プロローグ.03
雨足はより強まり、大きな雨粒が水たまりを叩く音はリズムをなくした一つの大きな音となって、みろ子の耳にこびりつく程うるさかった。
彼女らは不自然なほどに大きく削れた岩の下に何とかたどり着き、そこに腰を下ろしていた。
岩のてっぺんからは枝垂れたツタが掌ほどの葉をたくさん生やしており、風が吹けども雨粒が入る事はなかった。
みろ子が脱いだ服を絞りながら辺りを見渡すと腰掛け用の丸太や焚き火跡の炭が転がっており、ここで雨宿りをしたであろう人の痕跡が残っていた。
「この季節は雨が多いのよね、いやになるわ」
白馬は大きく身震いをして雨水を飛ばした。
「ここは……いったいどこなんですか?地球のどこらへん?」
おおよそ馬に聞く質問ではなかったであろう。しかし多少落ち着けたとしてもみろ子は未だ混乱の最中におり、早急に把握したい事柄をつらつらとぶつけるしかなかった。
「私、空から落ちてきたのに……あの球体は何だったの?……ここはどこ?家に帰りたい。おとうさ」
喉が詰まった。肺がせり上がるのを感じ上手く呼吸ができない。じんじんと目頭が熱くなり頬を伝う感触で初めて自分が涙している事に気づいた。
声を上げて泣いた。何も構う事はなかった。自分でもこんな大声が出せるのかと、ひとしきり叫びながら思った。肺が酷使された事に疲れたのか、しゃっくりが止まらない。
喉が腫れそうなほど叫ぶと、みろ子は体育座りでうずくまってしまった。大人しくなったの見計らい、白馬が静かに近づいてその長い鼻筋で彼女の腕を撫でる。
みろ子は無言で白馬の顔を引き寄せた。長い首筋に触れると、彼女の温かさが冷え切った手をほぐしてくれるのを感じさせ、鼻筋を顔に近付けると草木や土の匂いがみろ子の肺を満たしてきた。
しばしの間二人は騒雨の中で静かに頬を寄せ合った。
「もう……大丈夫かしら?」
最後に強く頬をさすった白馬はゆっくりと首を上げた。みろ子は目を赤く腫らした顔で「はい。」とうなずいた。
「驚いた……あなた、やっぱり私の言っている事が通じてるのね」
白馬はどこか達観した様な視線で鼻をフフンと鳴らした。
「私もあなたの言ってる事がわかったわ。最初は空耳か聞き間違いかと思ったけど、さっきの質問は確かに理解できた」
みろ子はハッと目を見開く。
「でも、私が答えられるのはほとんど無いわ。精々ここが何処かという事くらい。それもあなたが聞きたい様なはっきりしたものじゃないけど」
白馬は憂いを帯びた表情で続けた。
「ここは城への道筋にある広い森よ。頻繁にではないけれどその城へ向かう馬車がよく通るの。道すがらに行けば森を抜けた丘の上に石垣の砦があって、そこにはいつも人がいるわ。」
やけに詳しく話してくれる白馬だとみろ子は思っていたが、その続きを聞いた彼女は一つ思い当たる節があった。
「お城は……大きくて立派な場所よ。その周りにある街もいつも賑やかで、遠くの山から見てたって人々の声が聞こえる程だったわ」
みろ子はその横顔に何か感じるものがありながらも自分の気付きを述べた。もはや最初に自分がした質問の事など既に忘れていた。
「あなたは……野生の馬じゃないんですね。お城か、その街で飼われてたんですか?」
白馬はゆっくりと顔をこちらに向け真っ直ぐに見つめてきた。しかし、その眼はどうにもみろ子ではなく別の誰かを想っているようだった。
「……エトラ。あの人が私につけてくれた名前よ」