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トンネルの向こうに

作者: な~ゆ

唐突に思い浮かんだものを書いたので、読みにくいとは思いますが、よろしくお願いします。


トンネルを抜けると駅がある。

高い木々に囲まれた石造りのホームで、駅員はいない。

ベンチもないし、そもそも使う人は少ない。

それでもこの山に取り残された空間は、なんとなく居心地が良かった。



****



崩れそうなトンネルを抜けると、駅がある。

小さな駅で、もうすぐ人工物から自然に帰りそうな石造りのホームが横たわっている。


来ない電車を待ちながら、ひび割れたホームに腰掛ける。


そうしていると、人間を警戒していた鳥たちが段々と馴れて、活発な動きを再開する。

鳥が飛ぶと木が揺れて、話し声のような音を響かせる。

遠くの谷から聞こえてくる清流の唸りも心地いい。


ここには誰も来ない。

トンネルの向こうの住人でこの駅を使う人はいない。

静かだけど騒がしい駅。


「横、いい?」


人の声をこの駅で聞いたのは初めてのことだった。



****



「この駅、使う人いたんだ」

「だって、電車を待つには駅を使わないと」

「それもそうだ」


その人はぼんやりとホームに座っていた。

鳥が逃げなくなるくらい動かない。

ぼんやりと、ただぼんやりと線路の向こうを見つめている。


何も見ていないのか、でも時々視線が動くから、何かを見ているのか。


上から下に、右から左に。

時々ゆっくりと、何かを追いかけるように動く。


静かに静かに、何かを見つめている。


「電車、遅れてるみたい」

「そうなんだ」


その人の視線がこちらに動いた。

山の一部になってしまったかのように、その人からは音がしない。


「乗りたいの?」

「そうでないと駅には来ないよ」

「此処が好きだからじゃないの?」

「それもあるけど、電車に乗らないと」

「そっか」


それからまた、その人は視線を線路の向こうに戻してしまった。

静かに静かに何かを追いかけている。



****



その子は騒々しかった。

話すわけではないけれど、なんだかせわしなく動く鳥のようだった。


こっちを見ては視線を反らし、またこっちを見る。

その子は電車に乗りたいらしい。


一緒に乗れるなら乗ってみたいと、なんとなく思った。

でも財布を持ってきていないから、どのみち一緒には乗れないな。


「どうしてこの駅に来たの?」

「家が近いから」

「隣の街には行ったことある?」

「ある」


その子が質問してきた。

隣の街にも、この駅と繋がる駅があるのだろう。


電車に乗って、行ってみたい。

車じゃなくて、この駅から、電車に乗って。


「隣の街には海があるよ」

「うん、知ってる」

「この山からは見えないけど、この先のトンネルを抜けると少し見えるよ」

「そうなんだ。電車に乗ったことないから」

「なのに駅に?」

「うん。好きだから」

「一緒だね」


その子は騒々しいけど、嫌いじゃない。

鳥と同じ、谷の流れと同じ。


会話が終わったからその子から視線を外す。

その子はまた、騒々しい目を向けてきた。



****



その人は、電車に乗ったことはないけれど、隣の街は知っていた。

車で行ったのだろう。


山をひとつ挟んだだけで、トンネルの此方と彼方は大分違う。


此方には木々に埋もれた駅しかないけれど、彼方の駅からは海が見える。

街が見えて、人も多い。


此方に来る人は少ないけれど、彼方に行く人は多い。

隣に座るその人も、彼方に行きたいから線路の向こうを見ているのかもしれない。


この駅は静かで、人も居なければベンチもない。

だけど気持ち良い場所だから、一人占めしていた。


けど、その人となら一緒でもいいかもしれない。

鳥のように静かで、谷の流れのように視線を動かすその人なら。



****



「一緒に隣の街に行こう」

「どうして?」


その子はホームに立ち上がった。

そろそろ電車が来るかのように、埃を落とす。


パサパサと、羽ばたきのような音が山に響く。

それにならって立ち上がると視線が合った。


「海が見たくなった?」

「うん。それに、隣の街はこの山にはない木が街路樹だから、そろそろ見頃で丁度良いかなって」


その子が言う街路樹と、山にはない木というのはよくわからなかった。

けど、楽しそうに言うのだから、この山にはないのだろう。


「駅は好きだけど、近くに花を咲かせる木がなくて寂しいよね」

「なんで?」

「だって、春夏秋冬、いつも緑だけだから」


その子の言ってることはよくわからなかった。

隣に座っているのに、その子は目が悪いのだろうか。

でも確かに視線は交わっている。



****



「春には、色づいているよ」


その人の声はそこで途絶えた。

電車のガタゴトという音で鳥が飛び、水の音は遮られる。

自然の中に不自然なものが入り込んできた証拠だ。


「おはよう」

「おはようございます」

「君、どこに行ってたの?」


足元を見た。

石で作られた灰色のホームは、淡い白で塗り替えられていた。



****



風が吹いて視線を反らすと、その子はもう居なかった。

ひび割れた石と苔の上に白が点々と落ちている。


すでに枕木は朽ちて、鉄の枠だけ残した線路に降りて歩く。


少し先の巨木までたどり着き、太い幹を迂回する。

淡い花びらのカーテンの向こうに隣の街まで続いていたトンネルがある。


暗くていつ崩れるかわからないトンネルを歩く。

息遣いと足音と、遠くから聞こえる何かの音。

静かで騒々しい空間は、少し似ているかもしれない。



「海、見えないじゃないか」


トンネルを抜けても、森が続いていた。

少し先にひび割れたホームが見えるけど、そこはなんだか違うような気がした。


名前を聞いておけば良かった。


戻るために足を踏み入れたトンネルで、ふとそう思った。



お読みいただきありがとうございました。

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