お披露目会 1
「あのすみません、あだ名決めたんですけどお披露目会で発表してもいいですか?」
私は5人のフルネームとあだ名が書かれた紙を、隣室のプロデューサーに持って行った。
「あー、決める時間取るつもりだったんだけど、もう決めてくれたなら時間短縮にもなるしありがとう」
私は食事場所に戻った。他の4人も大体食べ終わったところだった。あだ名が受け入れられたことを報告した。
弁当殻を何気なく見てみると、なっきぃが梅干しを端にどけていたのが見えた。私も梅干し嫌いなので、共通点を見つけられて少しうれしかった。
食べ終わってから少し時間が経過すると、プロデューサーがやってきた。
「それでは文化会館に向かいますので、こちらについてきてください」
5人は階段を下り、ビルの外に出た。そこに来ていた小型のバスに、一抹の不安と好奇心を抱え乗り込んだ。乗り込んですぐ、バスは移動を開始した。
「みんなさ、文化会館行ったことある?」なーなんは私たちに向かって質問した。私は、小学生のころピアノ発表会で舞台に立ったことがあることを話した。実は、舞台に立つことには不安はないことも。
なーなんを含めた他のメンバーは、実は1度も行ったことがないらしい。どんなところなのか質問されたが、言葉で説明はできなかった。すぐつくんだからそんな焦らなくてもいいと思うのに。
外を見ると、もう文化会館に到着していた。なーなんたちは「駐車場が広い!」と声を漏らしていた。
正門からホール内に入る。私が前回来た時と何も変わらず、入ってすぐの広間の天井にはシャンデリアがきらめいていた。
時刻は12時20分。発お披露目会まであと40分。それまでに部隊のすぐ横にある楽屋で衣装に着替え、メイクアップ、自己紹介の練習をそれぞれ行った。
準備のための時間は割と短く、気づけばもう12時50分になっていた。舞台脇に立ち、時間を待っていた。
「T県A市は、新しいアイドルユニットをプロデュースしました!」
プロデューサーでありこの市を代表する芸人、アカギリかつよしの声がスピーカーから聞こえてきた。
「本日はローカルアイドルお披露目会に来ていただき、ありがとうございます。」
「電子機器類は電源を切るかマナーモードに設定し、鞄の中にしまっておいてください。また、撮影・録音等、他のお客様に迷惑がかかる行為はご遠慮ください。」
この声を合図に、私たちは舞台上に出ることになっていた。
私たち5人は、舞台に上がった。私は1年前に昇ったことがあるのであまり緊張はしていないが、他の4人は、ほぼ埋まってる客席を見渡すように目線をきょろきょろさせていた。客席からエールが届いてくる。収まるまでいくばくかの時間を挟み、プロデューサーは続けた。
「今からそれぞれ一言ずつ自己紹介を行います。右から、福島七海さん!」
「はい」肩に届かないくらいの髪を揺らし、彼女は落ち着いた声ながらも笑顔で返事をした。
「福島七海、中学2年生です!特技はペン回しです。『なーなん』と呼んでください」
「「「なーなん!」」」観客席からコールが聞こえてきた。
「続いて、前田夏樹さん!」
「はい!」彼女は張り切った声で、力強く答えた。
「前田夏樹、中学1年生です!趣味はタピオカを飲むことです。『なっきぃ』と呼んでください」
「「「なっきぃ!」」」また観客席からエールが聞こえる。しかし、なーなんの時より少しばかり声が小さい気がした。
私は少し不安になった。自分のコールの声量が小さかったらどうしよう。気にしすぎかもしれないが、その思いは打ち消せなかった。
「続いて、笠山爽花さん!」
「はいっ」彼女は凛々(りり)しく張った声。少し間をおいて、次に続けた。
「笠山爽花、中学1年生です!趣味は楽器演奏です。あだ名は『そかか』です!」
「「「そかか!」」」観客が名前を叫ぶ。明らかになっきぃの時より声が大きかった。
はっきり自己紹介をすればコールは大きくなるよね、そう思って心を構えた。
「続いて、鈴木紫保さん!」
「はぃ」1文字目に力を入れすぎてしまった。明らかにぎこちない返事だった。
「鈴木紫保、中学1年生です!趣味は筋トレです。あだ名は『しふぉん』です!」かろうじてかまずに言えたものの、抑揚のつけ方は明らかに不自然であった。
「「「しふぉん!」」」私は生きてきて自分の名前のコールを聞く経験など1度もなかったので、若干なっきぃの時より声が小さい気がしたが、正直あまり気にならなかった。
「最後に、川上芽衣さん!」
「はい!」トリにふさわしい声量で彼女は返事する
