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ミネルヴァ大陸戦記  作者: 一条 千種
第3章 再統合(レユニオン)
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第3章-① プリンセスの帰還

 ロンバルディア教国の内戦は終結した。

 以下、一連の内戦で起こった主要な事柄を時系列に沿って並べる。


 ミネルヴァ暦1394年5月20日 ロンバルディア教国第65代女王崩御(ほうぎょ)

 同6月11日 エスメラルダ王女暗殺未遂事件

 同6月16日 エスメラルダ王女がレユニオンパレスに帰還

 同6月26日 征討軍がレユニオンパレスを出撃

 同7月3日  征討軍がボルドー街道でトルドー侯爵軍を撃破

 同7月7日  トルドー侯爵一家が自殺し、残党は降伏

 同7月8日  征討軍がカロリーナ王女の軍を撃破、カロリーナ王女も落命

 同7月19日 カスティーリャ要塞がエスメラルダ王女に降伏を表明

 同7月21日 第二師団が降伏、ガブリエーリ将軍は逐電


 これは要するに、内戦の勃発からわずか40日で、叛乱に参加した主な勢力すべてが鎮定されたということである。

 常識外れの早さであった。

 戦備、情報収集、情報拡散、移動、展開、戦闘、戦後処理、あらゆる点で神速を極めた結果、内乱の早期終結が達成された。叛乱を暗黙裏に支援していたレガリア帝国も、結果的に表立って介入する機会を(いっ)し、駐在使節を通じプリンセスに対して祝賀を述べるのみにとどまった。

 ロンバルディア教国は、再びひとつになったのである。

 国都アルジャントゥイユに帰還したプリンセスを、市民たちは熱狂的な歓呼で迎えた。教国開闢(かいびゃく)以来、未曾有(みぞう)の内乱だったが、国都に叛徒の侵入を一歩も許さず、短期間のうちに鮮やかに鎮圧したプリンセスは、行動をともにした軍の将兵だけでなく、市民にとっても英雄であった。

「カロリーナ王女には貴族の半数近くが味方したそうだが、プリンセスは門閥貴族の手をほとんど借りず、正規軍と傭兵団だけで軽々と鎮定なさったそうだ」

「カロリーナ王女やトルドー侯爵夫妻はプリンセスにとっていわば仇敵だが、その不慮の死に際して、プリンセスは大いに嘆かれ、慟哭(どうこく)された。まったく仁愛にあふれた君である」

「プリンセスは叛乱に(くみ)した将兵を罰せず、望む者は麾下(きか)に組み入れ、望まぬ者には下野を許された。ほとんどは感激して、プリンセスの兵となることを望んだ」

「暗殺未遂で一度は頓挫(とんざ)した即位の儀式を、近くカルディナーレ神殿で行い、レユニオンパレスでセレモニーが開かれる。百年に一人と噂されるプリンセスの美貌を、遠目にも遥拝(ようはい)したいものだ」

 プリンセスの帰還に前後して、風聞は文字通り風のように広まった。こういった件に関して、プリンセスも教国政府も情報の制限を行わなかったからである。情報統制は、民衆のあいだに不安と猜疑(さいぎ)を呼び、要らぬ憶測を呼んで、意図せぬ風説を発生させる原因となる。むしろ積極的に、正しい情報を発信して、市民を安心させてやる方がよい。

 だが、これは諸刃(もろは)の剣でもある。

 プリンセスの凱旋をより効果的に演出するため、政府が軍の帰還情報を流したため、いつどこにプリンセスが現れるか、筒抜けになってしまったのである。

「これでは、馬上のプリンセスを守りきれぬ。無防備に過ぎるではないか」

「まったくです。護衛隊形を強化して、お守りしましょう」

 国都の外にまではみ出すほどに殺到した沿道の人々を見て、近衛兵団のアンナとヴァネッサは気を揉んだ。叛乱自体は確かに鎮圧されたが、まだどこかに賊が残っているかもしれない。これだけの人が詰めかけていれば、混乱は容易に生じうるし、何かあれば守るのは困難と言えるだろう。

