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ミネルヴァ大陸戦記  作者: 一条 千種
第30章 龍虎雌伏せし
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第30章-② 裏切り者を探せ

 教国軍の新たな体制については、クイーンはエミリアや、王立陸軍最高幕僚長ラマルク、同副幕僚長クレソン、第一師団長デュランら高位の将軍たちと熟考を重ねていた。最終的には、クイーンが共和国領からの帰路から温めていた案が採用されることとなった。

 すなわち、レイナートが共和国軍に復帰することで穴が開く第三師団長には神殿騎士団長のランベール将軍を()てる。また、後任の神殿騎士団長にはヴァネッサ近衛兵団長にこれを兼任させる。

 ランベールは、クイーンの即位前は神殿騎士団の警護隊長に過ぎなかったが、クイーンの抜擢(ばってき)によって団長職に引き上げられた。団長としては神殿騎士団の綱紀粛正を断行し、剛毅(ごうき)な人柄と公正な裁断で組織の引き締めを図った。年齢は29歳と、ほかの将軍たちと比較して飛び抜けて若いものの、優れた実務能力と判断力を有している。

 彼の任用には異論がないわけではなかった。ひとつには、実績と経験である。確かに神殿騎士団長としての統率力は充分に証明されてはいるが、神殿騎士団の本来任務は教国各地の神殿を警備し、周辺の秩序を維持することである。つまり敵軍と干戈(かんか)を交える前線指揮官としての実績、経験がない。

 いまひとつは、若すぎる。若さに由来する誤謬(ごびゅう)、失敗が起こりうるのではないか、という懸念である。もっともこれは表立って言葉にする者はいなかった。そもそもクイーンが彼よりも若いのである。28歳にして、教国全軍を指揮し、帝国軍を撃滅し、ヘルムス政権を屈服させ、かの国を事実上の属国にして帰還した。その配下に、29歳の将軍がいたとて、なんの不自然、不都合があろう。

 それに、クイーンがこれまで数々の成功を収めてきた理由は、自身が天才的な能力を有していたこともさることながら、彼女の人を見る目にある。ほかに満場一致の賛同を得られる候補者がいなかったこともあり、最後は彼女の人物鑑定に対する信頼性が、この人事に決着をつけることとなった。

 また、前後して、近衛兵団副団長のジュリエットも退任することとなった。彼女は「馬術の女神」と呼ばれ、エミリアを除けば近衛兵団で最も馬術が達者で知られており、特に組織経営の点でよくヴァネッサを補佐していた。デュッセルドルフで利き腕に受けた古傷がしばしば痛み、護衛任務に不安が残ることから、本人より志願しての退任となった。彼女は近衛兵団幹部候補生の馬術教官として、引き続き王宮レユニオンパレスに残ることとなる。

 副兵団長の後任には、ニーナ千人長が繰り上がる。ニーナには抜群の才能や技能はなく、才走ったところもないが、堅実に任務をこなし、万事にそつがない。忠誠心にはくもりがなく、近衛兵団のよき模範者でもある。副兵団長に昇格させるのに、さほどの心配もない。

 そしてニーナの最初の任務は、近衛兵団の再編と、内通者疑惑の調査、ということになる。

 彼女は神殿騎士団長職との兼任で多忙なヴァネッサから引き継ぎを受け、近衛兵団内の裏切り者を(あぶ)り出すべく活動を開始した。手駒は、副兵団長補として彼女を助けることとなったダフネと、ヴァネッサから預けられたアオバという名の女だけである。後者は王国出身の忍びだというが、国外情勢にさほど精通していないニーナは、まず忍びという集団についてさえ知識がなかった。少なくとも防諜任務に関しては専門家であるということで、それだけが救いではあった。

