プロローグ.06
みろ子はツタの葉をくぐりやってくる馬車を眺めた。何やら見たことのない動物が鼻息を荒くしながら競うようにして荷車を引いている。
元の世界では到底見たことのない光景に、みろ子はやはりここは異世界なのだと改めて実感した。
通り過ぎるかと思われたそれは意外にもみろ子の目の前で止まった。
「お前、こんな所で何してる」
雨に降られながら運転席の老けた男が話しかけてきた。荷台には複数の男性が荷物と共に押し込められており、何人かがみろ子の事をしかめっ面で一瞥してきた。
「あ、雨宿りしてて……」
運転席の男はしわだらけの顔に更にしわを増やしながらみろ子の事を見た。どうやら彼女の服装に何か思う所があるらしかった。
「この雨は夜まで続く。こんな場所で火も焚かずに居るんじゃあ凍えちまうぞ」
みろ子は閉口した。おそらくこれに乗ればどこか人の居る所に辿り着けるだろう。
しかしそこからどうすれば良いのか、全く想像がついていない。それに……
「みろ子」
エトラが垂れたツタの間から話しかけてくる。
瞬間、現れたその姿に馬車に乗っていた男たちがどよめいた。何か珍しいものでも見るかのような目だった。
「元の世界に戻りたいなら、やはり城に行くのが一番だと思う。あそこは人が多いからみろ子の様な人間もいるかもしれないし、何より魔法の技術も発展している」
男たちには目もくれず、エトラはみろ子に優しく諭してくれた。
彼女なりに背中を押してくれているのだろう。本来ならありがたく思うべきなのだが、みろ子はどうしても心の奥である感情がつっかえていた。
(ずっとここにいたい。ずっとエトラと一緒にいたい)
決して口にしてはいけない想いが、彼女の中で膨れ上がっていく。
「お前さん、乗らねえのかい。こっちはずっと歩き続けて疲れてんだ。早く休みてぇからさっさと決めてくんねぇかな」
いきなりの事に、みろ子は驚愕した。一体誰の言葉かと見回したが、なんとロバのような動物がこちらに向かって喋りかけているのだ。
てっきりエトラだけが珍しく喋る動物だと思い込んでいたみろ子は、まさかの状況に頭が真っ白になった。
「こいつらもずっと歩きっぱなしで疲れてるだろう。早く休ませてやりたいから乗るなら急いでくれ」
運転席の男がロバとそっくり同じようなセリフを吐いた。彼にはその動物達の声は聞こえてないのだろうか。
「の、乗ります…!」
結局、その場の空気に飲まれるような形でみろ子は馬車の乗員に加わった。
いそいそと荷台に乗り込もうしたものの若いそばかすの男に満席だと言って追い払われ、往生していると運転席の男が少し腰をずらして席を設けてくれた。
みろ子は慣れない手つきで運転席に登ろうとしたが、低身長の人間の事を考えられてないかの様な高い位置にある足場や手すりでは、まるでロッククライミングをするかのような格好になってしまい、ただでさえ雨で滑る上に華奢なその腕では自身の体を引っ張り上げる事すらも必死だった。
最終的に運転席の近くに座っていた無精髭の男に手を貸してもらい、みろ子はなんとか長椅子のような運転席に座る事が出来た。
そこからの景色は一変して高く、地面は遥か遠くに見えるようで肌を撫でる風も一段と強く感じられた。
近付いてきたエトラが首を伸ばしてもみろ子の肩ほどにしか届かない位であった。
よく見るとエトラがそこらでちぎって来たのか、口に大きな葉を加えている。
「雨避けに丁度良いと思うわ」
みろ子はお礼を言いながら葉の表を下にして被った。かなり大きな葉で頭どころか肩まで隠れる程の大きさだ。
まるでお伽話に出てくる妖精のような格好になったみろ子を乗せて、馬車は再び動き出した。