順和13年8月16日 4
時計を確認すると11時過ぎ。武田さんは、12時半まで歌の練習を行い、その後昼ごはんにする、と説明した。窓の外から空が見えているが、空模様は曇りだった。ただ、雨が降りそうな雲ではない。私は魔法瓶に入っているお茶を飲み、床に置いた。武田さんも、鞄の中のペットボトルのお茶を飲んでいた。
「暑いので、倒れないように十分気を付けてくださいね。のどが渇いたと感じる前にお茶を飲むのがいいらしいです。汗をかきやすい人は、塩分のタブレットをもっておくといいかもしれません」
私は、スマートフォンに塩分補給用のタブレットの事をメモした。武田さんは続ける。
「長嶋さんの方針通り『希望の花言葉』を重点的に行っていますが、6:2:2くらいでナツアオソラと道端花の練習もやっていきたいと思っています。ですが、12時半までは花言葉の歌をやっていきたいと思います。
話を歌の方に戻しますが、覚えていないことによるタイミングのずれは、練習あるのみだと思います。そのことについてはここで色々言うより、実際に歌った方が間違いなく上達すると思います。さっきは別々に歌ってもらいましたが、次は同時に歌ってみてください。さっきの感じだと、多分私が目の前にいても普通に歌えるんじゃないでしょうか、と思ったので、私の目の前で歌ってください」
私たちは、ヘッドフォンをそれぞれつける。今回はヘッドフォンの横にあるボタンを押すタイミングがずれると、録音の関係上まずいということで、武田さんのPCから音源を流してくれた。私たちは、一応間違えないように歌詞を見ながら歌った。さっき教えてくれた子音・母音の発音の話や、タイミングの話も頭の中で反芻しながら、私たちは歌い終えた。すぐに、武田さんが私たちに向かって話し続けた。
「指導してすぐだからかもしれませんが、本日最初に歌ったときに比べて間違いなく、よりよくなっていると思います。このまま何度も練習を繰り返していきましょう」
私たち2人は、先生と3人で、地味だが楽しいレッスンをつづけた。12時半になったところで、武田さんは昼ごはんの時間にしましょう、と提案してくれた。私たちはTwitterのアカウントを武田さんと交換し、3人で世間話をしながら昼ご飯を食べた。
武田さんはもともと歌手になりたかったようだが、狭き門という現実を知りあきらめたようだった。私は7個目のオーディションだったし、かわみんも5回目でようやく受かったらしい。武田さんに、夢をあきらめずに何回でも挑戦すれば合格してたんじゃないのか、と聞いたが、そこまでする程でもない、と彼女的には思っていたようだ。彼女はそのことについて語り始めた。
「希望の花言葉の歌詞に『続くその道の先 見えなくなっても いつかはたどり着くよ 夢をあきらめないで』とありますよね。私の話ですが、色々なアイドルをずっと推していました。確か4年くらい前だったと思いますが、テレビでT県A市(略せばT県A市になってしまうが、ココとは違う市)のローカルアイドルユニット『NEWAWA』というアイドルグループがレッスンを受けているのを見たのが非常に印象に残りました」
NEWAWAは最近2期生が加入した、割とローカルアイドルとして有名になりつつあるグループだ。
「私はその時から、人に歌を教える仕事に就きたいと思っていました。今、こうやってアイドルグループの歌を指導することができて、とても嬉しいです。夢というのは最初に思った通り、私の場合は歌手でしたが、最初の思い通りにはかなわないかもしれませんが、何らかの形でかなう可能性は高いと思います。これも1つの夢をあきらめなかった結果だったのかもしれませんね」
私たちは、武田さんの話を真剣に聞きながら弁当を食べ終えた。




