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異世界でも騒がしい所は苦手です。  作者: 花鯨
プロローグ
2/15

プロローグ.02



***


 この季節に似つかわしい爽やかな風が湿気と共に私の頬を撫でる。普段はカツカツと音を立てる足音も、雨で濡れている地面では布地の上を歩くようにおとなしい。

 身体が冷えるのは避けたかったが、雨水が木々の葉を叩く音が好きなのでつい雨宿りをやめて出歩いてしまった。

 それに私が汗っかきというのもあり、近くにある綺麗な池で水も飲みたかったのもある。


 身体をすっぽり隠すくらいまである草木をかき分け私は小さな池に辿り着いた。

 普段は空の青さを受けて鏡面のような綺麗な水面を望めるのだが、今日は灰色がかっている上にすっかりぼやけてしまった水面だ。

 「まぁ、水の味が変わるわけでもないし。」


 私は心の中でそう皮肉りながら首をもたげた。ごくごと爽快な味が口の中に広がり、喉を通って腹の中へと解けていく。美味い。


 ここは好きな場所だ。先の綺麗な水面を拝めるのもあるが、なによりこの場所は他の仲間も知らない秘密の、私だけの池なのだ。

 アイツらに教える訳にはいかない。ただ水を飲むだけでもバチャバチャと騒がしいし、すぐに喧嘩を始める。そうなればここの静けさなど二度と拝めなくなるだろう。

 

 静かなそのひと時を堪能していると、私の耳が何かの音を捉えた。

 思わず頭を上げ、耳をその方へと傾ける。目をしっかりと見開くと、池のふちで何かが横たわっているのが見えた。

 

 さて、人か獣の類か、それとも別の何かか。自慢の視力で目を凝らすが、どうやら尻尾やツノは生えていない。

 起き上がる様子もないので、おもむろに立ち上がりいつでも逃げられる姿勢を保ちながら近付いていった。

 スンスンと鼻を効かせる。離れているが風下なのでこの距離でも充分にそれの臭いを知ることが出来た。

「人間……メスね」


 人間の臭いはよく知っている。ムワッとまとわりつく様なのがオスで、ツンと鼻を突く様なのがメスである。

 そして人間は私たちに対して友好的だ。私はあまり警戒せずにその人間へと近づいた。


 綺麗に手入れされた黒い長髪をしている。服装はここらで見たことのないものだが、異国のものだろうか。腕や、はだけて見える首元はまるで絹のように透き通っていて、今まで苦労して生きてなどいませんと言わんばかりだった。


 顔を覗き込むと頬に草の跡をつけてスースーと寝息を立てている。どうしてこんな所で寝ているのか、警戒心のかけらもない奴だと呆れる他なかった。

 しかしここでは冷えるだろうし、こんなやつじゃ襲われても負けるハズないと思い、私は彼女を起こすことにした。



***



「あなた大丈夫?起きられる?」


まどろみの中で、みろ子は優しげな声を聞いた。

 お母さんだろうか、いや、きっとお母さんだ。そうに違いない。


 普段ならそんな思考には至らなかっただろう。みろ子は優しく頬を撫でられた感触に少し顔が熱くなった。

 これはお母さんの手だ。良かった、お母さんだ。

 みろ子は母の手を握ろうと、撫でてくれているそれに優しく触れた。


 ぞりぞり。

 母の手に触れた最初の感覚だった。そもそも人の手ではなかった。

 思わず目を見開くと、そこには青白い細長い肌に黒々と目を備えた、馬面があった。

「やめてよ、冷たいじゃない」


 みろ子は悲痛な声を上げながらバタバタと仰け反った。しかし腰を上げた所で足を滑らせてしまい、大きな水しぶきを上げながら池の中へと落ちていった。

 今度はしっかりと苦しかった。流れ込んで鼻の奥を突く水にみろ子は顔を真っ赤にしてもがきつつも、また池の淵へと這い上がってきた。


 見上げた先には一頭の馬がいた。青みがかかった白い肌にまっさらな銀髪をたくわえており、首を振るごとに水滴がダイヤモンドの様に散っていった。

 その肌は一見すれば病弱なのかと思われたが、しっかりとした筋肉から来る佇まいに凛とした鋭くも優しい目つきは、たとえ今から一昼夜駆け回る事になっても気後れしない。そんな気迫を感じさせるものだった。

「落ち着いたかしら、お嬢さん」


 みろ子は目を丸くした。やはり先の声で間違いなかった。馬が喋っているのだ。

 全く整理がつかないみろ子は何も反応する事が出来ずに呆然としていた。

「あ………」


 何とか声を絞り出す。

「あの……ありがとう、ございます」


 喋る馬に何を言えばいいのだろう、馬耳東風という言葉もあるがこの定型的な謝辞は動物に理解できるのだろうか。そもそも、こちらの声がこの馬に理解できるのだろうか。


 佇んでいたその馬は少しきょとんとした風に首を振った。煌めく水滴が散り、パラパラと辺りの葉を鳴らす。

 「なんだか……感謝されたような気がしたわ……。気のせいかもしれないけど」


 馬は踵を返して草木を分け入り、森の中の薄暗さに少し溶け込んだ。

 みろ子が相も変わらず立ち尽くしていると、その馬は顔を横に向け片方の眼でこちらを見ていなないた。

「ついておいで」


 その一言がみろ子の耳に入り脳が理解するまでえらく時間がかかったが、濡れた身体を撫でるそよ風に震えて出たくしゃみが停止した彼女をハッと我に帰らせた。

 何とか馬が視界から消える前に、みろ子は脚を動かす事に成功した。



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