 近衛兵団は沿道に目を光らせながら、厳重に警備しつつ、レユニオンパレスへと向かった。そのなかで、プリンセスは春の陽光のような、明るくうららかな笑顔を満面に浮かべ、沿道の人々に惜しみなく手を振って進んだ。プリンセスの周囲には、常にびっしりと市民が取り囲んでいて、騒々しいことこの上なかったが、彼女はその一人ひとりに挨拶し感謝を述べた。特に子どもは近衛兵の警備さえすり抜けて、わらわらとプリンセスの周囲に群がり、そのたびに下馬をして言葉を交わすので、街に入ってからレユニオンパレスに到着するだけで、なんと半日近くもかかってしまった。

「まったく前代未聞の王女であられる」

 その様子を、レユニオンパレスの西塔から枢密院議長マルケス侯爵が苦笑しつつ眺めていた。

「プリンセスはもはや王女ではなく、女王となられる身だ。王室の権威や、自らの保身に興味を持っていただかなくては」

「しかし、プリンセスの民衆からの支持は絶大です。(おそ)れ多いことですが、かつてこれほど市民の支持を集めた女王陛下がおられたでしょうか」

 そばで応じたのは、第三師団長のデュラン将軍である。彼はトルドー侯爵領の当座の戦後処理を終え、内戦の終結を見越して王宮に先着していた。

 マルケスは、窓の外から視線を外さない。

「確かに、民心を得るのは重要だ。だが君子は民衆に媚びるものであってはならない。あの方が民衆に近すぎることは、今後、害になるかもしれん」

「そうかもしれません。ただあれほどの方ですから、すべてご承知の上でのお振舞いではないでしょうか」

「貴公、ずいぶんとプリンセスに心酔しているようだ」

「無論です。ここしばらく、プリンセスの戦場内外でのお姿を拝見する機会を得て、古今(まれ)に見る明君と拝察しました。あの頑固なラマルク将軍でさえ、舌を巻いておられたのです」

「ほう、ラマルク将軍が」

「私が申し上げるのははばかられますが、ご心配は無用かと」

「なるほど、そうかもしれない。私はプリンセスの師であったから、つい老婆心を起こして、余計な取り越し苦労をする」

「確か議長は、プリンセスの政治向きの師であられたと」

「いかにも。政治、歴史、軍事、民間風俗から乗馬、服飾にいたるまで、プリンセスが関心を寄せたあらゆるものに師がつけられた。思えば、プリンセスはそのすべてにおいて、専門家たる師をしのぐ実力を身につけられていたなぁ」

 マルケスは一瞬、回想に(ふけ)っているのか、顎を上げて空を見渡しているようだった。

 ここしばらく、国都周辺は快晴が続き、天候は安定して、民衆は安心している。天も、プリンセスの新しい国づくりを祝福しようとしているかのようだった。

「さぁ、プリンセスをお出迎えしましょう」

「そうしよう」

 レユニオンパレスでは、種々雑多な人々がプリンセスを待っていた。

 マルケス議長をはじめとする留守居の大臣、官僚。

 ネリ将軍やデュラン将軍ら、軍の幹部。

 傭兵部隊の長であるドン・ジョヴァンニ。

 叛乱軍に命を狙われ、保護されたコンスタンサ王女。

 そのなかに、隻腕(せきわん)の剣士も混じっていた。プリンセスの暗殺事件で左腕を失う重傷を負い、その後ファエンツァの町で療養に専念していた、エミリア・マルティーニである。

「エミリア、エミリア!」

 プリンセスが真っ先に駆け寄ったのは、彼女のもとであった。金髪碧眼(へきがん)で、上背も並の男性より高いから、よく目立つのである。かつて近衛兵団長を務めていた頃は、その凛々しい容儀から、近衛軍の象徴とも言える存在であった。

 が、今は隻腕である。教国随一の剣士と(うた)われたが、近衛兵として役目を果たせなくなったことから、引退して無位無役の身でしかない。

 とは言え、プリンセスにとって無二の存在であることに変わりはない。

 プリンセス・エスメラルダが、まだただのエスメラルダ少女でしかなかった頃、エミリアは近衛軍の予備生であった。予備生とはつまり、まだ近衛兵ではないが、将来の近衛兵団幹部候補生ということで、いわばエリートの卵である。エミリアはそのなかでも、抜群に優秀で、剣技、体力、胆力、知能、儀礼、風貌、全てにおいて出色とされた。

