不毛な恋をしています
※性的暴力・表現があります。もしかしたらムーンに移動するかもしれません。
※同性愛を扱っていますが、批判しているわけではありません。
幼い男の子と女の子が園庭にある砂場でおままごとをしていた。今はもう既に閑散としていて、ふたつの小さな人影がのびるだけ。2人とも保護者がまだ迎えに来ていないのだ。だが、それを悲観的に捉えているわけではない。むしろ、お互いに一緒にいられる時間が長いことを嬉しく思っていた。
「ナナがおかあさんで、あっくんがおとうさんね」
「うん」
「あさごはんできたよー」
「わあ、すごくおいしい!」
「きょうもおしごとがんばるのよ」
ナナは満開の笑顔を見せて、あっくんの背中をパシンと叩いた。あっくんはそれを嫌がるでもなく、にこにこと受け入れる。
2人はおままごとが好きだった。家族団らんというものに憧れを持っていたのかもしれない。テレビで見た「家族」のあるべき姿を演じるため、毎回キャラクターが違う。そのことを保育士は気にかけていた。昼休みに見つけた四葉のクローバーをお互いに不恰好にくくっている姿はただただ愛らしい。
「あっくん、大きくなったらケッコンしようね」
「うん!ぼくもナナちゃんとずっといっしょにいたいな」
*
「あらナナちゃん、久しぶり。元気にしてた?」
「…暁は元気有り余ってそうね」
「もちろんよ!」
ドアにつけられた鈴の音に迎えられて、スーツ姿の女性はいつもの定位置であるカウンターに座った。小さな喫茶店【セレナーデ】は、マスター1人で回している。
そのマスターは所謂イケメンと呼ばれる青年なのだが、如何せんどこか違和感がある。彼が女性的な仕草をするあたりから、なんとなくオネェを匂わせているのだ。
「はい、お冷とおしぼり」
「ありがと。ホットと、」
「オムライスよね。デミグラスソースの」
ナナは台詞を暁に取られてムッとした。暁はクスクスと笑い、ポンと頭を撫でた。
「ナナちゃんの好みはよく知ってるからね」
「ただの腐れ縁よ」
「違いないわ!」
彼は口元を手で隠しながら笑う。相変わらず違和感のあるようなないような。この男はそれを不思議と感じさせないのだ。初見の客が驚くのも一瞬で、そこに立っているだけでそういう存在であると認識し怪訝に思わせないそれを、ナナは一種の特技だと思っている。
行儀が悪いのを承知の上で、机に肘をつけて手の上に顎を置いた。
昔は、こうじゃなかった。今が悪いわけではないのだろう。暁本人もイキイキしているのは見て取れる。ただ……そう、ただ。ナナにとってはあまり良くない状況だ。
「(わたしも、なんでこんなの好きになっちゃんたんだろ)」
いっそ頭を抱えたいのを寸前で堪えて長い長い溜息を吐き出した。
保育園で仲良くなってからの付き合い。つまり、3歳から現在の28歳まで、26年目の付き合いだ。その間で、もちろん顔を合わせない時期はあった。だけれども現在になってもこうして交流があるのなら、それはもう腐れ縁と言ってもいいだろう。
まあ、今にいたるまで色々なことがあったのだが今は置いておこう。何組か立て続けに入ってきた客に、暁が一人で立ち回っているのをぼんやりと見つめた。まだ11時だが、今から昼に向けて増えていくだろう。さっさと食べて会社に戻るか。
「ごめんね、お待たせ」
「大丈夫、ありがとう。今日も美味しそうね」
「アタシが作るんだから美味しいに決まってるじゃない」
「違いない」
彼の料理の腕は信用している。というよりも、暁に出来ないことはない、というのが正しいのかもしれない。眉目秀麗、完璧人間と言われていた彼が実際のところ器用貧乏であり、そしてココロに淀を溜めていることをナナは知っている。
目の前に出されたオムライスはほかほかと湯気をたててナナを誘惑する。会社に戻るまではこの至福の時を堪能しよう。決済しなければならない書類など忘れて。