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異世界でも騒がしい所は苦手です。  作者: 花鯨
プロローグ
8/15

プロローグ.08



「お前さん、もしや魔術師さんかえ?!」


 突然、長い白髪の老人が唾を飛ばしながら叫んだ。その風貌からはとても想像できない声量で、周りの男達もいきなりの事に思わず老人の方を凝視した。

「私も昔はとある魔術師さんの世話になっててなぁ、そりゃ大変じゃったし周りの目も気にしたもんじゃが何よりそのお方が非常に綺麗で……」


 老人は制御の効かなくなった機械のように一方的に喋り出し、話をするというより空に向かって言葉を垂れ流しているといえるその様はまさに変人だった。

 最初は驚いた男達も徐々に呆れ始め、今すぐにでも降りてしまいたいという表情だった。

「ところで魔術師さん、最近腰が痛むんじゃがもし良ければその……魔法で何とかしてくれんか」


 真っ白になった思考回路では、みろ子は(何言ってるんだこのジジイは……)と思う事が精一杯だった。しかし。

「……はい、良いですよ」


 そう口走ってしまった事にみろ子自身ぎょっとした。まるで口が脳と乖離してしまったのかと思った。

 だがそれは、何もせずに針のむしろとなったこの空間で、ただ座っているよりかは百倍マシという考えが無意識の内に巡った結果だった。


 老人は途端にウキウキとした表情になり、座ったままくるりと背中を向けて薄汚れたローブをたくし上げた。

 思わず目を逸らす。ローブの下は肌着も纏ってない素っ裸だった。

 どうして良いかも分からなかったが、さすってあげでもすれば喜ぶだろう、と考えたみろ子は揺れる馬車の上で荷台を乗り越え、老人の前に座った。

 

 近付くと、一気に老人や男達の臭いが鼻を突いてきた。何日も風呂に入ってなさそうな異臭だ。

 後悔し始めたみろ子はさっさと終わらしてしまおうと考え、それ以降はあまり思考を巡らす事はしなかった。


 意を決して老人の肌に触れる。痩せて荒れきった肌と今にも突き破って出てきそうな尖った背骨が、みろ子の手に伝わってくる。冷え切った老人の背中はじんじんと彼女の掌から体温を奪っていった。

 

 エトラに触れておいて良かったと、心底思った。この異世界に来て最初に触れたのが垢まみれの老人の肌では、この先到底まともな気分ではいられなかっただろう。

「おおぉ……効くのおぉ……」


 老人が小刻みに震える。みろ子は無心でさすり続けた。「変態ジジイめ」若い男が呟くように嗤った。きっと周りの男達は皆みろ子が微塵も魔法が使えない事など分かりきっているだろう。その上で彼らは静観を決め込んでいるのだった。


「ありがとう、もう充分じゃ」


 五分かそこらだろうか、体感では1時間以上に感じられたが苦行もその一言で終わりを告げた。

 みろ子の手には老人の垢が塊となってこびりついていた。

 立ち上がる振りをして、みろ子は荷台の床に掌の垢を擦り付けた。荷台のふちを乗り越え、元の場所に座っても隣の男に悟られないように座席に擦り続けていた。

「みろ子、もうそろそろ森を抜けるわ」


 おもむろに近づいて来たエトラがみろ子の側まで首を伸ばしてくる。

 みろ子は今すぐにでも彼女に抱きつきたい衝動に駆られたが、この汚れた手で触れるのはどうしても憚られた。前方を見ると、まっすぐな道の先は木々のトンネルが切れて丘の表面が覗き始めていた。


「だから、この先は一人で頑張ってね」

 


