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MV撮影 その2


2日前に来たその時は建物はよく見ていなかった。今改めて見てみると、建物自体はそこまで古い印象は受けない。しかし、どこか昔からありそうな、そんな温かい雰囲気を受けた。私たちは中に入り、撮影する部屋を訪ねた。長方形の机があり、6個いすが置いてある。

「それでは座ってください」プロデューサーの指示に従って、決められた席に腰掛ける。そして、千葉さんも私の正面に腰掛けた。


「少し間をおいて撮影を行うので、それまで自己紹介でもしていてください」


五人は、それぞれの名前、趣味などを千葉さんに話す。逆に千葉さんも、昔好きだったもの、今はまっているものなどを教えてくれ、あっという間に時間が経った。20分ほどしてカメラマンの方が入ってきて、「それでは撮影を開始します」といい撮影を始めた。カメラが回ったことを確認して、千葉さんが花の絵をプロジェクタに映して話し始める。


「今回は日本の花について話をしていきたいと思います。突然ですが、日本を代表する花はなんだと思いますか?私の左から順に時計回りに答えていってください」


かわみん、なっきぃ、私、そかか、なーなん。満場一致で「桜」と答えた。正直私は「ヘリアンサス」と答えたい気持ちもあったが、ココでボケるべきではないと直感的に思った。千葉さんは5人の解答を聞いてから続ける。


「皆さんのように、この質問をされたら『桜』と答える人は多いでしょう。しかし、万葉集では桜は約50回、梅は130回出てきます。日本の花が桜になったのは、実は平安時代のことなのです」


私たちは、へえ、という表情でうなずく。千葉さんは続けた。


「もちろん当時も、桜はすぐ散るものでした。花が散ること・花の儚さに注目した和歌も多く読まれています。例えば、『散る花もまた來む春は見もやせむ やがてわかれし人ぞこひしき』という歌があります。これは『散っている花も来年になればまた見られるのでしょうが、なくなってしまった祖母とは再会できない。恋しくてならないよ』という意味です。」


「梅の花は中国から入ってきました。万葉集にも多く読まれており、梅に関する歌を詠む会というのも行われていました。『梅は鏡前の粉を(ひら)き、蘭は珮後の香を薫らす』という一節が万葉集にありますが、『梅は鏡の前で化粧をする女性のように開き、蘭の匂いは、装飾品をつけた人のような香りである』という意味です。よくわからないかもしれませんが、梅の花が化粧をしている女性のように綺麗だった、という意味ですね」


正直、向日葵とかその辺に関する話をされると思っていた。少なくとも、日本の文化について絡めて話をされるとは思っていなかった。だから、私はその話を夢中に聞いていた。


「ところで、みなさんは全員方定ほうじょう生まれでしょうか?」

元号が順和に変わったのは12年前の5月だから、今の中学生は全員そうです、ってなっきぃが発言した。それを確認した後、千葉さんは話をつづけた。


「実は、方定に決まったとき、候補に令和れいわがありました。それがこの梅の花の部分なんですね。大伴旅人おおとものたびとは宴会で、『初春は()き月にして、気はよくく風は和らぐ』という漢文を書きました。意味は『2月の寒さが和らいできたころ、気候は澄んでいて風は和やかである』です。この後、梅の花を題材にした詩を、その宴会に集まっていた人は詠みました。令の音には冷たいイメージがあるかもしれませんが、実は『令息れいそく』『令兄れいけい』にも使われるいい意味もある漢字なんですね。過去にも『令徳れいとく』って元号があったんですよ」


令和。しっくりこないが、それは採用されていないからだろう。順和だって、候補に「平成へいせい」「保佑ほうゆう」があったと聞いたが、どっちも微妙な印象を受ける。しかし、もしこのどっちかに決まっていたら、逆に「順和」がしっくりこなかったんだろうな。そう思っていると、千葉さんは私たちに2つ目の質問をした。


「梅の花と桜の花。どちらも日本を代表する花ですが、2つを聞いてどのように感じますか?少し話し合ってみてください」


私は、梅は桜に比べ少し”古い”印象がある、と発言した。あと、梅干しが嫌いだっていうことを。なっきぃも梅干しが嫌いなことに同意していた。


かわみんは「私の庭に梅の木があるので梅の方が身近に感じる」と言った。私にとっては、梅の花は近くにないので、あまりそういう印象は受けないが。


そかかは、「梅って桜より雅な感じ。桜は日本の花だけど、春を鮮やかに彩るから、きれいだけど雅とは違う気がする」と言っている。あー。何となくわかる気がする。


それに対して、「桜は出会い・別れのシンボルになってるからじゃない?」となーなんは付け加えた。そかかも同意している表情をしていた。


何となくまとまる。梅の雅さは、景色を鮮やかではなくおとなしく彩ることが由来となっているんだろうか。千葉さんは私たちの話し合いを受けまとめた。


「桜の花に比べ、梅の花には”意外さ”を感じる人が多いのかもしれません。今春の代名詞、つまりどこでも見られる花は桜です。人間はよくあるものには、愛着を覚えても、畏怖の念は覚えないのかもしれません。梅の花というと、今は”奥ゆかしい”というイメージを持つのではないでしょうか。だから、梅は雅と思う人が、ココの中には多いのでしょうね。しかし、梅をよく見る人だと違うのかもしれません。梅の花が庭にあるからよくある、って方にとっては梅はそこまで雅に映るないのかもしれませんね。『かわみん』さんであってますか?」


「はい、かわみんで合っています。梅の花は私の家にずっと植わってる花なので、美しいとは思いますがそこまで珍しいものとは感じません」


「なるほどです。個人の生まれ育った環境によっても花に対する印象は違うんですね。梅はもともと日本の花ではないですが、当時の『日本を代表する花』でした。今は桜ですが、これは本来の日本の花ではないんです。ですが、梅と桜は我々の胸に息づく、私たちの花と言っても間違いではないと思います。ともに日本の文化に根差した、強い意味を持つ花なんです」


そう言って千葉さんは話を締めくくった。私たちは拍手を送る。

拍手が収まった後「動画止めます!」の掛け声でカメラマンが撮影を終了した。その後、プロデューサーは説明する。


「とりあえずここで撮影は一区切りですが、まだ完全に終わったわけではありません。今日撮った動画は、希望の花言葉のサビ以外の部分で使われます。しかし、サビ以外の全ての動画が今日撮影されたもの、というわけではありません。向日葵が咲く場所で花を見ながら会話しているシーンも入れようと思っています」


私は、まあそれはそうだよね、と思った。


「今、12時20分です。13時まで、昼食の時間となります」

段ボール箱に入ったハンバーグ弁当が運ばれてきた。私たちは、いただきます、と言って弁当を食べ始めた。


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