嘘発見鬼
昔々あるところに、一人のマッドサイエンティストがおりました。彼は、あるアイドルがデビューして以来、それはもう熱心に応援していました。ファンの域を超えて本気の恋愛感情を抱いてしまっている、所謂ガチ恋勢でした。ところが、恋愛禁止のグループに所属している彼女が、実はバツ7の子持ち既婚者であると週刊誌によって暴露されてしまったのです。
マッドサイエンティストは、大いに嘆き悲しみ、大いに怒り狂いました。そして、二度とこのような悲劇が怒らないよう、世にも恐ろしい発明をしたのです。
空間転移機能搭載虚言探知撲滅専用兵器、通称、『嘘発見鬼』。全身血のような赤色の巨体に禍々しい金棒を携えた鬼は、超高感度のセンサーでひとたび嘘を嗅ぎ付けるやいなや、地球上のどこへでも瞬時に現れ、地の底から轟くような咆哮を放つのです。
「嘘つきはいねがあああ!」
これは嘘発見鬼の最後通告。正直に自分の発言が偽りだと告白すれば、おとなしく次の標的の元へと去ります。しかし、嘘を認めようとしない相手や妨害しようとする邪魔者には問答無用で金棒を振りかざし容赦なく叩きつける……のではなく、スッと真っ直ぐに嘘つきを指し示します。するとたちまち相手の姿は消え、神隠しに遭ってしまうのです。
地下深くにある牢獄へと送られ実験台にされるという噂や、宇宙空間に着の身着のまま放り出されるという説もありますが、語り手本人がすぐいなくなってしまうということは、事実ではないのでしょう。
粛清を終えた鬼は「嘘つきはいねえな……」と呟き、どこかへ消えていきます。
そんな恐ろしい嘘発見鬼に立ち向かったのは、屈強な特殊部隊でも国際的な研究チームでもなく、たった一人の詐欺師でした。鬼が嗅ぎ付けた嘘が果たしてどんなものだったのかは明らかになっていません。ただ、例の雄叫びにも全く臆することなく、詐欺師は飄々と告げました。
「私は今、真実を話していない」
言葉の真偽を判別しようとした嘘発見鬼は、ピタリと動かなくなりました。
もし、この言葉が真実ならば「真実を話していない」ということになる。これは明らかに矛盾している。
もし、この言葉が嘘ならば「真実を話している」ということになる。これは明らかに矛盾している。
ならば、この言葉は嘘でも真実でもないということになるのか。しかし、そうなると「真実を話していない」という言葉が真実ということになってしまう。
堂々巡りの思考迷路に囚われた嘘発見鬼は、石像のようにそのまま固まってしまったと言います。
自慢の発明品までガラクタにされてしまったマッドサイエンティスト。次はどんな凶行に走るのか、全人類が戦々恐々としていました。ところが、待てど暮らせど何も起こりません。その頃から人々の間にどこからともなく信じられない噂話が広まりはじめました。
詐欺師に直接裁きを下そうと、物騒な発明品で完全武装して姿を現したマッドサイエンティスト。ところが出会った瞬間、二人は金縛りにあったように全く動けなくなりました。なんと、互いに一目惚れしてしまったというのです。それからというもの二人は復讐も発明も詐欺もすっかり投げ出して、どこかで睦まじく愛を囁きあっているのだとか。
この嘘のような昔話、信じるか信じないかは、あなた次第です。