第4章-③ 豚の始末
アポロニア半島の最南端、つまりロンバルディア教国の最南端に位置しているのが、ルヴィエール砂漠である。面積約17万㎢の不毛の地で、そのほとんどを礫と岩石が占めている。古くは馬賊の根拠地で教国にとっての脅威であり続けたが、気候変動で砂漠地帯の不毛化が進み、現在では無人となっている。
かくのごとく利用価値のない土地ではあるが、それだけにこの地に使途を見出す者もいる。
それが、クイーンである。彼女は政戦両略の天才ではあるが、むやみに人の命を奪うのが嫌いで、のちには死刑を限定的に廃止したほどでもある。しかし、例えば義妹で内戦の一方の当事者であったカロリーナ王女を凌辱し殺害した山賊フランキーニ一党に対する憤慨と憎悪は甚だしく、その処分としてこのルヴィエール砂漠への配流を命じたのであった。
死刑ではないが、事実上の死罪であるとは言える。砂漠には人はおろか、栄養源となりえる動植物や水の供給地であるオアシスもほとんど見られず、まして第一師団に捕縛された段階で彼らは足首から先を切断されており、自力で生存していくのは到底不可能と言っていいからである。
クイーンは流刑の実施を第一師団のカッサーノ副師団長に命令したが、まさか彼ほどの重職の身がわざわざ辺境の砂漠に赴いて罪人を捨ててくるだけの仕事に従事するはずもなく、部下の誰かにその責務を全うさせる必要があった。
この汚れ仕事を自ら進んで請け負ったのはティム・バクスターという第一師団麾下の百人長で、名前の通り生まれはコーンウォリス公国である。この国は先年、レガリア帝国に併合され、抑圧を恐れた民衆が難民となって各地に流れた。その際、最も多くの難民を受け入れたのがロンバルディア教国で、彼も妻子とともにその一団に加わっていた。もとはコーンウォリス公国の獄吏で、身分が卑しかったために賎業で生計を立てるほかなかったが、軍に志願してからは、その強靭な肉体と不屈の精神力、指揮官としての資質をカッサーノ副師団長に買われて百人長に引き上げられ、さらに新体制では千人長への昇進が内定している。
前職が獄吏であっただけに、犯罪者や敵対者の扱いは十二分に心得ている。適任と言うべきであった。
彼はフランキーニ一党九人を縛り上げた上で三台の荷車に分乗させ、これを馬で曳いて国都から南へ南へと向かった。街道は日を追うごと、南下するごとに悪路となり、山賊らは狭い車内で身動きできぬまま激しい振動に始終さらされるために、たちまち体調を崩してひっきりなしに嘔吐を始めた。無論、排便の休憩なども与えないから、荷車は吐瀉物と糞尿で満たされている。
屠殺場に向かう豚の方が、まだしも恵まれた環境で運搬されているであろう。
しかし豚と共通しているのは、彼らは自分がどこに向かっているのか、そこに待ち受けている末路がどういったものであるかを知らないという点にある。
それを知らされていたら、彼らは絶望して、舌を噛んででも死のうとしたかもしれない。
国都を出てから8日目。過酷な旅程を終えて、荷車は停止した。積載された人間は奇跡的と言うべきか、全員生きていた。手足を縛られ、糞尿に浸されても、最低限の水と食料さえ与えられれば、人間という生き物は8日間にもわたって生存できるのだという実証と言える。
バクスターは罪人どもを下ろし、縄を馬の胴に結び直させ、ナイフを片手に親分のフランキーニへと語りかけた。
「よぉ、そろそろお別れだ。旅は楽しんだか?」
静かだが、威圧的で不穏な響きのする声である。虜囚に底知れぬ恐怖を覚えさせるにはふさわしい声音であったろう。
実際、フランキーニらはがたがたと殺される前の豚のように震えている。
「そんなに震えなさんな。別に殺そうってわけじゃない。ただ、残念なことにお前らみたいな豚野郎どもには、この国に居場所がない。だからお前らだけでもうちょっと旅を続けてもらう。行先は、地獄だよ」
バクスターの部下らはきびきびと動いて、全員の手首を馬にくくりつけた。それを確認した彼は躊躇なく号令を下した。
「運がよければ、生き伸びる。お前らが強運であることを祈ってるよ。やれ」
部下どもが次々と馬の尻に松明で触れていくと、馬は驚いて狂ったように走り始めた。向かうのは砂漠の奥地である。
最後に、フランキーニの番である。彼は必死に命乞いをしたが、彼の手下たちと同様に処された。馬が走り出すと、彼のいくらかしぼみ始めた巨体は鞠のようにはずんで、細かい石の粒の上を疾走した。両手をくくられ、足首から下を失って高速で引きずられる姿は、まさに生き地獄を思わせる光景であった。
罪人らの姿がことごとく視界から消えたあと、バクスターらは馬を引き返させ、国都方面へと帰還の途に就いた。日中の砂漠は、灼けつくような暑さである。
王族殺しの処分は終わった。同じ日、クイーンがカルディナーレ神殿からレユニオンパレスに到着した。
醜悪な賊を討ち平らげた国は、新しい君主を迎えて、生まれ変わろうとしている。