「川上芽衣、中学2年生です!趣味は裁縫・料理です。あだ名は『かわみん』です!」
「「「かわみん!」」」観客席からコールが聞こえてきた。声の勢いは最初のなーなんと同じくらいで、かなり大きかった。
5人の発表が終わると、プロデューサーが「5人に拍手をお願いします!」と伝えた。会場は拍手で湧き上がる。正直、夢の中にいるような感覚だった。
拍手が収まると、「それではみなさんが気になっていると思われるグループ名を決定いたします!」と続けた。正直私たちが一番気になってると思った。
「まず5人でじゃんけんしてください。勝った人にくじで決めてもらいます」
観客から「えー!」と言う声が沸き上がる。ただ、声に出さなかっただけで私も「えー」と思っていた。多分他の4人も同じだっただろう。
「最初はグー、じゃんけんぽん!」1回目、あいこ。
「最初はグー、じゃんけんぽん!」2回目、パーを出して勝ったのは、なっきぃとそかか。
負けた3人は、二人のじゃんけんを見守っていた。
「最初はグー、じゃんけんぽん!」そかかが勝った。
「それではそかかさん、くじを引いてそれを読み上げてください」
スタッフが木でできた箱を持ってきた。その中に棒が何本か入っている。多分ユニット名がかかれているのだろう。そかかは、特に悩む様子もなく1本を抜き、「ヘリアンサスガールズ」と叫んだ。
私はその「ヘリアンサス」を知らなかった。みんなも多分ピンと来てなかったと思う。そんな私たちに、プロデューサーは説明を始めた。
「ヘリアンサス。原義では『太陽の花』ココT県A市の花、ひまわりの仲間の花。花言葉は『あこがれ』『輝かしい未来』『快活』。そう思って候補に入れられたユニット名です」
ローカルアイドルの花の名前としてよくできているな、と感じた。ほかの候補が何だったかは知らないが、そかかには割と当たりくじを引いてくれてありがとう、と感謝した。
プロデューサーは続ける。「これからヘリアンサスガールズとして彼女たちは青春を過ごします。盛大な拍手をお願いします」
この拍手の音は、今までの人生で聞いたどんなものよりも大きかった。これは夢じゃないんだ、というのが実感として戻ってきた。
「それでは前半の部終わります。今は13時43分です。後半は14時からです!」
私たちは楽屋に戻り、プロデューサーの指示を受ける。後半はファンからの質問に一人一人答えて行くコーナーと聞いた。事前に募集した中から、全員が答えられるような質問を5つピックアップした、とのことだった。
解答はアドリブでやってほしいとのことだ。仕方ないので従うしかないが、噛まずに言える自信は全くない。
とりあえず買ってきた水を飲んで心を落ち着かせた。前半は割とうまくいった。後半もそんな心配しなくて大丈夫だろう。
そう思いながら5人でしゃべってると、あっという間に後半が始まった。プロデューサーの合図で、私たちは舞台に上がる。今度はいすが置いてあった。
「それではみなさん座ってください」プロデューサーが私たちに指示する。それを聞いて、みんなはおもむろに腰かけた。
「私は、事前に募っていた沢山の質問から、5つ選びました。これを1つずつ全員に聞いていきたいと思います。それでは最初の質問は、『みなさんの10年後の夢は何ですか?』です。先ほどと同じ順番で並んでいるようなので、右から答えていっていただきます。まずは、なーなんさん、よろしくお願いします」
なーなんは少しの沈黙を置いた後、「学校の先生になって子どもたちと一緒に時間を過ごしたいです」と言った。
なっきぃもあまり思い浮かばなかったようだが、「できれば地元のケーキ屋さんで働きたいです。甘いものが好きなので」と答えた。
そかかは割と即答だった。「私は親のうどん屋を継ぎたいと思っています」
私の番だ。私は、人に希望を与えられるような、人があこがれるような存在になりたいと漠然と考えていた。そういう意味で、アイドルになった今夢の一部は達成されていた。しかし、10年後もアイドルを続けるのは現実的ではない。そう思い、私はこう答えた。
「私は10年後、トロンボーン奏者として有名になりたいです」
吹奏楽部とアイドル。重なるところは多いかもしれない。そんなことを考えていると、かわみんが発言した。
「将来の夢はまだ決まってないですが、趣味の裁縫・料理を活かせる仕事に就きたいです」
いろいろ考え事をしていると、プロデューサーが次に続けた。
「それでは2つ目です。みなさんの得意教科は何ですか?」




