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童話

童話:マリオネットのセレナーデ

作者: 夢のもつれ

 昔々、あるところにマリオネットの国がありました。その国に住んでいる人たちはみんなマリオネットだったんです。大人も子どもも、王様も町の人も木でできたマリオネットです。イヌやネコだって操り糸がついたマリオネットなんです。


 だから、この国の人たちはとてもやさしくて、礼儀正しかったんですね。だって、乱暴なことをしたり、ケンカしたりしたら、糸がからみ合って大変なことになっちゃうでしょ? いったんからみ合ったら助けることだってうかつにはできません。助けようとした人ともっとこんぐらがっちゃったりしますから。


 え? その糸を誰が操っているんだ、ですか?……さあ、空のはるか遠くまでつながっているんでよくわかりませんが、この国の人たちは、糸は神様につながっていると思っていました。自分たちは神様に操られているのだと。それもこの国の人たちがやさしくて、礼儀正しい理由かもしれませんね。


 さっきも言いましたけど、この国には王様がいて、みんなを治めていました。王様やお妃様や二人の間のたった一人の子、お姫様はとてもきらびやかな衣装を身を着けていました。王家の人たちは操り糸もたくさんあって、神様とのつながりが多いと思われていたんです。反対に貧しい人たちは糸も少なかったんです。だから手足の動きはともかく、表情の変化が乏しいのは仕方ないですね。


 そんな貧しい人たちの中にマリオという靴職人がいました。マリオは腕のいい職人なんですが、マリオネットって自分では歩かないですね? ちょっと宙に浮いているような感じで動きます。だから、ほとんど靴が減らないんです。それでマリオは貧しかったんです。でも、とても陽気で、やさしいこの国の人の中でもとびきりやさしい若者でした。……ところが最近、その陽気なマリオがもの思いに沈んでいることが多かったんです。


 王様のお誕生日のパレードのときのことです。この国でいちばんにぎやかなお祭りの日です。楽器屋さんからすてきな靴を作ったお礼にもらったギターを練習していたマリオもラッパや太鼓に混じってパレードに参加しました。


 お祭りの最後に王様からじきじきにねぎらいの言葉をかけてもらったとき、王様のすぐ近くにいたとてもきれいなお姫様を見て、マリオの心臓はどくんと大きな音を立てました。それ以来、お姫様のことが頭から離れなくなってしまったんです。


 身分が違いすぎる。マリオはため息を吐きます。糸の数だってぼくの倍以上あるし、つやも違う。ぼくが好きになっても、お姫様は振り向いてもくれないだろう。迷惑に思うだけだ。どうしようもないってわかっているけど、この気持ちはどうしようもない。マリオは神様に祈ります。


 神様、かなわぬ想いなら恋なんかしないようになぜぼくを作ってくれなかったんですか? 今からでもいいから、この苦しいおもりのような気持ちを取り除いてくれませんか?……そんなことを毎日考えていました。でも、ある日の夕方、仕事を終えてギターに当たる夕陽を見ていたマリオは、意を決したように立ち上がり、部屋を出て行きました。


 夕食を終えたお姫様は、自分の部屋に戻ってくると侍女に窓を開けさせて、さわやかな風が頬をなでるのを感じていました。するとこんな歌がギターの音色とともに聞こえてきました。


  あなたが好きだ

  あなたが愛しい

  ぼくはマリオ

  恋するマリオネット


「なあに? あれ」

「セレナーデでしょう。恋の歌ですよ」

「誰に恋してるの?」

「それは……」


 侍女が言い淀んでいるのを見て、お姫様は言いました。


「下手な歌ね」

 冷たく言うのに侍女はうやうやしくうなずきながら、訊きました。


「衛兵に命じて、追い払いましょうか?」


 お姫様はちょっと考えてから言いました。

「下手だけど、追い払ってはかわいそうね」


 お姫様もやさしかったんですね。やさしい人は全然気がない人にも冷たくはしないものです。でも、そのためにお姫様が聴いてくれているものだとマリオは思ってしまいました。それから、来る日も来る日も夕方になるとお城に出かけて、お姫様の部屋を見上げながら歌いました。昼間に靴を作りながら詩を考え、散歩にも出かけずにギターを弾いて曲をつけます。……


 お姫様は侍女とおしゃべりをしたり、本を読んでいたりして、聴いてはいなかったんです。たまに耳に入っても侍女とくすくす笑い合うだけでした。王様やお妃様から衛兵に至るまでみんな気づいていましたが、マリオは衛兵にもあいさつをして礼儀正しく、悪いことをしているわけでもないので止めたりはしませんでした。


 お姫様の部屋の明かりが消えるのを見ると、マリオはギターを抱えて家に帰ります。みなさんはムダなことをって思うかもしれませんね。でも、石畳にぎこちなく歩く影を映しながら、マリオは切ないけれど、ちょっぴり幸せな気分だったんです。一人でため息を吐いたり、神様に無理難題を言ったりするよりはよっぽどよかったんです。


 そんなことが何か月も続いたある日、マリオは朝起きると体の中に鉛を入れられたみたいに感じました。重くて、だるくて、パンもチーズも食べる気がしません。やっとのことで作業机の前に座りましたが、革を切るハサミをつかむ手がふるえ、革を縫い上げる針に糸を通そうとしても目がかすみます。いつもならベッドに寝ているところですが、昨日、お肉屋さんの前を通りかかったときに、おかみさんから仕事を頼まれたんです。


