16話 オーク虐殺
オーク。太った人間のような体に、猪のような頭。体は一見脂肪の塊のようだが侮るなかれ、素手で岩を砕くほどの怪力を秘めている。
冒険者の間では「オーク倒せりゃ一人前」などと言われ、その怪力と耐久力と裏腹に、隙が多く比較的狩りやすいことから、初心者にとってある種の試練のような扱いをされている。
ちなみに教会はオークを獣人の仲間と主張しているが、生物学者は総じて否定している。
とまあ、そんなオークに森の中で出くわしたわけですよ。
オークはこちらに気づく様子もなく、草をかき分けたり、土を掘ったりしている。オークは雑食なので、虫でも探しているのだろう。
「どうする?」
「アイツ一匹? 他のやつがいたりしない?」
「んうぅ~…。匂いがきつすぎてわかんない。風がうるさくてよく聞こえないしー」
そりゃ仕方ないな。なにせ人間の俺ですら思わず鼻をつまみたくなるような悪臭なのだ。獣人の彼女にとっては地獄だろう。
しかしそうなると少し危険だな。オークが初心者の試練なのはあくまで一匹のときであり、群れのオークは上級冒険者でも手を焼くほど厄介だ。
加えて普通オークを狩るときは、剣や槍で少しずつ傷を与え失血死を狙うものであり、素手で撲殺するとかもはや狂気の沙汰である。
ルゥフならばなんとかなるかもしれないが、わざわざ危ない橋を渡る必要もない。
‥‥が、彼女の実力を確かめておきたいのもまた事実。オークはもってこいの相手だ。
「よし、じゃあとりあえずアイツは討伐するか。他にもいたら逃げる方向で」
「はーい」
俺が指示を出すや否や、ルゥフは弾丸のような速度でオークに突っ込む。俺も彼女の戦いを眺めると同時に、周囲を警戒する。
「プギ…ガゥ?」
近づいてくるルゥフに気づいたらしいオークは、土を掴み前方へ大きく投げつけた。その剛腕から放たれた土くれはただの目くらましにとどまらず、肉を裂く凶器となってルゥフに襲い掛かる。
対してルゥフは避けるでも守るでもなく、真っ直ぐと獲物へと突き進む。驚異的な動体視力で目への直撃のみを避け、それ以外は一切無視だ。
人間ならば蜂の巣になりかねない威力の土くれは、彼女に対しては正しく目くらまし程度の効果しかないらしい。
まさに猪突猛進、ただし突き進むのは猪ではなく狼だ。オークが迎撃の構えをとると同時に、ルゥフもまた跳躍しながら拳を振り上げ──
──ズ、ドンッ!!
「ギ…ガアッ!?」
大砲でも撃ったかと思うほどの轟音が響き、ルゥフの鉄拳により、脂肪に守られたオークの腹が大きく陥没する。その巨体がわずかに浮き上がり、ルゥフはその下を通り大きく跳躍、木の幹に着地し、膝をたわませる。
まるで弓を引き絞るかのように力をため込み、──解放。
木の幹をへし折る程の勢いと共に放たれた拳は、初撃よりもさらに威力を増し、オークの背骨を粉砕した。
「ひえ…」
俺は木を倒しながら吹き飛ぶオークを、ありえないものを見たような顔で凝視していた。正確にいえば、ありえないと思ってたことが実現してしまった顔か。
話を聞いたり戦いを見たりするたびに、認識を改めさせられるな。強いとは思ってたがまさかこれほどまでとは。
「フウゥゥゥゥ‥‥」
「お、おい…?」
オークをぶっ飛ばしたルゥフは、興奮した獣のように息を吐く。そして普段の彼女からは想像できないような目つきで、ギロリと俺を睨みつけた。
…あれ? もしかしてちょっとヤバいか? そういえば、ゴブリンとの戦いを目撃したときも襲われたな‥‥。
と、俺は後ずさりしながら彼女を──
「──!? あぶねえ、後ろだ!」
ルゥフの後ろに、棍棒を振り上げた、さっきとは別のオークがいた。
──しまった、あまりの衝撃に警戒が緩んだ…!
俺は彼女を庇おうと、彼女に飛びつき、オークの攻撃を躱させようとする──が。
──動かない! こいつ体幹が強すぎる!
「う、ぁ…!?」
当のルゥフは俺の予想外の行動に困惑したのか、一瞬正気に戻る。だが、その隙をオークは見逃さなかった。
「ばっ…」
渾身の力で振り下ろされた棍棒が、風を裂きながらルゥフに迫り──!
バキャッ…と。まるで、骨が砕けたような、音と震動が、ルゥフの体を通して俺に響く。
「──いったあぁああぁああ!?」
そして、ルゥフの頭に振り下ろされた棍棒が粉々に砕け散った。
「えぇ…」
「こいつぅぅう…!!」
ルゥフは涙目になりながら首だけオークの方へ向け、思いきり後ろ蹴りを放つ。爆発的な威力の蹴りは、文字通りオークの腹に突き刺さり、オークは背中から臓物をぶちまけながら吹き飛んだ。
「ハァ、ハァァァ、フゥゥ‥‥」
しん、と静まり返る森に、ルゥフの息遣いのみが響く。俺は困惑しながらもルゥフから離れ、周囲を見回した。どうやら他の魔物の気配はなさそうだ。
えっと、うん。──オーク討伐、完了!