オーディション 2
しかし、話し終わると私としても意外と落ち着いていた。時計の針は14時半を指している。あと30分。周りを見渡すと、多くは自信がなさそうだった。本を読んで時間をつぶしている者もいれば、隣の席と会話してる人、眼鏡を掃除している人もいた。
私はもう1度勇気を振り絞り、隣の席の人に「一緒に頑張りましょう!」とエールを送った。
ユニット1期生の人数は変わらなければ5人。このオーディション参加者を80人とすると、倍率は16倍。決して低くはないが、今まで受けた100倍を超えるものに比べればずっと低いと自分に言い聞かせていた。
私が座っている37番席は窓から2番目の席である。窓の外を見てみると、鳥が自由に空を飛びまわっていた。私は寝不足をごまかすかのように、時間がくるまで外の景色に没頭していた。
「あの、あなたのお名前は何というのですか?」
軽くタッチされて話しかけられたので、誰だろう?と振り向くと先ほど私が話しかけた隣の子だった。
「鈴木紫保です、紫と言う字に、保全の保で」
臆病さは隠したつもりだったが、小声になってしまった。私はこの子なら仲良くなれそうだと思い、「そちらのお名前は?」とさらに会話のキャッチボールを投げ返した。
「笠山爽花、竹冠に立つ、山に、爽やかな花です」
その説明でどういう字なのかは分かったが、私は爽の字を書くことができないことを話した。爽花ちゃんは私の話を笑顔で聞いてくれた。会話も弾み、オーディションの説明の時間がくるま
でずっとたわいもない話をしていた。
気づいたら15時になっていた。数名来ていない人がいたようだったが、それでも70人程度は来ている。ドアが開くと、一人の男性が入ってきた。去年流行語大賞をとったがすぐ名前を聞かなくなった、アカギリかつよしという芸人だ。
「それでは時間になりましたのでオーディションを始めさせていただきます」
私たちに向けて、プロデューサーは説明を行った。
「歌を隣の部屋で歌ってもらい、10秒ほど自己紹介をしてもらいます。事前にメールで説明したと思いますが、課題曲は『ツバサ』です。力まずに普段の声量で歌ってください」
先日メールで送られていた曲は、私としてもそれなりに聞きこんだつもりだった。しかし、緊張が止まらない。もうどうしようもないので、私はそれを受け入れることにした。
ブロックごとに歌を歌い、自己紹介を行うことになっている。1ブロックは6人で、どうやら私は第7ブロックのようだ。37番ということは、歌うのは1番最初だということだ。後続のメンバーに自信を与えるためにも、私はちゃんと歌わなければいけない、と言う思いが芽生えてきた。
審査の部屋は3つあったため、進むスピードは速かった。私は、もう審査室の横の待合室にいる。焦りの中で歌詞を間違えないように、と言う不安が頭の中を占めていた。頭の中が真っ白になっていきそうだったが、「みんな不安なんだ」と再び自分に言い聞かせた。
そんな中、1人の子が力強い声でこういった。
「みんなで一緒に通過しましょう!」
その子の一声のおかげで、私の緊張はほぼ完全に解けた。どんな結果になっても、私は全力を尽くしたと思える、そんな自信がどこからか生まれてきた。
「第7ブロックのみなさん、こちらに移動してください」とスタッフが案内する。6人が一斉に「はい」と返事した。運命の時間が訪れた。
部屋に入ると、そこには審査員が2名いた。
「こんにちは!よろしくお願いします」
お互い笑顔であいさつし、席に座った。
「それでは早速37番、鈴木紫保さん立ち上がってお願いします。歌う部分は『雨上がり』の部分から最後まででお願いします」
今まで練習してきたすべての力を注いで私は自己紹介を行った。
「私は鈴木紫保です。吹奏楽部でAB型で、趣味は体操・筋トレです!」
自分の自己紹介が他の5人にどう思われたかなんて知る由はない。しかし、自分としてできることはやった、という達成感が自信につながった。
「雨上がり 水たまりに映りこむ虹 軽く飛んで」
「ココから始まる僕らだけの世界」
「二人の道は続く 遠くに広がるあの海まで
一緒に駆け抜けよう 遥かどこまでも進もう」
時間にしておよそ30秒。まだアイドルは始まってもいないのに、気持ちとしてはもうひと段落ついていた。
「ありがとうございました。」私は席に腰かけた。
「続いて38番、横山実玲さん立ち上がってお願いします。先ほどの方と同じ部分を歌ってください」
「私は横山美玲、吹奏楽部でA型です。」
自己紹介後、歌の同じ部分を歌った。声は澄み渡っていて、私には到底かなわないと思った。音程は訓練で直せるが、声質を変えるのは難しい。今までの流れで咲きかけた弱い自信がまたしぼんでいく音がどこかから聞こえたような気がした。
39番、福原莉緒。40番、早川蓮花。41番、鈴木有希。42番、高島ななみ。6人の審査が終わったとき、私は軽くため息をついた。6人全員があまり希望を持てずに、烏雲の下をどんより歩いていた。他のブロックのオーディションの様子がどうだったかはわからない。しかし私には、それを知りたい思いもあれば、知りたくないという思いもあった。
結果が郵送されるのは2週間後。その日になればすべてがわかるからいいよね、と思っていた。私はまだ12歳の中学1年生。失敗してもまた受け直せる、と少し希望をもって駅まで歩いた。
A駅は、学校の最寄り駅でもある。普段は自転車で通学するが、汗をかきやすいこの時期は汽車を使っている人も多い。定期を見せて駅のホームに入ると、3号車目の前で爽花ちゃんが立っていた。会場でまだ30分ほどしか話していないが、もう気の置けない関係になっていた。
「オーディションどうでした?」私は質問する。
「多分ブロックの中では1番になれたと思います!」
まず自分がどうだったか話すべきかな、と思った刹那に満面の笑顔が返ってきた。それに続けて、彼女はTwitterの交換を提案した。私はその提案を受け入れた。プロフィールに「中学1年生」と書いてあったので、私は爽花ちゃんと同い年だということを伝えた。すると、「あ、別に敬語使わなくてもタメ語でOKですよ」と言ってくれた。
彼女はA駅の次駅のM駅で降りてしまった。私は、あんなに自信とコミュ力のある人なら、絶対合格するだろうなと思った。私はもう、揺れる電車の中で彼女と一緒にアイドルとしての青春を過ごすことを思い描いていた。