1話 無能はつらいよ
「ジェシー、お前のことが好きなんだ。俺と付き合ってくれ」
それは、特に工夫もない、愛の告白としてはいささか陳腐な言葉かもしれない。だが、幼馴染に思いを伝えるのならば、むしろ小細工などいらないのではないだろうか、というのが俺の正直な感想だ。
俺のストレートな告白に、彼女は──
「…は?気でも触れたの?お断り、アンタなんかと付き合ったら心が腐るわ」
──と。…はぁ、バッサリにも程がある。断るにしても、もう少し心に傷が残らない断り方にしてもらいたいものだ。
…最も、こうなることは何となく分かっていたのだが。
ジェシカ・ラウゼル。誰もが認める美少女で、剣の達人。魔法においても人並み以上であり、まさに天才というべきだろう。
自分勝手で傲慢な性格だが、むしろその性格と鋭い目つきからくるカリスマ性は多くの人を引き付ける。だが、彼女が王都の騎士団や冒険者ギルドから直接のスカウトがくる理由は、他にある。
「ひどいな、断るにしたってそこまで言うこと──」
「…はぁ」
抗議の声を上げる俺に、彼女は小さく溜息をつき、長い髪の毛をかき上げる。艶やかな黒髪が風に揺られサラサラと踊った。もし芸術家が見たら、すぐさま絵にしようとするだろう程の美しさだ。
「剣の才能もない。魔法も使えない。」
ゆっくりと俺の方に歩いてくるジェシカ。その官能的な動きは男女問わず目を釘付けにすること間違いなしだ。本当に、性格さえよければ完璧美少女なのに。
「もちろん──」
──彼女の姿がわずかにぶれ、全身に衝撃が走る。ボールのように吹き飛ぶ俺は、うまく着地することができず無様に地面を転がった。何をされたのかもわからない。決して、人間にはできない動き。
「神の加護なんて、あるわけもない」
──そう。それが、彼女が特別視される一番の理由。
加護と呼ばれる、特別な力。便宜上、C、B、A、S に分けられる加護の中で、彼女が持っているのは最上位を意味する「S」。歴史に名を刻むほどの英雄になれる力だ。
「できるのはへこへこと他人に取り入ることだけ。だれにでも媚を売って、恥ずかしいと思わないわけ?」
立ち上がろうとする俺の目の前で立ち止まるジェシカ。短いスカートを履いているせいで中が見えそうだ。が、紳士な俺はそんなことはしない。
「私と付き合いたいんだっけ?いいわよ?ただし──」
彼女は俺の目と鼻の先に剣を突き刺す。危うく鼻がなくなるところだ。
「その剣を私にかすらせることができれば…ね」
「‥‥オーケー」
俺は地面から剣を引き抜き、そのままの勢いで思いきり剣を振った。手加減しないのは彼女への信頼によるものだ。
──そして彼女もその信頼を必要以上に上回り、俺の剣が届きすらしない間に、剣の鞘を何発も叩き込んだ。
「がっ…ぐェっ…!?」
空中を滅茶苦茶に回転し、もはや地面の位置すらわからなくなった俺が目を回していると、突然首筋から背中にかけて衝撃と痛みを感じた。どうやら仰向けに倒れこんだらしい。
首筋に鋭い痛みを感じる。これは確実にやったやつだ。今夜は寝苦しくなるだろう。
「人との繋がりも立派な力、なんて言ってるらしいけど、所詮こんなものよ。私がその気になればアンタは終わり。身の程がわかった?」
ジェシカはそう言って寝転がる俺の首筋に拾った剣の切っ先を滑らせた。首から伝わる冷たい感触が全身を駆ける。
「はぁ、わかった。…俺は明日村を出てくよ」
「それはよかった。吐くほど気持ち悪いから二度と姿を見せないでくれる?」
いちいち辛辣な奴だ。そんなに嫌われるようなことはしてないのだが。まあ、こいつは俺以外の奴に対してもこの調子か。
「…なぁ、お前、冒険者になるんだろ?」
俺は地面に寝たままそう聞いた。
「それが何?」
「‥‥おれも冒険者になるよ。俺だけじゃどうあがいてもお前より強くなれないけどさ、お前より強い最強のパーティーを作ってやるよ」
それを聞いたジェシカは、一瞬ポカンとした表情を浮かべ、
「ぷっ‥あっはっはははは!何それ、ふ、ふふふふ‥!」
突然に笑いだす。もちろん俺も冗談をいったつもりはないのだが、彼女の浮かべる笑みもまた、面白さからくるものではなく嘲笑の類だ。
「ええ、いいわよ。ま、落ちこぼれのアンタじゃ、パーティーすら組んでもらえず、魔物に食べられて死ぬのがオチでしょうけど」
彼女は嘲笑を浮かべたまま、俺から離れ、最後に振り返り、
「じゃあまたね、また、があればの話だけど。ね?私より強い冒険者さん?」
そう言い残し、その場を去っていった。