第一項・荘厳なる狂気ヴィダーチェ
俺は感涙した。これほどまでに一つのものに見惚れ、信仰したことはない。
嗚呼、なんと素晴らしいことか。素晴らしい信仰か。
信仰…?嗚呼、そうだ、これが信仰か…俺は今まで信仰を知らずに生きていたのか。
俺の意味は…ここにあったんだ…。全てを捧げたい…全てを捧げよう…俺は今、ここに生まれ直したんだ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺はイライラしていた。何回流そうが糞詰まったままの便所みたいな気分だった。
酒を飲んでも飲んでも全然気分が晴れやしねえ。
いつもだったら魔物討伐や護衛の依頼を適当にこなして、パーッと女遊びができるってのに、ギルドが開いてさえいやしねえ。
それというのも、最近この町に来た「逸脱者」のせいで碌な仕事をこなせていないからだ。
話を聞く限りでは、全身真っ黒の薄汚いローブで顔と体を隠していている身なりらしい。
そんな浮浪者みたいな野郎だが、町に来るなり何人も奴に心酔し始めて言いなりになっていっちまったようで、仕事すら放棄するようになった。
そんでもれなくこの町のギルド組合の役員たちもやつについていっちまって、俺もギルドから仕事を受けられなくなっちまった。そりゃそうだ、だーれもいねえんだからな。
酷くムカつく話ではあるが、得体の知れねえ「逸脱者」なんて関わりたくもねえし、ないとは思うが俺もやつに心酔させられたら堪ったもんじゃねえから町を出ようとした。
が、なんでか分からねえが俺は町を出ねえ。出たいと思っているのに、なぜか俺は町を出ない。意味が分からねえだろ?俺だってそうだ。だからこんなにイライラしてる。
確かに、俺は面倒くさがりで今日やろうとしたことを明日やろうと引きのばしたりもすることがあるが、そんな話じゃない。こんなにも町を出たいのに出ようとすらしないんだ。
…多分、あの「逸脱者」のせいなんだ。あいつが来てから明らかにこの町に人間が増えた…。「出ていく」やつがいないんだ。入ってくるやつも出て行かなくなるし、増えていく一方だ。
「この異常、このイライラ。あいつを…」
俺は、酒でふらつく体を起こしながら帯剣し宿を出た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あああああああああああああ、良い。実に実に実に良い、あああああ」
「尊い、尊い、尊いいいいいいい!!!ああ、主よ、主よおおおおお」
「なんと厳か、なんと華麗、なんと、なんとなんとなんと…」
クソ美味いって有名な飯屋に人だかりができている。各々、気持ちわりい動きと言葉を吐きながら店内を凝視してやがる。
「おい、どけ!」
俺はとち狂った馬鹿どもを押しのけながら人だかりの中心へと向かっていく。
「ん?なんだよ、一体。楽しく飯を食ってる最中だぜえ?」
噂通りの容姿の、薄汚いローブの男が俺に顔を向けてくる。
「おい、てめえ!逸脱者だな!?てめえのせいでこっちの生活も心もぐちゃぐちゃだ!今すぐ全部元に戻せ!じゃねえとぶっ殺…」
俺は怒りのままに怒鳴りつけ…
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ」
る途中で突然、取り巻きの連中が一斉に叫び始めた。
「しゅ、しゅしゅしゅしゅしゅ主をころころころ殺す!?!?!??貴様貴様樹様アァアアァ!」
発狂した連中が血走った目で俺を襲おうとして来た瞬間、
「やめろ」
ローブ野郎が一喝した。
「俺はさあ、彼と話をしたいんだよねー?みんな、勝手な真似しないでくれないかなー?」
「誠に申し訳ございませんでしたあああああああああ」
そう言いながら、連中は一斉に地に顔を伏した。
「じゃ、まずは落ち着いて、君も一緒に食べながら話そうじゃないか?」
「あ、ああ…。」
俺はあまりの殺意に酒気が一気に引いていくのを感じながら、席に着いた。
「さあさ、これ、美味しいから。食べて食べて。…うーん、で?なんだっけ?僕のせいで生活がめちゃくちゃになっちゃったんだっけ?」
今は食える気分でもないんだが…まあ、折角のご厚意だ。食うか。
「あ?ああ、そうだ。お前…いや、あんた逸脱者だろ?なんていうか、その…街の雰囲気とか、色々、変わっちまって迷惑してんだよ!なあ!?頼むから元に戻してくれよ!」
「んー、まあ。そうだねえ。俺のせいと言えばせいなのかなあ。ま、君は耐性がそこそこあるみたいだったけど、もう直彼らと同じになるから君の悩みももうなくなると思うよん?」
「なんだっ…て…?」
あれ?あれあれあれ?俺はなんでこの人に…いや、この方…に…話しかけているんだったっけ…?
あれあれあれあれ、ああ、そうだ。そうだ。俺はこのお方に話しかけたいんだった。あまりにも厳かであまりにも高貴で。
「…どうやら、染まったみたいだねえ。んー、そろそろそろそろぉ?信者君たちもぉ?集まってぇ?来た来たみたいだしぃ?始めちゃおうかなー?」
とても とても 優美な 動きと 声音で しゅ、しゅしゅしゅ、主は仰られました。
「はい!じゃあじゃあ!この彼を食らいたいたいたいたいたいぃ!皮を!肉を!血を!骨を!すべてを!だ・か・らぁああぁあ…みんな解体よろしくねえぇえん!」
「御心のままに!」
嗚呼…主に、選んでいただけた…俺は涙を流した。
「主よ…御心の…ままに…。」
「あははははぁ…?本当に、信仰って素晴らしいなあ…?って…?あれあれあれれれれれ???なにこれなにこれ」
黒ローブの男は自信のローブが燃え始めていることに慌てる。
「あつあつあつあつあつあつ熱いよおぉおぉおおお!!!???!?燃え燃え燃え燃え燃え…」
瞬く間に火は全身を覆った。
「主、主よおおおおおおおおおおおおおお!!!」
慌てて信者たちが消化を試みた。
火が消えた後は、火傷跡が酷いみすぼらしい男と、バラバラの遺体、泣き崩れる者達のみが残った。
以上。本事象の観測、記録を終了。■■■■人の犠牲を確認。
荘厳なるヴィダント、「狂気」カニバーチェ、人格喰らい「纏」の消失を確認後からの記録とし、一連の事象を纏める。今回の事象から、本「逸脱物」を荘厳なる狂気ヴィダーチェと呼称。
今後の、本「逸脱物」による一切の事象は■■■■によって自動観測、記録される。
ああ、酷い話だ。救われない話だ。救われた話だ。こんな始まりと終わりは誰も望んでいなかっただろう。
観測者に過ぎない私にはどうにもできなかったし、どうにもしなかっただろう。私は今日も、明日も昨日も観察、記録し続けるだけだ。すべてを記録する、その日まで…。
書くのは初めてなので、かなーり雑な描写と伏線やぼかし方で申し訳ないですが、頑張って書いたので、感想など頂けると泣いて喜ぶくらいには嬉しいです。