順和13年8月16日 2
確かスケジュール的には、22日にナツアオソラの音源を録音する予定となっている。しかし、長嶋さんも私たちの不安を理解してか、希望の花言葉を重点的に練習してくれているようだった。私たちは彼に感謝の思いを伝えた。長嶋さんは続ける。
「希望の花言葉の歌詞ですが、サビはそこまで歌いにくいというわけではないと思います。その前のBメロの部分の方が歌いにくいかと思われます。笠山さんが1番のBメロ『心の奥から湧き上がる』、2番の『輝く未来と』という、この曲の中でも難しい部分にほとんど当たってしまっているので、まずはそのあたりを5人で練習してみたいと思います。歌詞のパートわりにの会議に私は全く参加しておりませんが、笠山さんには申し訳ありません、と私から言っておきます。難しいかもしれませんが、5人で頑張っていってください」
そかかは、苦笑いしながら「大丈夫です」と言った。私は、長嶋さんがこの曲のパート割を決めたのでなければ、恐らく私たちのことを全く知らない人が決めたのだろう、と思った。偶然なのか、それともオーディション時に歌の実力を把握したプロデューサーが「笠山さんって人が音程取るのがうまいので、ココの部分のパートを笠山さんに充ててください」と言ったのか、と想像してしまった。
私は、1番は『進みたい道の先』をなっきぃと2人で、『どうしようもない不安は』を5人で、2番は『輝く未来と』の次の部分の「憧れは」を1人で、その次の「道端花の花言葉」の部分を5人で歌うことになっていた。とりあえずBメロの部分の練習を行う、ということで、長嶋さんはPCを操作して音源を流した。
5人でBメロを一通り歌う。今日はどういうわけかわからないが、いつもに比べて声が出ている気がする。難しいと思って重点的に練習させてくれている部分を、今はわりとさらっと歌えた気がした。彼の言う通りで、私がこの曲で一番不安になっていたのは2番の部分だった。しかし、今5人で歌ってみた調子だと、割とうまくいく気がする。そう思っていると、長嶋さんは、私たちにこういった。
「今日の上達のペースで録音日まで向かえば、当日には全く問題はなくなっていると思います。今回の練習を自信にしてもらい、今日この後の練習や明日以降の練習につなげていってもらえれば幸いです」
私たちは、ありがとうございます、と彼に伝えた。
「今から10分ほど休憩となります。その後、2人-3人に分かれてそれぞれの練習に入りたいと思います。これは私で適当に分けさせていただきました。本日は私の指導所の2名の指導員を呼んでおります」
私たちは、一瞬ざわめいたがすぐ収まった。私は水筒のお茶を飲み、のどを潤した。
10分後、長嶋さんは20代前半くらいの2人の女性の方を連れて戻ってきた。
「今回のシングルの楽曲の指導を行うことになるのは、ここにいる武田さんと山崎さんです。自己紹介をお願いします。もともとは私一人で指導を行おうと思っていたのですが、厳しいものがあると感じたので」
彼は苦笑いしながら話す。彼の言葉に合わせ、2人が自己紹介を始めた。
「今回歌の指導に参りました、武田愛実と申します。私は歌うのが好きで、この仕事に就きました。皆さんの歌は先ほどの練習中のものを聞いております。私は、鈴木さんと川上さんの指導を行うことになっております。よろしくお願いします」
「私も本日、歌のレッスンのコーチとして参りました、山崎純花と申します。実は私も昔アイドルを目指していたんですけど、挫折してしまいました。みなさん5人には、私の分まで頑張ってほしいと思います。私は、笠山さんと福島さんと前田さんの指導を行います。よろしくお願いします」
私たちはそれぞれ担当のコーチに自己紹介をし、あだ名を教えてそれで呼んでほしいとお願いをした。あまり年齢が離れていないおかげか、2人とも了承してくれたようだった。私とかわみんと武田さん、なっきぃとそかかとなーなんと山崎さんは、それぞれレッスンが行われる部屋へと向かっていった。