 そしてエスメラルダ少女が、先代女王の養女として宮廷入りすることが決まった際に、その専属の世話係としてエミリアが任命されたのだった。このため、彼女は12歳にして正式に近衛兵となり、プリンセスを守るため帯剣して王宮内外を歩くことを許された。係としては主に警護と日常の世話が任務で、プリンセスの起床から就寝までをともにする。宮殿ではプリンセスの部屋の隣に居住の部屋を与えられ、片時も離れることはなかった。

 以来、16年にもなる。

 エミリアは長じて近衛兵団長にまで累進したが、それでもプリンセスの護衛としての任務を外れることはなかった。近衛兵団長は通常、女王の護衛にあたるものだが、先代の女王がプリンセスの警護を続けることを許したのである。

 それほどの、特別な仲である。

 エミリアの補佐なくして、プリンセスが王女として行動したことはなかったと言ってもいい。エミリアが、プリンセスに関する事柄で知らないことはないと言っても過言ではない。

 プリンセスはエミリアを常に頼りにしていたし、エミリアも、プリンセスのためであれば水火も辞さないという忠誠心を持っている。

 片腕を失い、近衛兵団長からしりぞいても、互いのその心情は揺らぐことがない。

 プリンセスには優秀な師が幾人もついたが、最も薫陶を受けたのは、実のところこのエミリアであったかもしれない。

 駆け寄ったそのままの勢いで、二人は抱擁を交わした。

「エミリア、無事で何よりでした。本当に、安堵しています」

「プリンセスも、お見事な勝利にご無事の凱旋、祝着に存じます」

「色々と相談したいことが山積みなのです。あとでゆっくり話しましょう」

「しかし、私は無官の身ですので、プリンセスの決定に口を出すのはふさわしくありません。各方面の大臣や将軍方にご相談されては」

「もちろんそうします。けれど、私にはあなたの助言こそ必要なのです」

 それから、プリンセスは集まったほかの人々にも、一人ひとり丁寧に声をかけ、全員に握手してから、休む暇もなく旅塵のついた戦闘装束のまま大会議場へと向かった。これは政府や軍の要人を集めて行う情報共有の場として(あらかじ)め通達されていたもので、参加者は40人を超える。エミリアも招待されたが、公の立場が立場なので、末席に着席した。

 この場に居並んでいる者は、ほとんどがプリンセスの新たな国にあって、特別な地位を占めることになるであろう人物ばかりであった。現在、この国の首脳や高位の軍人で不在なのは、叛乱地域の治安維持とカロリーナ王女を討った山賊の掃討作戦に従事しているラマルク将軍くらいのものであろう。

 全員が揃ってから、まず枢密院議長のマルケスが、プリンセスの無事と戦いの勝利について祝賀を述べた。文言は荘重(そうちょう)で礼節に(のっと)った見事なものだったが、ただ冗長である。特にこのひと月近く、果断で明快なプリンセスのリズムに慣れた将軍たちには、むごいほどに長たらしく思われた。戦場と宮廷とでは、いかに手早く物事を片付けるか、その必要性と重要性がまったく異なる。

「先生」

 プリンセスが、口上を中断させた。彼女はこの政治の師匠の個性をむしろいとおしむかのようにくすくすと、

「先生、またお話が長くなる癖が出てます。まずは情報の共有と整理から始めましょう」

 情報の共有と整理、その言葉を、アンナやデュラン将軍は何度聞いたか分からない。プリンセスは常に情報を重要視した。より多くの正確な情報、新鮮な情報を全力で集め、それが正しい判断の根源となって、彼女をして今回の内戦に快勝せしめたのだと言える。

