シャルウィーダンス! (ミルタ視点)
《ウィリーの女王 ミルタ視点》
毎日が憂鬱だった。
目覚めればいつも辺りは静まり返った闇ばかり。
見上げれば、木々の葉の切れ間から月が見えた。
時に細く、時に太く。
だが如何に月が姿を変えようと、この憂鬱が晴れることはない。
蔦の垂れ下がる陰鬱な墓標の下から、今宵もまた娘の啜り泣く声が聞こえているのだから。
妾は地を見下ろし呟いた。
「―――そこは暗くて冷たかろう」
そして妾は手にしたローズマリーの枝を振り、啜り泣く声に囁きかける。
「―――誰がお前をそこに押し込めた? 晴たる絶景を見る前に。喜び咲くその日を前に、何がお前に涙させる?」
すると泣き声が止むかわりに、鬼火達が飛び交い始め、怪しく墓地を照らしあげた。
泣き声の鎮まった墓標の中に、妾はそっと囁き続ける。
「我はウィリの女王ミルタなり。光を見たくば甦れ。輝く白日に見放されようとも、青き月は祝福をくれるだろう。あの日無くした晴れ舞台。再び月光の下で踊り明かせ」
―――ふわり、と一つ美しい花が咲いた。
風に舞う儚き美しい白い花。ウィリという名の花だ。
ウィリは次々に冷たい土の中から這い出ては、蕾を開くように純白の長いスカートをたなびかせた。
頭には花嫁のように花冠が乗せられ、腕には霧の様に揺れる腕飾りが巻かれている。
「踊れ。踊れ、ウィリ達よ。お前は誰より美しい」
踊り咲くウィリ達の間を、妾は歩み進んだ。
と、その時。妾はふと妙なものを見つけた。
墓の上に置かれた一枚の封筒。その紙切れには、オンシジウム(雀蘭)の花が一枝が乗せられていた。
オンシジウムとは小指の爪程の花が鈴なりについた蘭の原種だ。
今の時期ならさほど珍しくもないこの花だが、ここに供えるには、些か不吉な花ではあった。
なぜならその花の花言葉は“shall we dance”。―――ウィリの住む森には、余りにも似つかわしくない花だった。
その花が添えられていたからだろう。
妾はなんとなく気になりその花を手に取ると、封筒に書かれた宛名が見えて、思わず声を上げた。
“ ミルタ様へ ”
「……妾宛てだと? どういうつもりだ」
妾は思わずその封を開き、中の紙を取り出した。
そこには、流麗な文字の
“ ――― 親愛なるミルタ様へ
夏も盛りも過ぎ、涼やかな風が木々の隙間を吹き抜ける季節となりました。
突然のお手紙すみません。ミルタ様はさぞ驚かれたことかと存じます。私はヒラリオン・といいます。今年6歳になった森番の息子です ―――”
6歳……だと?!
妾は驚きつつも文字に目を滑らせた。
“――― 以前より私は父や伝承に詳しい村の者から、ミルタ様やウィリ様方の話を伺っておりました。悲しくも美しい存在が森に住む、と。それを聞いて私は、こう願うようになりました。
『ミルタ様と是非ワルツを踊りたい』と ―――”
……意味が分からん。
村の者や森番から話を聞いたのであれば、我等ウィリとのダンスは死のダンスと聞いたはず。
なのに何故そうなる? 自殺志願者か? 6歳で?!
妾が唖然としながらこめかみを揉んでいると、ふと背後からその先の文を読み上げてくる者がいた。
「えー、なになに? “もしいつかミルタ様に会えたその日は、どうか私のこの願いを思い出してください。 森番の息子、ヒラリオンより―――”……ってこれ、恋文ですか?」
妾の肩越しに手紙を覗き込んでいたのは、妾がウィリになって以来、二番目に蘇らせたウィリのズルマだった。
気付けば踊っていたウィリ達が集まってきている。
妾はズルマを睨みつけ、クシャリと手紙を握り潰し言った。
「そんな訳あるものか」
だがズルマの声を皮切りに、他のウィリ達も騒ぎ出す。
「ヒャあぁ! ミルタ様とワルツを踊りたい、だって!」
「マジで? 超お目が高いじゃん! 私達の王女様ってばダンスだって誰よりうまいのよ?」
「これってミルタ様に一目惚れ? 初恋? 手紙に花まで添えちゃって!」
「死んでもいいからワルツを」
「喧しいわ! 何が一目惚れだ。こんな奴、ひと目だって遭ったことなどない!!」
いい加減うるさく、なってそう怒鳴るとウィリ達はシンと静まり返った。
「ふざけた手紙を残しおって……男など皆殺しだ!」
ついでとばかりにそう怒鳴れば、ウィリ達から返されたのは何とも言えぬ残念気な視線。
「……なんだ、その目は」
何故か居たたまれずにそう睨み返せば、ウィリ達は口々に妾を責めてきた。
「いえ。だって手紙によれば6歳の子なんですよね?」
「男って言えます?」
「……ミルタ様、大人気なぁい」
6歳でも……いやしかし……。
確かに若干大人気なかったかもしれないと思ったものの、今更訂正もし辛い。
妾は鼻を鳴らすと真っ赤な木苺を摘み、その汁で「殺す」と、あえて恐ろしい文言をその手紙に殴り書いた。
「あ、ちょっとミルタ様! そんな返信酷いです!」
「もう書いた。消せぬ」
「でもそんな返信をすれば、我らが女王様の語彙力が壊滅的だと思われます! 齢6歳でもあれだけ書けてるのに……」
「煩いっ! もう消せぬと言ったろう!! もう余計な口を叩かずお前達はあっちで踊っていろっ!!」
騒ぎ立てるウィリ達に妾がそう怒鳴りつけると、ウィリ達は悪戯が成功したとでも言わんばかりに笑いながら走り去っていった。
妾も手紙を墓標の上に置くと、そんなウィリ達を追い掛ける。
そして手紙のことなど忘れ、その晩もいつものように踊り明かしたのだった。
……だがそのことを、翌日妾は後悔することとなる。
何故あの手紙に返事などしたのか。……無視して、沼に捨ててしまえばよかったのに、と。
※オンシジウム(雀蘭)の花言葉:一緒に踊って・可憐・気立ての良さ・清楚
ジゼルに登場するウィリ達には、女王ミルタ以外に、二人だけ名前持ちがおり、その一人が“ズルマ”です。
名前持ちの二人はミルタの側近という設定らしいです。