 アオバはニーナ副兵団長の補佐役という仮の資格で王宮の隅々まで立ち入ることを許され、ダフネと協力して、百人長以上の幹部と旗本の身元調査から手をつけた。これらの階層に限定した理由は、一般の兵卒であれば保有できる情報や立ち入りの許されるエリアにも限りがあり、たとえそこから情報漏れがあったとしても、影響は限定的だと判断したからである。百人長以上の幹部や旗本ともなるとそうはいかない。近衛兵団、さらには国家の機密情報に触れる機会も増え、王宮内もほとんど無制限に移動が許可されている。クイーンの身辺にも近く、もし彼女たちのなかに裏切り者がいたら、クイーンの身が危ない。ちなみに百人長以上の幹部と旗本は、全員が女性と決まっている。

 アオバはまず、身長、体格、運動能力、出身の地域、家族や友人との関係、身内の思想的傾向、非番の過ごし方、浪費傾向の有無、そして異性との交流など、いくつかの条件で旗本全員のプロファイルを(こころ)みた。詳細に調べ上げていけば、内通者の絞り込みができるに違いない。

 彼女は精力的に調査を進めて、疑いの余地のある者を26人にまで限定することに成功した。

 さらに、ヴァネッサの手で保管されていた会談中のシフトと照合すると、5人の被嫌疑者が浮かび上がってくる。

「これらの者たちに、怪しい行動がないかを調べます。私は王宮からの外出時を追尾しますので、ダフネさんは王宮内で監視を」

「えぇ、承知しました」

 そしてやや意外なほどにあっさりと、アオバによる監視対象者が尻尾(しっぽ)を出した。

 その者は、クイーンの旗本であった。性実直で、一度として任務をおろそかにしたことはない。副兵団長補で旗本筆頭格でもあるダフネも、近衛兵の先輩たる彼女に対し敬意を払い、信頼もしている。

 だがダフネは、

「まさか」

 とは言わなかった。旗本も百人長以上の幹部も、厳しい考査や試験のもとに選抜されている。そのなかの誰かが裏切り者であるのなら、逆に言えばそれが誰でも彼女にとっては衝撃である。

 だから、まさかとは思わない。

 アオバが限りなく黒に近い、とにらんだのには、理由がある。

 ひとつ、その者は運動神経が抜群で、木から建物の2階に飛び移ったり、シュリアの尾行から逃走することが可能と思われる。

 ひとつ、その者はここ数年、定期的に国外から送り主不明の送金を受けており、その金を父母の薬代に換えていること。

 ひとつ、その者の弟はクイーンの即位時に発生した内戦で叛乱軍に加担し戦死しているために、クイーンに対し恨みを持っている可能性が高いこと。

 ひとつ、その者は遠い親類縁者がオクシアナ合衆国に渡っており、外国との連絡経路があること。

 またノインキルヘン会談時のシフトを見ても、合衆国大統領の護衛官ラリー・シフと接触しうること。

 これらの条件から、アオバはニーナ副兵団長に相談の上、アオバとともに彼女の身柄を拘束した。

「アグネス近衛兵、不審があり、解決まであなたを拘禁します」

「まさか」

 と、そう言ったのはアグネスの方だった。

 彼女はメインパレス地下の営倉に連行され、そこでアオバの聴取を受けることになった。営倉は近衛兵に不祥事が発覚した場合、その拘禁、聴取、そして懲罰などを行う独房である。

 アグネスはまったく身に覚えがないという表情で、粗末な椅子に座っている。

「私は、名をアオバと申します。クイーンとニーナ副兵団長より、近衛兵団における情報漏れの調査を行っています」

「情報漏れ。私はそのようなことについて存じません。無論、関与もしておりません」

「まず、国外からの送金について尋ねます。運送屋の帳簿によれば、月に一度、あなたのもとに国外から多額の金が送られてきていること、調べがついていますが、これはどのような仕事の対価ですか」

「確かに、ここ2年ほど、誰かから毎月、金が送られてくるというのは事実です。しかし、送り主は私にも分からないのです。一方的な送金で、何かの対価ではありません。送り主が不明な以上、送り返すこともできず」

