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バレンタインデー

作者: 葉月挧

 2月14日。今日はクラスの中が異常にざわざわしている。


昼休みが終わりトイレから自分の机へと帰ってきた。クラスの中を歩いて自分の机まで向かっていた最中によく見た景色。クラスの男連中は机の中をよく確認しているし、女は男をちらちらと目くばせしている。いったいなにがあったんだ。


 そんな俺も机の中になにかがあるのかと思い、机の中を覗き込んで見る。別になにも変わったことはないだろうと高を括っていたのだけれど…。


 そこには見知らぬ赤い色をした便箋が入っていた。


 なんだこれ。なんでこんなものが俺の机の中に入っているんだ。


 は?もしやこれは果たし状という奴か?この学校に通って10ヶ月。とうとう俺にも果たし状が届くようになったか。なにか人の恨みを買うことをした覚えはないのだけど、実際にモノが届くということは俺に敵意を持った人間がいるということだ。


 その便箋を机から取り出す。


 何故か周囲から「おおー」と歓声が上がっているが、その意味も分からない。


 手に取って近くでその便箋を目に入れる。


 この赤い便箋が、俺をどれだけ恨んでいるかが分かるな。お前を血だらけにしてやるという感情が伝わってくる。しかしまったく差出人の見当がつかない。でも俺の机にモノを入れられる人間ということはこのクラスメイトの中にいる確率が高いのだろう。


 そう思い俺はクラスの中をグルーっと一周見回してみる。



 わたしの想い人がわたしの書いた便箋を手に取ってクラス中を一周見回した。わたしは恥ずかしくて自分の名前を掛けなかったけど、放課後の16時に屋上で会いましょうと書いてあるから、そこで彼とは会えるはず。そこで今日作ってきたチョコレートを彼に渡すんだ。


 彼は今日がバレンタインにも関わらず便箋を見つけてもなんにも表情を変えることなく凛々しく周囲を見渡してる。普通の高校生だったらにやけてしまうようなシチュエーションなのに動揺することがない。その辺もわたしが彼を好きなところのひとつでもある。


 けれど大っぴらに便箋を教室のど真ん中で手に取るのはやめてほしいな。差出人こそ書いてないけれどそれをわたしのいるところで読まれると私の心が持たない…。わたしって緊張状態がピークに達すると誰かを殴ってしまうことがあるからあんまり恥ずかしい思いをさせないでほしいかも…。


 彼の一挙手一投足を目に収めていたけれど、ちょうど周囲を見渡していた彼と視線がぶつかってしまう。はっ、恥ずかしい…。思わず瞬間的に目を逸らしてしまう。好きな人に見つめられると照れちゃうよね。しかもずーっと周囲を警戒していた彼はなぜかずっとわたしを見てくるし…。


 もしかしてわたしがその便箋を書いた主だってことに気づいちゃったのかな…。


 差出人を書かなかったのはわたしが彼に気に入られてなくて、屋上まできてくれなかったら嫌だったから、差出人を書かないことでシークレットにしたかったんだけどこんなところでバレちゃったら意味ないじゃん!



 あいつ、今たしかに目を逸らしたな。


 俺が教室を一周ぐるーっと見まわした時に、俺の斜め後ろの方にいる女子生徒が俺と目が合った瞬間に目を逸らした。怪しいな。


 あいつがこの便箋の差出主か…。クラスメイトでありながら一度も話したことはないが、なにか恨みを買ってしまったのだろうか。それも果たし状だなんてまた古風なことを。俺も果たし状だなんて初めてもらったぞ。


 しかしあの女、普段からクラスではあまり目立っていない、どちらかと言えばおとなしいタイプの人間だと思っていたけど、まさか決闘を申し込むほど野心に燃えるような人間だったとはな。もしや武術の使い手だろうか。一見そんな風には見えない。ただの華奢でか弱き女性としか見えない。


 いや、待てよ。まだこれが果たし状と決まったわけじゃない。まだ中身を見ていないんだ。


 いつの間にかクラスの衆目は俺が持つ便箋にくぎ付けとなっている。いったいこの便箋にはなにが書かれているのだろう。


 さっと開けて読むことにした。


『本日16時に、西側屋上へとお待ちしております。ひとりで来てください。逃げたら許しませんよ?』


 とだけ書いてあった。簡素な手紙だ。


 これは…もう確定的だろう。こんなドストレートな果たし状、今時存在するんだな。


 俺は目を鋭く尖らせてもう一度手紙の主と思われる女子生徒を見定める。



 やんっ。彼ったらわたしにキリッとした視線を向けてきている。これはもう完全に気づかれているのかもしれない。


 けど、この感じだったら脈ありだと思っていいのかな?見たところ警戒しているとはいえ、嫌悪感を抱いているわけではなさそうだし。


 とりあえずこれ以上彼の顔を見ていると顔が真っ赤になっちゃいそうだから視線を明後日の方向に移す。


 まだわたしはスタートラインに立っただけ…。ここから放課後に本当の勝負が始まるんだから!