「あたしの孫がよちよち歩きを始めたんだよ。だから、ひとつかわいい靴を作ってもらえないかい? あさってがちょうどお誕生日だから、それに間に合うとうれしいんだけどね」


 その子がお嫁さんに抱かれて出てきたのを見て、マリオは言いました。


「とってもかわいい坊やだ。今は仕事もたまっていないことだし、あさってまでに必ず作りますよ。心を込めて作らせてもらいます」


 マリオはその子の笑顔を思い出すとつらさも少しやわらいだように感じて、靴作りに取り掛かり始めました。……小さい靴だからといっても手間は変わりません。かえって革を切ったり、縫ったりするのが細かくなって大変です。赤ちゃんの靴だからといっていい加減に作ったりはしません。初めての靴だからこそ、その子が大人になってから手に取ってながめるかもしれないからです。


 マリオネットの靴は履きつぶされることが少ないので、ずっと未来まで残ります。


「この靴を作った職人はいい腕だね」


 自分の名前がすっかり忘れられてしまってもそう言われればいいなって思って、この割りのよくない仕事をしているのでした。


 ようやく革を縫い合わせ、木型にかぶせて靴底に釘を打つ頃には、体の調子はますます悪くなっていました。金づちを振り上げるのもやっとです。何も食べる気にならず、時々よろけながら部屋の隅に置いてある水がめまで行って、熱っぽい喉に水を流し込むだけです。深い水がめの底を見つめながら、

「もうすぐだ」とつぶやきます。マリオはその言葉の意味が自分でもわからなくなっていました。


 陽は傾いていきますが、まだ靴は完成しません。ていねいでも仕事の早いマリオですから、いつもなら日に三足は作ってしまい、口笛を吹きながらお城に向かうのに。……雨が降ってきました。細かいさらさらとした雨です。暗くなり始めた空から音もなく降る雨を窓辺で眺めながら、お姫様は、

「雨が降ったからって、来ないようじゃダメね」とつぶやきます。


 侍女が窓を閉めようとします。


「そのままでいいから」

「でも、雨が吹き込みますから」

「こんな雨、大したことないわ」


 侍女はお姫様のまつ毛に銀色のしずくがついているのに気づいて口をつぐみ、うやうやしくお辞儀してから部屋を下がりました。お姫様は本を読んだり、窓の方に目をやったり、ふと歌が口をついて出てくるのを手で押さえたり、なんだか落ち着かない様子でした。


 もう寝る時間になりました。いつもより少し遅れて侍女が姿を現しました。


「もうおやすみになる時間です」

「そうね」

「窓はどうしましょうか?」

「……自分で閉めるからいいわ」


 侍女は目を伏せるようにお辞儀をしてから部屋を下がりました。ちょっと考えごとをするようにぼんやりしていたお姫様は、窓を閉めようとしました。その時、暗がりの中からギターの音が聞こえてきました。思わずほころびそうになった口元を引き締めます。歌が聞こえてきます。声も小さく、ギターの音も元気がありません。


  雨がバラの花に降るように

  君の胸をぼくの想いで満たしたい

  大地が百合の花を支えるように

  君の後ろからぼくは見守っていたい

  いつまでも

  いつ……


 カシャンっていう音がして、音楽は止まりました。耳をすましていたお姫様ははっとなって窓辺から外に身を乗り出します。暗くてよく見えません。あわてて部屋の外に出ると、心配顔の侍女が立っていました。


 二人でお城の外に出て、お姫様の部屋の下に向かいます。自分の部屋がびっくりするくらい高いところにあるのを見て、お姫様は恥ずかしいような気持ちになりました。大きな木の根元にマリオが倒れていました。そばにギターがころがっています。


 マリオにつながっていた操り糸が消えていきます。


「マリオ!」

 お姫様は叫びます。マリオネットが死ぬとき、糸は消えてしまうのです。神様は魂だけを天国に連れて行くから、木の体は要らなくなるんだってこの国の人たちは信じていました。侍女は急いで医者を呼びに行きます。


「マリオ、死なないで!」

 お姫様はドレスが濡れるのもかまわずひざまずきます。マリオはかすかに微笑んでいるように目をつぶっています。雨で濡れたマリオの頬にそっと触れました。糸はすっかり消えて、マリオの体はただの木の人形に戻って地面に横たわっています。


 お城の人たちが悲しそうな顔をして取り囲む中、お姫様が泣いていると不思議なことが起こりました。お月様が出るはずもないのにあたりが明るくなってきたのです。雨が銀色の糸のように光り、マリオの体を包みます。ゆっくりとマリオの体が浮かび上がります。


「マリオ?……」

 マリオの体は銀色の糸に引っ張られるようにして上がり、あっという間にお姫様の部屋も、お城のいちばん高い望楼も超えて行きます。


「マリオ、待って!」

 雲がほんの少しだけぽっかりと切れて、星が見えます。その空の彼方にすうっと消えてしまいました。


 次の朝、マリオの部屋で見事な出来栄えの赤ちゃんの靴を見つけた人びとは、天国で靴を作っているんだろうと言いました。……お姫様だけはあの人は歌を歌ってるのよって思っていましたけど。



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