死因
ドイツのテューリンゲンにある、広大な森の傍の村。
そこに俺の家はあった。
俺の家は代々、公爵様が狩りを楽しむ為の森を管理する森番の仕事を仰せつかっていて、オトンは村一番の森番兼猟師だった。
そして俺もまたそんなオトンに憧れ、大きくなったら立派な森番になるんだと強く願いながら、オトンの後を日々ピヨピヨと付いて回っていた。
そんなオトンの朝は早い。まだ日が昇る前。空にピカピカと星が輝く頃に起き出してくる。
因みにそんなオトンの朝食の支度をするオカンの朝はもっと早い。
着替えた俺が台所に駆け込むと、オカンは湯気の立つ兎肉と山菜のスープを器に盛っているところだった。
「おはようオカン! オトンは? 俺置いて先に森に行ったりしてないよね!?」
「オトンは便所だよ。お祈りして先に食っちまいな」
オカンの言葉に俺はホッとし、食事の前の儀式である簡単なお祈りをするとフォークを手に取った。
今日の朝食はスープにパン。それから貰い物のブドウだ。
スープにこんな大きな肉がゴロゴロ入ってるのは、他でもない猟師を兼ねるうちだけの特権だろう。
よく煮込まれた柔らかい肉を頬張っていると、オトンもやってきて席についた。
「お、起きてたか寝坊助。にしても、お前が寝坊なんて珍しいな」
「うん。変な夢を見てたんだ」
「へぇ。どんな夢だ?」
「俺が大人になった夢」
「ははは、たった6歳の坊やが大人にねぇ? そりゃ確かに変な夢だ」
……そういう意味で変だと言った訳では無いんだが。―――もういい。オトンにはこれ以上夢の話はしてやらん。
俺はオトンを軽く睨みながらそう固く心に誓い、小さく千切ったパンをもしょもしょと食べた。
一方オトンは品のない食い方でガツガツとスープを腹の中に流し込んでいく。
「ヒラリオン、んな上品に食ってないでさっさと食っちまえ。朝の仕事が終わったら弓の扱い教えてやるからよ」
「本当に!? やった!」
と、オトンの一言に俺は一瞬で曲げた臍を元に戻し、オトン同様ガツガツと朝食を食べ始めた。
なんせ弓矢といえば森番にとっての花形中の花形。
領主様が狩りを楽しみやすいようと、森の木々の小枝や下草を払う手入れなんかの雑用ばかりを教えられてきた俺にとっては、スーパーヒーローの必殺技を伝授すると言ってもらったようなものなのだ。
まぁ、実際森を知り尽くしたオトンは、立派な森番となる事を夢見る6歳の俺にとってスーパーヒーローそのもので間違いないんだけどな。
朝食を終えた俺は小躍りすらしながらオトンの手を引いて、まだ朝日の見えない外へと飛び出した。
「オトン! 俺ね、大人になったらオトンみたいな凄腕の森番になる!」
調子に乗った俺がオトンを見上げながらそう言うと、オトンは少し照れくさそうに笑った。
「そうか」
「なれるよね?」
肯定される事をほぼ確信しながら俺がそうオトンに尋ねると、オトンは大きな手で俺の頭を撫でながら言った。
「なれるさ。だってお前は俺の自慢の息子。“ヒラリオン”だからな」
「……」
オトンに撫でられるのは好きだった。
だが何故かその時、俺の胸に言葉に言い表せないような不安がふと過ぎったのだ。
俯く俺をオトン不思議そうに覗き込んでくる。
「どうかしたか? ヒラリオン」
―――ヒラリオン。
それは俺の名前。生まれてこの方別の名前だったことなんてない。
だけど今こうして改めて名を呼ばれる度、何故か俺の胸の奥に恐怖にも似た不安が湧き起こるのだった。
何故? いや、理由は分かってる。あの夢のせいだ。
夢で見た劇の登場人物に“ヒラリオン”という奴が出てきていた。
劇に出てきたヒラリオンはとある村の若者で、奇しくも俺のオトンと同じく森番という設定だった。
……だけど劇中のヒラリオンは、若くしてとても酷い死を迎える。
森に住むウィリと呼ばれる恐ろしい精霊達に、立つことも出来ないほどに踊らされ、弄ばれ、必死で命乞いをするも、無慈悲に沼に突き落とされて溺れて死んでしまうのだ。
ヒラリオン……。
……いや。
いやいやいや、あれは夢だ。全部夢。
俺はそう自分に言い聞かせつつも、先頭を切って森へ歩き出したおとんに恐る恐るに尋ねた。
「なぁ、オトン。この森にウィリっている? いないよね?」
「ウィリ? ―――まったく……。またシュナイダーさんとこの奥に何か吹き込まれたのか?」
「ち、違うけど……」
シュナイダーさんとは、俺達の村の仕立て屋さんの家の苗字だ。
その仕立て屋さんちの奥さんは伝承なんかに詳しくて、特に子供を怖がらせる話をするのが好きな、ちょっと変わったおばさんとして知られている。
そんなおばさんの十八番の話しが、美しくも恐ろしい精霊ウィリ達の話だった。
―――よくお聞き、子供達。ウィリとは美しく、哀しく、そして恐ろしい精霊の呼び名だ。
結婚を迎えず死んでしまった若く美しい娘達の魂が、人生を謳歌できなかった無念さを嘆き、墓から起き上がってウィリが生まれる。
そうして生まれたウィリ達は、夜な夜な墓から抜け出ては月あかりの下で踊り明かす。そして若い男を見つけるとダンスに誘って死ぬまで踊らせ、慰み者にすんだよおぉ! ヒッヒッヒ!! ……てな。
―――でもそんなものは全部子供騙し。危険な森に子供が一人で入らない為、大人達が考えた嘘だろう。
「ね、そんなのいないよね」
俺は内心ドキドキしながらもオトンを見上げ、森を知り尽くしたオトンの同意を求めた。
オトンはククッと笑い俺に言う。
「ウィリはいるぞ」
「!?」
その一言に俺はビクリと背筋を凍りつかせ、胸を押し潰されそうな恐怖を覚えた。
ウィリー(ウィリ)とは、ドイツに伝わるヴィリスという踊り子の霊達の伝承が元になったと言い伝えられているそうです。
死者が化けて出ていますが、一応幽霊ではなく精霊の部類とのこと。
タイトルで悪霊表記にしていて申し訳ありません。(-人-;)
お読みくださりありがとうございます。