 彼はちょっと抜けているところがあってクラスでもそれなりに浮いているんだけど、その一匹狼みたいなところがわたしにとっては魅力的だ。そんな彼をわたしのものに…。


 はぁ、緊張するなぁ…。これから五時限目、六時限目が終わって放課後になったらその時が来てしまうんだ。もう伝える言葉は決まってる。『好きです』と。けど授業中にもうちょっと反復して、修正できるところは修正してみようかな。



 五時間目、六時間目を終えて、帰りのHRも終えて、俺は便箋に書かれていた西側屋上へと向かっている。もちろん手紙に書かれていた通りひとりでだ。誰かを連れて行くにしてもそんなことを頼む相手はいないし、こういう勝負に多勢で挑むのは気が引ける。


 一段、一段と階段を昇っていくとさすがに鼓動が脈打っているのが分かる。少しばかり緊張しているようだ。そして屋上へと続く扉の前に立って、ドアノブを捻り外の世界へと足を踏み入れる。


 時刻は夕刻16時00分。世界は淡いオレンジ色に包まれていた。運動部の熱の入った声や吹奏楽部の少し抜けた楽器の音が響く、まさに学び舎の放課後といった風情だ。


 パッと見、誰もいない。ちゃんと定刻に来ているのだが。


 少しばかし目を閉じて風を浴びていると、屋外と屋内を繋ぐ建物の裏からひとりの少女がすっと出てきた。


 それは俺が予想していた通りの、昼間に目をつけていた女子生徒だった。


 時折吹く風にスカートを押さえながら彼女は一歩一歩こちらへと向かってきた。



 がちゃりと扉の開く音がする。彼はキョロキョロするわけでもなく真っすぐな瞳で歩を進める。建物の影から彼の姿を見ているわたし。ちゃんと来てくれたことに凄く感動している…。


 彼がちゃんと来てくれたんだから、わたしもしっかりとしなくちゃいけない。鼓動はかなりはやく脈打っている。今までに体感したことないほどに緊張感を感じている。それでも私の想いを彼に伝えなくちゃいけない。せっかくチョコレートを作って、手紙も書いて、それをこっそりと彼の机の中に忍ばせて、それで彼を屋上まで呼び出すことに成功したんだから。


 だから最後の一仕事をするだけ。ここまで来たんだから。


 そう、言い聞かせてわたしは一歩一歩進んでいく。建物の影から姿を現すと、彼もわたしの存在に気づいてしまう。彼が鋭い眼光でわたしを見つめてくる。そんなに強く見つめられたら視線で穴が開いちゃいそうだよ…。


 時折吹く風にスカートを押さえながらわたしは一歩一歩彼のもとへと近づいていく。


 わたしと彼との距離が5m、3mと近づいて。そして2mほどのところで止まる。


 彼はわたしより結構背が高くて見上げる形になる。すらっとした高身長だけどちゃんと筋肉もついているように見えてやっぱりカッコいい…。


 よし、言おう!今しかない。一度大きく息を吸い込んで、深く深呼吸。意を決して5時間目6時間目にずーっとイメージトレーニングしていた台詞を、ありがちで簡素かもしれないけど、今のわたしの気持ちを伝えるんだ!


 「…あなたのここぉが好きです!」


 か、噛んじゃったぁぁあああああ!!噛んじゃった挙句動揺して「好き」に変なイントネーションを置いてしまったぁぁあああああ!!!!



「…あなたのここが隙です!」


 女子生徒はそう言った。ってどこだ…?そりゃ人間なにかしら隙を持っているだろうけど、いったいどこのことを言っているんだ。


 思わず聞いてしまった。


「えっと…それはどの辺なんだ?」


「ふぇっ!?」


 女子生徒は素っ頓狂な声を上げる。それから夕焼け空を見つめつつ試案し始める。ここが隙と言う割に今考え始めるのか。


「まず性格的に言うと…一匹狼みたいなところとか…かな」


 女子生徒は恥ずかしがってそう語る。なぜ俺の隙について語るのに彼女が恥ずかしがっているのかは理解できないが。それでも一匹狼みたいなところというのは的を射ているかもしれん。やはり頼れる友ぐらいいた方がいいのかもしれない。


 今度はどうやら俺の体を上から下までチラッと見てまた考えている。


「部位で言うと鎖骨とか…?」


「ピンポイントだな」


 鎖骨が俺の弱点だったのか。それは知らなかった。こんなピンポイントなところに弱点があったとは。首や胸の方が弱点になりそうなのに。


 でも女子生徒は俺に弱点を伝えてなにがしたいというんだ。俺はてっきり決闘に呼ばれたもんだと思ってここに来たというのに。このままでは埒が明かない、ここで本題に進ませてもらおう。


「ふむ、結局俺とどうしたいというんだ」


 その言葉を聞いた彼女は、それはとても美しく、けれど儚く、今にも崩れてしまいそうな顔で答えた。


「あなたと、決闘したい…!」



「あなたと、結婚したい…!」


 わたしはそう答えた。けれどまた噛んでしまったぁぁああああああああああああ!!なんでさっきから「こ」を言う時に「と」に近い音に噛んでしまうの!!わたしのばかぁ!