 マルケスは思わず、自らの悪癖を恥じた。

「これは失礼いたしました。年をとったせいか、くどくどと言い過ぎるようで」

「年のせいではありませんよ。私が王宮に入った頃から、先生は話が長うございました」

 その茶目っ気のある物言いに、年長者に対するいたわりと、自尊心を傷つけまいとする配慮がありつつ、仲の良い祖父をからかう孫娘のような親しみのこもった愛着が込められている。

 緊張感の残っていた場に、和やかな笑いが流れた。

 この席上、さかんに情報交換が行われたあとで、火急に布告すべき案件のみが議題に付された。

 ひとつ、カロリーナ王女らがプリンセスに背き、兵を挙げたこと。

 ひとつ、プリンセスは自ら彼らを追討し、叛乱は速やかに鎮定されたこと。

 ひとつ、近くカルディナーレ神殿にて、改めて女王戴冠(たいかん)の儀が行われること。

 ひとつ、教国は再統合され、新女王による統治が始まること。

 これらを教国全土に知らしめ、新秩序の確立を宣言することが決定された。

 (今度こそ、プリンセスが女王になられる)

 エミリアはプリンセスから最も遠い席で、冷静と剛毅で鳴る彼女らしくもなく、ひとり感慨にひたっていた。

 なるほど先代女王崩御の直後、政府最高幹部三者合議でプリンセスが正式に次代女王と決まったときも、それなりに感動はあった。だが、同じ新女王ではあっても、今回は意味合いが異なる。一度目は第一王女として順当に選ばれただけの、いわば推戴(すいたい)された、つまりは贈与された位である。今回は、プリンセスが実力が勝ち取った地位であった。列席者の顔色を見ても、プリンセスが次の女王として国を統治してゆくことに不安や疑問を抱いている者は、誰一人としていない。それは、今回の内戦を通じて、誰がこの国を治めてゆくべきなのか、プリンセス自身がはっきりと証明したことにほかならない。

 暗殺未遂によって見送られた一度目より、今回の即位決定の方がはるかに価値がある。

 傷の治療に専念しているあいだ、これまで近衛兵として多忙を極めてきただけに、ぽっかりと空虚になった時間のなかで、考えていたことがある。

 自分は、プリンセスとともに生きてきた。最初は世話係の一近衛兵、長じて近衛兵団の幹部候補、やがて近衛兵団長となり、その間、ずっとプリンセスを守ってきた。これからもそうだと思い込んでいた。誰よりも、プリンセスの傍らにいられると確信していた。

 だが、今はどうであろう。片腕を失っては、到底、近衛兵としては働けない。プリンセスを守るどころか、逆に足手まといになるであろう。だからこそ、彼女は近衛兵団長の役職を即座にしりぞいた。

 片腕を失ったあわれな一市民となり、プリンセスから離れ、平穏だが退屈な日々のなかで、負傷が癒えるのをひたすらに待っているとき、エミリアほどの者でさえ、ぼんやりとした不安と、その向こうからやってくる絶望をどうすることもできなかった。

 病気や負傷が、人間の気を崩すものであるということであろう。

 やがて療養が奏功し、剣技はともかく、日常の行動に差支えがなくなるまで回復してから、彼女はようやく意志を固めた。プリンセスの役に立ちたい。役目にこだわりはない。これまでより遠くなったとしても、彼女の唯一無二の主君の、その新しい国づくりに微力ながらも参加したかった。

 そして、もし自分が不要とされたなら、そのときはこの国のひとりの市民として、ささやかに暮らすのもいい。

 いずれにしてもプリンセスの意向に委ねようと思い、自分の介添え役に残されたルースという15歳の近衛兵とともに、レユニオンパレスまで参上したのであった。

 これまで互いを自らの半身のようにして暮らしてきたのに、今はきびきびと大臣や将軍らに指示を下しているプリンセスが、どこか遠くに感じられる。

 やや呆然としていると、不躾(ぶしつけ)に小声で話しかけてきた者がある。

「あんたがマルティーニ兵団長か」

 声の主は、隣に座る異風の男性である。明らかにこの国の大臣や将軍とは思われない風体(ふうてい)や容姿から、エミリアはそれとなく察した。

「貴公が、ドン・ジョヴァンニか」

「おや、音に聞く近衛兵団長殿に名前を知ってもらえているとはね」

「私はもう近衛兵団長ではない」

「だが、この場にはいる。ところであんたもそうだが、この国は美人が多い。特にあの王女さん、いやもうすぐ女王さんになるのか、とびきりの美形だ。あれは群を抜いていると言っていい」