「えっ?」と、声を漏らした。

 空気が止まるのを感じた。雨音すらも、その瞬間は無音になった。ふるふると震え始めた口の端を必死に抑え、何とか口を動かそうとした。

「な、なんで……。来てく、くれないの……?」


 不安に押し潰されそうなみろ子に、エトラは全く目を逸さなかった。真っ直ぐとこちらを向いて、はち切れんばかりの彼女の感情をきちんと受け止めてくれていた。

「私はもうここで暮らすと決めていたの。悪いけれど、この森の先には行けない」


 美しい姿から繰り出されるその言葉は少しの揺らぎも感じさせない、決意の現れだった。

 それを聞いたみろ子は自然と涙が溢れて来た。

 雨と涙でぐしゃぐしゃになった顔を拭っていると、突然エトラがみろ子の腕を噛んできた。


 驚いている暇もなく、何度もブレザーの上から彼女の白い歯が喰いこんでくる。

 だが動く馬車に揺られているにも関わらず、力強いその甘噛みはほとんど痛みを感じなかった。


 まるで腕を掴んでしっかりしなさいと言ってくれているようだった。

 エトラが言葉じゃなく行動で表現してくれた事に、みろ子は自身の翻訳による勝手な解釈ではない確かな優しさを感じていた。


「もしも何か危なくなった時は必ず助けるわ。だから、自分を信じて。大丈夫よ。お城を目指しなさい」


 エトラの声が自分の芯にまで響きわたり、自然と涙が引っ込んだみろ子は強く頷いた。

 これほどまでに自身を強くしてくれる存在は元の世界にもいなかった。今この瞬間、彼女は一気にこの世界が好きになっていた。

 顔に熱が入り、スッと背筋を伸ばした。身体中に力が漲り揺れる馬車の上でも姿勢が崩れなくなっていた。

「元の世界に戻れるって分かったら、絶対に会いに来るからね!」


 この世界に来て初めて、腹から力一杯の声を出した。急に叫んだものだから、男たちの視線が集まるのを感じたが構うものではなかった。

 エトラは優しく微笑むような表情をすると、最後にみろ子の顔に強く頬ずりをしてくれた。


 大きくいななくと、真っ白な身体をひるがえしてエトラは森の中へと消えていった。

 それと同時に、馬車は森を抜け見渡す限りの草原が姿を現した。



 みろ子がふと見上げると、雨を降らしている曇天は日が落ちてきてより一層どす黒さを増しているのが見て取れた。

 地平にかかるもやも濃さを増して薄暗くなっており、あと少しも経てば闇となってみろ子達の馬車を襲って来そうな程であった。


 そして見上げた地平の小高い丘の上に、幾つかのまばらな白点が見えた。目を凝らすと、ぼやけた輪郭の中にそれらが点在しているようだ。

 運転席の男がラストスパートの鞭を鳴らす。これまでにない程の力がかかり、馬車は一気に速度を増した。


 近付くほどにはっきりしてくる輪郭はどんどん巨大になり、白点の数もかなり増えていく。


 みろ子は砦というものに詳しくはないが、予め聞いていなければ一国の城だと言われても納得する程に、その砦は門を開けて威風堂々と建っていた。

 その様に釣られてみろ子も思わず口が半開きになってしまう。


 しかしそんな彼女の仰天もそこそこに、馬車は颯爽と砦門をくぐり抜けて行くのであった。





 これにてプロローグは完結です。

 次からようやく本編が始まります……!


 これから先はまだきちんと話を考えられてないですが、少しずつでもなるべく毎日投稿していく予定です。


 あくまで予定ですが……。


 ちなみに、投稿済みの箇所でも情景描写や心理描写などを思いつけば少しずつ書き加えたり訂正したりしていくつもりです。

 しかし、設定やストーリーに関わる箇所は手をつけないで行こうと思っています。


 それ以外で何か変更があった場合は後書きにてお知らせします。


 ……早速の変更点ですと、プロローグ.01のズボンをスカートに変えています。

 これは最初あまりにも何も考えずに書き始めた為に制服を着ているという事すら後付けだったからです。

 ズボンの制服もあるっちゃあるので放置していましたが、やはりスカートの方がしっくり来るので変更致しました。


 流石に構想が固まって来ているのでこんな事はもう無いと思いますが、どうか温かい目で見ていただけると幸いです。


 どうかこれからもよろしくお願いします。

 

 

 

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