 それでも多分察しのいい彼になら、わたしの想いは伝わってるはずだよ…ね?


「やはりな」


 彼は凛々しい顔をして答える。それがさも当然と言った風情で。やっぱり彼は感のいい人なんだなぁ。わたしはこの人を好きになってよかったと心の底から思う。


「じゃあいつにするか、今からか?」


「えっ!?今から!?」


 そりゃわたしはもう16歳だから結婚できる年齢だけど!でも彼だってわたしと同じ16歳なはず…。


「そっそれはまだ早いよ!」


 わたしは身振りを大きくして答える。


「そういうのはもっとふたりの距離が縮まってからの方がいいんだよ!」


 わたしは二の句、三の句を継ぐ。


「そういうものなのか」


 彼は至って冷静な口調でそういうと、すっとわたしとの距離を縮めてきた。さっきまで2mぐらいあった感覚が人ひとり分、入るか入らないかぐらいの感覚まで詰めてきた。


 わたしはより顔を上げて彼の顔を伺う。彼は一体なにを考えているんだろう。


「これで距離は縮まったな」


 彼はさも当然のように口にする。そしてなぜかわたしの目を鋭い眼光で見つめてくる。


「物理的にね!!」


 思わずわたしは今までに出したことないほど大きな声で突っ込んでしまう。


「え、違うのか?ふーむ…」


 彼は不服そうに明後日の方向を見上げる。わたしはさっき見つめられてしまったから恥ずかしくなって目線を少しだけ下げた。ちょうど彼の胸辺りをじーっと見つめている。


「物理的に距離は近くなったけど、わたしは精神的にもふたりの距離が縮まればいいなーって思ってるの」


 そしてわたしはずーっと後ろ手に隠し持っていた、キレイにラッピングしたものを取り出す。そう、もちろんこの日のために、彼のために作ったチョコレート。こんな近くに彼がいる今だからこそ渡す時だ。ちょっと妄想していたシチュエーションとは違うんだけど…。



 「物理的にね!!」


 女子生徒に大きな声で突っ込まれてしまった。てっきりお互い距離を詰めてにらみ合う、計量終わりのボクサーが報道陣用の写真のためにやってるあれをやりたいのかと思ったけど違うらしい。


 そんなことを言われてしまうと、俺はもうどうしていいのやら。


「え、違うのか?ふーむ…」


 素でそんな言葉を漏らして明後日の方向を向く。


「物理的に距離は近くなったけど、わたしは精神的にもふたりの距離が縮まればいいなーって思ってるの」


 彼女は顔を真っ赤にしながらそのセリフを口にする。ずっと手を後ろの方に隠していて不審だったのだが、その手の挙動が大きくなる。


 もしや…なにか武器を隠し持ってるんじゃないか。決闘において男女の体格差をカバーするとなるとやはり必要なのは武器。


 そしてとうとう彼女は自身の背中に隠していた手を前へと持ってくる。いったいどんな武器を持っていたんだ。


 まあいい。どんな攻撃が来ようと…。


「受けてやるぜ」「受け取ってください!!」


 ふたりの声が重なる。


 その瞬間だけ、運動部や吹奏楽部の練習の音、誰かの笑い声、カラスの鳴き声なんかもすべてが止まった気がした。


 彼女が俺に差し出したのは…。


「…なにこれ」


 よくわからない、箱を手渡された。


「なにこれって…チョコレートだよぉぉおおおおお!!」


 その刹那、俺は宙に飛んでいた。彼女のアッパーが見事に俺の顎を捉えて、後方へと倒れていく。


 ああそうか、やっぱこれは果たし状で、決闘で、ボクシングだったんだな。


 真っ赤な便箋が物語っていたな。鼻血を出しつつ俺は盛大に後方へ倒れた。地面にぶつかって空を見上げると、世界は音を取り戻す。


 ああ、俺はまだまだひとりじゃ弱いみたいだ。一匹狼はやめた方がいいのかもしれないな。


 余談だがその後に家で、もらったチョコレートを食べたのだが、それでも鼻血を出した。あの赤い便箋…恐ろしい。


 そして2月14日にはチョコレートを贈る風習があるのだとか。聞いたこともねえな。


バレンタインまであと355日!

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