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異世界でも騒がしい所は苦手です。  作者: 花鯨
プロローグ
7/15

プロローグ.07


 馬車がぬかるんだ道に車輪を取られるたび、みろ子は尻を浮かせては椅子に打ち付けていた。必死に手すりにしがみつくがちっとも体は安定せず、馬車の踊りに付き合わされるように一人ガタガタと体を揺らしていた。

「あんた、その服はどこぞの学徒か何かかい?」

 

 同じ運転席に座っている老けた男に突然話しかけられ、みろ子は戸惑った。

 この世界で自分はどう振る舞うべきか、全く試行錯誤していなかったので、とにかく周りの人間に話を合わせるしかなかった。

「は、はい……」


 幸い、この服装は奇妙と思われながらも彼らの文化から大きく外れている訳ではなさそうで、少し安心した。

「やっぱりな。最近はここらも何かと複雑だろう? 色んな領地でやれ学校だ教育だと躍起になり始めてる。仕事もしない口先だけの頭でっかちばかり作ってどうしようってんだか」


 

 つらつらと御託を並べていた男だが、みろ子の申し訳なさそうな表情に流石に言い過ぎたと思ったのか、口をつぐんでしまう。

「……そのフェルフェロスはお前さんのか?ここらじゃ見たこと無いが、随分と懐いているな」


 話題を逸らそうとした男は、自分の馬車に付かず離れずついてくる端麗な獣を一瞥した。馬車を引いている奴らとは違い、同じ四足獣でありながら凛としていてぬかるんだ道の上でもほとんど泥を散らさずに歩く様はまるで優雅な貴族のようであった。

 フェルフェロスというのはおそらく馬や犬といった言葉と同じ、エトラのような動物をまとめて指す名称なのだろう。

「エトラって言うんです。森の池で倒れてるのを助けてもらったんですけど、ここら辺の事も色々教えてもらって……」


 噴き出すようにして、若い男が笑い始めた。

「フェルフェロスに教えてもらった? 獣が喋る訳ねぇだろうがよ」


 声を転がすようにヒーヒーと笑う男を見て、みろ子の顔は見る見るうちに真っ赤なしかめっ面になっていった。周りの男達は呆れた表情で素知らぬ振りをしている。

「エトラ!」


 赤くした顔でエトラの方へ振り向く。彼女はいつもと変わらぬ優しい声色で返してくれた。

「どうしたの? 随分と楽しそうにしてるけど」


 はっきりとエトラが喋ってるのを確認し再び若い男の方を振り返ると、彼は未だに頬杖をついてニヤニヤとこちらを見ていた。

「聞こえてないの?」


 みろ子は怒りの篭った表情だったが、その質問は頭の隅に浮かび上がってきた一抹の疑問が故だった。

 若い男も呆れんばかりの顔でみろ子を嗜める。

「やっぱり勉強ばかりしてると頭がそうなっちまうのか? 俺にはそのエトラちゃんとやらがバフバフ言ってるようにしか聞こえねぇんだが」

 

 みろ子は絶句した。てっきりエトラが人の言葉を喋っているものだと思っていたからだ。

 それは、何故だか分からないがみろ子にとってとても大きなショックだった。


 突然、雨音が強くなった気がした。馬車が水溜りを跳ねる音もまるで真横で飛び散っているかのように頭に響いてくる。

 みろ子は、嫌な程に脳が冴え渡っていくのを感じた。



 ……何故私はエトラと会話する事が出来ているのか?


 みろ子のその疑問はすぐに払拭された。

 目の前でくっちゃべっている男、内容は私を小馬鹿にするだけの聞くに耐えない内容だったが、だからこそ彼自身を観察出来てわかる事があった。


 聞こえてくる彼の声と、動かしている口の形が明らかに合っていないのだ。字数すらも足りていない時がある。

 信じられない事にこの男の声は、私の中で勝手に翻訳されて頭に響いてくる声なのだ。


 普段なら、それこそ家で映画でも見ている時なら洋画の吹き替えを聞いてそれが役者の素の声などと思うはずもないだろう。

 だがそれまで見た事のない世界のその場の空気に触れ、共に雨に降られ、馬車に揺られているという状況では、全てがそれ以前から当然の事で何ら不思議ではないと思い込んでしまうのだった。


 もしもエトラが世にも珍しき人と会話の出来る動物だとしたら、その神秘にみろ子はこの世界の鮮やかさと華やかさを感じていただろう。


 しかし彼女自身が誰とでも、どんな動物とでも会話できるというのは少しも神秘などではなく、異端や異分子に類するような、迫害を受けたり処刑されたりする狂人に他ならなくなるのだ。


 先のショックの理由が分かった気がした。

 自分が異質な者であると、それまでこの世界において誰も見聞きした事もないような存在であると、分かってしまった事へのショックだったのだ。


 みろ子は祈るような気持ちで、この中では一番まともかと思われた運転席の男の顔を覗いた。

 横に座っている彼は、先の若者のセリフを真に受けたように複雑そうな面持ちで前をまっすぐ見つめていた。みろ子が見つめているのを知っているだろうにも関わらず、ちらりともこちらを向いてはくれなかった。


 いつの間にか、被っていた葉の帽子が落ちてどこかに消えていた。強くなった雨はみろ子の髪の隙間に入り込み、思考が追い付かなくなった彼女乗る頭を直に冷やし始めた。




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