ただ一つの変わらない日常
初めまして、日野萬田リンです。SVB大賞への応募作です。
朝起きて学校に行く準備をする。いつもの通学路を通り、学校へ向かう。学校で授業を受け、放課後は本屋とCDショップで新作のチェックをして家に帰る。僕にとってはいつも通りの変わらない日常だ。そんないつも通りの日常はずっと続くものだと、当たり前のようにそう思っていた。
僕はどこにでもいる高校生だ。部活にも入っておらず、趣味の読書と音楽鑑賞だけが人生に彩りを与えてくれている。僕はこんな変わらないいつもの生活で十分満足していた。
アラームとともに今日も一日が始まる。顔を洗い、朝ご飯を食べて、通学路の河川敷を音楽を聴きながら歩く。朝の散歩をするおじいさん、ジョギングをしているお兄さん、いつも通りの光景が流れていく。
ふとすれ違った見知らぬ人に僕は顔を上げる。僕と反対の方向に楽しそうにスキップをして歩く女の子。僕が通っている高校とは違う、近くの別の高校の制服を着ている。ずっとこの道を歩いてきたが、あの女の子の姿を見たのは初めてだ。たまたまこの道を通っただけだろうと結論付けて、僕も学校へ向かった。
翌日、再び彼女とすれ違う。今日はスキップはしていなかったが、どこか楽しそうにしていることは変わりない。どうやら気分でこの道を選択したわけではないようだ。もしかしたら、近くの高校に新しく編入してきたのかもしれない。彼女もこの道を通学路にしたのだとしたら、これからもここですれ違うことになるだろう。
それでも僕の日常に変わりはない。季節が変わって木が色づいていくように、風景がほんの少し変わっただけだ。
アラームとともに今日も一日が始まる。顔を洗い、朝ご飯を食べて、通学路の河川敷を音楽を聴きながら歩く。朝の散歩をするおじいさん、ジョギングをしているお兄さん、そして近くの高校に編入してきた女の子。すっかりいつも通りになった光景が流れていく。
スマホを見ていた彼女は何かを思い出したかのように走り出す。その時、彼女のカバンから何かが零れ落ちたのが見えた。僕はそれを拾い上げ、彼女を呼び止めようとするが、すでに彼女は走り去った後だった。
拾い上げた物を見てみる。どうやら手作りのお守りのようだ。僕はどうするべきかと逡巡する。今から追いつくことはできないし、交番に届けるほどのものではない。しかも、落とし主は明確に分かっているものだ。どうせ彼女は明日もここを通る。だったらその時に渡せば良いだろうと思い、傷などがつかないよう丁寧にカバンにしまい込んだ。
翌日、河川敷を歩く彼女はどこか元気がないように見えた。
「あ、あの。これ、昨日落としましたよ。」
僕はカバンからお守りを取り出し、彼女に手渡す。彼女の顔がパッと明るくなる。どうやらおばあちゃんが作ってくれた、大切な宝物だったらしい。昨日はずっとそれを探し回っていたそうだ。とんでもない勢いの感謝の言葉に思わずたじろいでしまったが、元気になってくれて良かった。
その日からいつもの日常にほんの少し変化があった。すれ違う時に彼女とあいさつを交わし、二言三言話すようになった。大した話をしているわけではない。お互いの学校の話だったり、趣味の読書の話だ。読むジャンルは異なっていたが、彼女も本を読んだりしているようだった。時には勧められた本を読んで、感想を言い合う時もあった。
彼女はいつも笑顔を絶やさず楽しそうに話していた。まるで日常が希望にあふれているような話し口だ。彼女の楽しそうに話す姿を見ていると、こちらも何だか楽しい気持ちになる。彼女と話をした後は何だか景色がより色鮮やかに見えた。
今日も今日とていつも通りの通学路を歩く。今日はどんなことを話そうか。そんなことを考えて河川敷を歩く。
散歩をしているおじいさんとすれ違う。
ジョギングをしているお兄さんとすれ違う。
そして僕は立ち止まる。いつもなら、このあたりで彼女と出会うはずだ。しかし、今日は彼女の姿がどこにも見えない。ほんの少しその場で彼女を待つが現れる気配は全くない。
学校に遅刻してはいけないと思い、僕は学校へ向かった。
何だかその日の学校はいつもより退屈で、周りの景色もモノクロのように物足りない感じがした。
たった一日。たった一回の出来事だ。それなのに、彼女と会えなかっただけで僕の日常はこんなにも物足りなく感じてしまう。僕の中で彼女はそんな存在になっていたのだと気づいた。
翌日、彼女はいつも通り通学路に現れた。昨日はどうしたのか聞いてみたら、どうやら体調がすぐれず病院に行っていたらしい。薬も飲んだのですっかり元気になったと笑顔で話す彼女は、いつも通りの明るい笑顔を浮かべている。
再びその笑顔を見ることが出来て、僕はほっと安心する。そして僕は気づく。この日常はいつまで続くのだろうか、と。もし高校を卒業したら、彼女に会うことは出来なくなるのだろうか。この笑顔を見ることが出来なくなって、彼女と話をすることが出来なくなって、僕の日常はどれほど色褪せたものになってしまうのだろう。
急に黙ってしまった僕の顔を心配そうに彼女はのぞき込む。
僕は心を決める。
「あなたのことが、――」
急に吹いた風に僕の言葉はさらわれてしまう。しかし、僕の気持ちは彼女に伝わったのだろう。一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの笑顔を浮かべる。
高校を卒業し、さらには大学も卒業して今は仕事漬けの毎日だ。"日常"なんてものは年月とともに変わっていく。あの頃の僕は全然理解できていなかった、変わらない日常なんてないと。
いや、訂正しよう。今でも変わらない日常が一つだけある。
仕事で疲れた体に鞭打って玄関の扉を開ける。そこにはあのころから変わらない、ただ一つの日常が待っていた。
「ただいま。」
読んでいただきありがとうございます。
普段は『実験好き男子の魔法研究』というハイファンタジー作品を投稿しております。こちらとは作風が全く違いますが、そちらも読んでいただけたら嬉しいです。