9話 狼少女
かつて我らが創造主である神は、自らの御姿に似せて、人間という種族を創り出しました。
自然の支配者として、あらゆる種族の頂点として。
人間は他の動物とは隔絶された特別な存在であり、神の子供なのです。
自然を科学や魔法をもって制御することは罪ではなく、神によって課せられた義務なのです。
と、まあ、そんな価値観がまかり通っているこの世界において、人間と獣の中間の特徴を持つ獣人は、当然といっては悪いが、まあ、そりゃ差別されるわけで。
特に一部の哲学者や宗教家からはひどく嫌われ、激しい弾圧を受けている。彼らの存在は、信仰や常識を根底から覆しかねないわけだ。
となれば、彼女が頑なにパーティーの誘いを断っていたのも当然のことだ。
「シッ──」
「ギッ!…ギャッ!?」
俺は一人でゴブリンの群れを圧倒する狼ちゃんを見ながら考える。
凄まじい動きだ。Sクラスの加護持ちとか噂されていたが、噂負けしない化け物じみた戦いっぷりだ。
武器も持たず、素手で殴る蹴るをしているだけだというのに、ゴブリンの体がはじけ飛び、森に血の花が咲き誇る。
というか、いくら正体を隠していたとはいえよく王都で冒険者なんてやってたもんだ。いつバレてもおかしくないだろうに。余程込み入った事情でもあるのだろうか。
もし彼女が獣人であるとバレれば、ただでは済まないだろうに。よくて奴隷、悪ければ拷問の末死刑といったところか。
俺がそんなことを考えてる間に、彼女はゴブリンを大方狩りつくしていた。残されたゴブリン達はたまらず逃げ出す。
狼ちゃんは逃げたゴブリンを追いかける気はないらしく、顔についた血を拭いながら一息ついている。
と、その時。ゴブリンの死体が一匹、ゆっくりと立ち上がり──
「危ない!後ろだ!」
「──っ!?」
俺が思わずそう叫ぶと、彼女は一瞬驚いた表情でこっちを見た後、即座に後ろを振り返る。死んだふりをしていたゴブリンの不意打ちを落ち着いて躱し、カウンターを叩き込む。
パンッ!! と乾いた音が響き、ゴブリンの体が爆ぜ飛んだ。ひえ、なんだあの威力。あんなのくらったら死んじまうぞ。
正直ちょっと怖くなってきた俺はこっそりその場を離れようとするが、そうは問屋が卸さない。
ギョロリ、となんだかヤバそうな目で俺を睨む狼ちゃん。まるで獲物を狩る狼のように、じりじりと寄ってくる。怖い。
「ちょ、ちょっとま── ぐぇっっ!?」
彼女は瞬きの間に俺に肉迫し、首を掴み近くの木に背中から叩きつけた。
「いっっだぁ!?」
全身に衝撃が走り、意識が飛びそうになる。多分彼女が本気でやったら木の栄養になってたので手加減してくれたのだろうが、にしてももう少し優しくしてくれ!
「いっだ‥‥もしかして手加減苦手? うぎぎぎ、お、押し付けるなって…!ぐ、ぐるじい…」
「‥‥フゥ…!‥‥ハァ‥‥」
なんだかヤバそうな表情で首を絞めてくる。そっちの気があるのか…?
あ‥‥やべ…‥い、意識が…‥‥
‥‥‥‥
…‥‥‥‥お? 息ができるようになった。どうやら放してくれたらしい。
「ゲホッ‥‥ハア‥‥はぁ…‥ふぅ」
「あ、あの、大丈夫?」
さっきまでの敵意はどこへやら、彼女はおずおずと話しかけてくる。大丈夫なものか。
「はぁ…! お前なあ…!この短時間に二回も失神しそうになるとか、暴君ジェシカ様でもなかなかやらないぞ!?」
「え…誰‥‥え…と、ごめん。戦ってるとどんどん凶暴になっちゃって…」
しょんぼりと謝る狼ちゃん。耳もぺたりと垂れ下がる。
‥‥人間の本能的なあれが許してやれと語り掛けてくる。
「まあ死ななかったからいいけどさ。君、朝ギルドで会った子だろ?」
「え…? あ…! あさナンパしてきた人だ…!」
「その節はどうも。お疲れでしょうお嬢さん、お茶でもいかがですか?」
俺は鞄から使ってないコップを取り出し、水筒のお茶を入れて渡した。
「あ…どうも。いただきます。ん、おいし…」
彼女がちびちびとお茶を飲んでいる間に、俺は魔道具でゴブリンの写真を撮り、ゴブリンの持っていた剣や弓などを拾い集める。
「あの、なにしてるの?」
「この辺りでゴブリンの出現なんて一大事だからな。ギルドに報告すれば貴重な情報提供で追加報酬確実だ。武器はまあ…状態のいいやつなら小銭程度にはなる」
俺は武器の状態を確認し、鞄に入れると、彼女の方に向き直る。彼女はちょうど俺が渡したお茶を飲み終えたところだった。
まるで警戒心がないが大丈夫なんだろうか。獣人ってことが思いきりバレてるんだが気づいてるんだろうか? 不安になってくる。
「あー…改めて、俺はサイ。ちょっと前に冒険者になった」
「あ、えっと、私はルゥフっていいます。よろしくね」
そう言って、彼女はなんとも眩しい笑顔で笑った。