「この場にいたいなら、もう少し口を慎んだらどうだ」

「あいにく俺にはまどろっこしい儀礼とやらが身につかなくてね。この流儀でいくさ」

 改めて見ると、ひどいなりをしている。髪も髭もやや長めに伸びているが、半分ほどが白く、服装も潜伏期間が長かったからかほころびや汚れがひどい。ボタンを開けっぴろげにされた胸元からは胸毛が(のぞ)いていて、そこからは強烈な男臭さが漂ってくる。あえてそうしているのか、単に時間がなかったのか、王宮に上がる際に身なりを整えてこなかったのは明らかである。

「貴公は傭兵だったな。報酬を受け取ったらまたほかの紛争地域へ行くのか」

「そうなるだろう。血や鉄のにおいを求めて国を渡り歩くのが傭兵だ。俺がこの国へ入ったのも、そのにおいをかぎつけたからだからな」

「ほしがるだろう、プリンセスは」

「何を」

「貴公のような男をだ。有能な者を手元に置いておきたいと思われるに違いない」

「まさか」

「プリンセスと16年ともに過ごした私の勘だ」

 ドン・ジョヴァンニは何事か尋ねようとしたが、口をつぐんだ。プリンセスがひときわ声量を上げ、全員に聞こえるように申し渡して、会議は散会となったからである。

「最後に、非力な私に協力くださって、心から感謝します。今後も皆さんのお力添えをいただくことになると思います。改めて、皆さんお一人お一人とじっくりお話しする機会をつくりますので、今日のところはこれまでとして、ゆっくり休みましょう。エミリアだけ、この場に残ってください」

 がやがやと退場する人波のなかで、エミリアだけが大きな会場に残った。

 警護の近衛兵も含め、全員が退出すると、プリンセスはすっくと席を立ち、エミリアのもとへ小走りで駆け寄った。そして先ほどまでドン・ジョヴァンニが座っていた椅子に腰掛けて、エミリアの右手を掻き抱くようにした。

 栗色の瞳が、濡れている。

「エミリア、私、ちゃんとできたかしら」

 エミリアと二人きりのときに限って、プリンセスはこのような言葉遣いになる。甘えているのだった。主従の立場こそあれ、本質は姉妹に近い関係性である。

「もちろん、お見事なお振舞いでした。心配性のマルケス議長も、安堵されたでしょう」

「ありがとう。傷はもういいの?」

「えぇ、なんとか無事です。しかし、私はもうプリンセスのお役には立てません」

「どうして?」

「このように片腕を失っては、まともに剣も扱えません。お守りするどころか、かえってお邪魔になります。私がおそばにいても」

 そんなことないわ、とプリンセスは思わず大きな声で否定した。エミリアはかけがえのない友であり、自分のすべてを理解してくれる存在である。言葉で言わなくても、お互いの心情や考えを手にとるように察することができる。誰よりもそばで、自分を見守り、時には(いさ)めて、助けていってほしい。

 そのように懇願されて、エミリアは不思議と得心した。

 (あぁ、やはり)

 無意識に期待しないようにしていたのかもしれない。だがプリンセスは、やはり彼女の思うプリンセスのままであった。

 これまで、互いに生きてきたうちの半分以上をともに過ごしてきたように、これからも道をともにしたいと言ってくれるはずであった。二人で歩く、一本の道を。

 自分にとって、プリンセスを助け支えることだけが生きる意味であるように、プリンセスも自分を必要としてくれるに違いなかった。

 彼女が全身全霊で忠誠を捧げる対象、その人から必要とされる熱烈な喜びに、胸が満たされてゆくのを感じる。その情熱のほとばしるまま、エミリアは誓った。

「この命、尽きるまでともにおります」

 ふわふわ、とプリンセスの顔から笑みがこぼれた。

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