「つまり、送り主もその意図も分からないが、一方的にあなたに金を送りつけてきたと。一方であなたは、そのような不可解な金を、病がちの父母の扶養に()てているようですね」

「……それも事実です。その点に関しては、私が軽率でした」

「ところで、弟様は先年の内乱の際、カロリーナ王女に(くみ)し、戦死を遂げられているとか。本来、あなたのそうした背景を考慮すれば旗本を解任されていてもおかしくなかったはずですね」

「当時のパルッソ兵団長から信任をいただき、旗本に留まることができました」

 パルッソ、とはアンナ・パルッソ前近衛兵団長のことである。

 公にはされていないが、前枢密院議長マルケス侯爵のクイーンに対する背反に連座して、兵団長職を解任されている。

「しかし、あなた自身にとっては少々、酷でしたね。実の弟を敵に回し、しかも亡くしているのですから。クイーンをお恨み申し上げてもなお同情の余地がありそうですね」

「そのように見られるのも仕方ないとは思います。弟の叛逆については、私自身、背負ってゆかねばならないと考えております。ですが断じて、クイーンに対する忠誠に一点のやましい点はございません」

「分かりました。ひとまず、明日また話を聞きましょう」

 アオバはダフネとともに部屋を出て、密談した。

「口を割りませんね」

「素人の私が口出しすべきことではないかもしれませんが、本当に彼女なのでしょうか。確かに金の流れなど不透明な部分はありますが、受け答えには真実味があったように思えます」

「何とも言えません。ニーナ副兵団長に許可をいただいて、彼女の自室を調べましょう。そのあと、必要とあらば多少、手荒な手段を用いてでも」

「旗本を拷問するというのですか」

「必要があれば、私にはその心得があります」

「その判断は、旗本の指揮権を持つオルランディ兵団長か、教国の全大権を掌握したもうクイーンのみがなさるでしょう」

「まずまず、彼女の部屋を我々で捜索し、その上で改めて相談しましょう」

 秘密裏にアグネスの部屋をひっくり返すようにして調べると、彼女のブーツの中と外套(がいとう)の襟元から、それぞれ文書が見つかった。オクシアナ合衆国の工作員からの指示書であることをうかがわせる内容であった。

「決まりですね」

 アオバとダフネは連れ立って、アグネスを拘束してある営倉へと向かった。

 アグネスは固く湿った土の上に転がって、ぴくりとも動かない。

 死んでいる。

 宮廷医に検死させると、毒によるものらしい。

 自殺か、あるいは他殺か。

 いずれにしてもこの時点で、彼女らはこの件に関する有力な手がかりを失った。

 ニーナは両名からの報告書と口頭の報告を受け、かつほかに調査の継続を決意しうるだけの材料がないこともあって、一件を落着とした。

 結果だけを見れば、アオバもダフネも、うまく真犯人に(あざむ)かれた、ということになるであろう。

 が、さすがにエミリアは容易に(だま)されない。彼女はこの件を被疑者死亡で完了させることになおも危惧(きぐ)を抱き、ニーナの裁定を覆し、アオバに対してはクイーンの周辺が完全に安全と言い切れるまで、引き続きの調査を依頼した。

 糸口としては、アグネスが仮に他者によって毒殺されたのだとすると、彼女と一定程度、親密である可能性が高い。つまり真犯人はアグネスの家庭環境そのほかを知った上で、調査が及んだ場合、彼女に疑惑の目が向くように工作をしたものと思われる。

 もしそうだとすれば、想像以上に悪辣(あくらつ)な罠が張り巡らされているようだ。

 (いずれにしても、用心が過ぎるということはない)

 エミリアの判断により、アオバはダフネという助手を失いつつも、特命をおびて王宮周りで調査を続けることになった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最新話まで読みました〜^_^
2023/05/28 11:39 退会済み
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