を出し、二日間にも渡って寝込んでしまったのだった。


 高熱と激しい頭痛に苛まれながら、俺はあの夢の中での苦しみを思い出していた。


 つまみを回せば水の出る清潔なトイレの中で、大人の俺は助けを求めることなく耐え続ける。ジゼルに会いたいと願いながら。

 だけどこんなことは願いが叶ったなんて言わない。ウィリに呪い殺される運命だなんて絶対に嫌だ。


「嫌だ……俺、死にたくないよ」


 熱に浮かされながら、俺はつい心の中の声を口走ってしまった。

 すると不意に、割れそうに痛い頭が大きな何かに包まれた。

 そして優しい声がかけられる。


「あぁ、大丈夫だヒラリオン。お前がこんなことで死ぬもんか」


 オトンだった。


「てゆうか俺より先に死ぬなんて、絶対に許さねーからなっ。がんばれっ、がんばれヒラリオン!」


 そう言って、オトンは俺の額を冷たい水で濡らした布で拭いてくれる。……気持ちいい。

 俺が重いまぶたを持ち上げオトンの方に視線を向けると、オトンはマジで目を潤ませながら俺を心配そうにこちらを見下ろしていた。

 その顔に、熱で気が弱くなっているせいか俺まで泣けてくる。


「うんっ、俺、オトンより先には絶対死なない。ごめんオトン。約束するっ」

「あぁ。当たり前だ。当たり前だっ、ヒラリオン!」


 と、そう言って俺とオトンがボロボロと泣き合っていると、オトンの後ろからオカンのクールな声が飛んできた。


「馬鹿言ってんじゃないよ。そのくらいの熱くらいで死ぬもんかい。昨日よりは下がってきてるし、明日にはすっかり全快してるだろうよ」

「うぇ?」


 そういったオカンからは、俺を心配する気配が見受けられない。

 そのあまりの平常っぷりに、気を動転させて男泣きしていたオトンの目が正気に戻る。


「ほ、ほんとか?」

「あぁ。アンタもう忘れたのかい? ヒラリオンは去年までも月一で熱出してただろ? 疲れるとヒートする体質なんだ。所謂ただの子供熱。さ、そんな心配はいいから元気付ける為に卵入りパン粥でも食べな」


 ほんとに? こんなにしんどいのに? いや、でもオカンの言うことは絶対だ。

 オカンは俺のことを俺より知り尽くしているスーパーオカンだから間違いないだろう。


「うん。……オカン食べさせて?」

「……。……はぁ。ったく、いつまで経ってもヒラリオンは……。しょうがないねぇ、今日だけだよ」


 だってこんな時でなきゃ最近のオカンは俺に甘えさせてくれない。

 オトンとオカンはそれからも嬉しそうに俺の世話を一晩中焼いてくれた。


 オトンとオカンは本当に俺が好きだ。

 だからさ、こんなオトンとオカンを悲しませちゃ駄目だろ。

 俺は絶対にオトンとオカンより早くは死なない。何としても、必ずや長生きをする。


 そう決めた俺は、オカンの予言通り翌日身体が全快すると、早速俺が生き残る為にすべき事のリストアップを始めたのだった。




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