順和14年8月16日 4
正直、私の一人称はだいぶ前から私だった。少なくとも、僕にしようと思ったことは一度もない。もう少し声が低ければ「男装して一人称僕」というのもなしではないのかもしれないが、それもいわゆる「僕っ娘」とは違う属性の何かになるだろう。
「しふぉんさんってボーイッシュですよね」
私の姿を見ていたサツキさんは話す。髪の毛が短いからなのか、それとも服装があまり女子っぽくないのか、はたまた単にキラキラしたものが似合わない印象なのか。身長が高いからというのも要素の一つにあるのかもしれない。実際の印象はこれらのひとつだけでなく、他にもいろいろあるのかもしれない。
「正直、服装場合によっては女装した男子に見えるかもしれないですね」
れんれんさんもサツキさんの発言を認めたうえで発言した。実際の所、自分の外見がそこまで"女子力"が高くないところは自分でも認めざるを得ない。髪が一番伸びていた瞬間でさえも耳にかかったことが無いほどに髪は短いし、スカートよりも渋い色のズボンを愛用している。(実際大きくないが)胸もそこまで大きく見えないという点も関係しているのかもしれない。
少なくとも、自分の第一印象が「背が高い人」や「男だと思った」となるのも無理はないレベルであることは理解している。正直、それが嫌というわけでもないのが現状だ。
実際、今年9月の文化祭で男装を行うことは決定している。どんな見た目になるかわからないが、自分で言うがだいぶ男子っぽくなる(イケメンとは言ってない)と思う。マスクしたうえで低い声を出せれば、多くの方に男子っぽいと思ってもらえると自負していた。
正直、私の感覚としては「女子っぽい」と言われるより「男子っぽい」と言われる方がうれしいと感じるようになってきていた。決して自分の性別に違和感があるとかいうわけではないが、なぜかそう思うようになっていたのだ。
私は水筒に入っているお茶を口にした後ボールを投げた。
正直筋力や腕力に自信があるわけでもないが、意外と重いボールを持っているねと言われた。実際の所、練習をしているわけではないが、事前にボウリングについて調べてはいた。ボールの持っているエネルギーEは、回転運動がないという前提であればボールの速さvと質量mを用いてE=mv^2という数式で表されるらしい。単純に言えば、重いほど、そして投げるスピードが速いほど勢いが強くなるということだ。
そして、実際に投げてみたところ、ボールの質量を少し変えても速さは(多少減りはするけれども)そこまで変わるという印象はなかった。自分が持てそうな質量のボールを選んだ結果、13が一番持ちやすいという結論に至った、というわけだ。
13ポンドは約6kg弱だ。少しばかり重い気がしなくもないが、気になるというほどでもない。身長が高い関係上これが一番持ちやすくなるのかなと思っている。
勢いよく投げたボールはまっすぐ進んでいった。色々と試行錯誤をしてはいるのだが、どうも「変なテクニックを使わずに真っすぐ投げる」方法がうまく行っている気がする。他の人たちの投げ方を見ていても、何となくそう思う。
「実際、しふぉんさんってマッチョなんですか?」
宮下さんは聞いてくる。正直、自分がマッチョだとか筋肉がついているというイメージはない。しかし、正直な話自分ではわからないというのが答えだ。
実際、重いものを持つのは嫌いではない。体力のない男子よりかは重いものが持てるという基準になるのかもしれない。
そんなことを話し合っていると、1ゲームが終わった。結果は以下の通りだ(カッコ内は前回の数字との差)。
私:142(+13)
宮下さん:136(-5)
ハッシさん:156(-14)
さつきさん:174(+26)
れんれんさん:148(+30)
正直なところ、自分が平均すれば何点取れるのかっていうのもわかっていない。そんな中でも、この数字はそこまで悪くはないのではないかと思わなくもなかった。昼ご飯休憩が1時間入り、そのあと再開となる。私はメンバーで集まって、出された弁当を食べた。
「みんなにちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「なに?」
私の問いかけに対してかわみんは反応した。私は、思ってることを話した。
「私たちがアイドル活動初めて1年くらいたつじゃん? そこまでの活動記録を小説のようなものにしようかなって思ってるんだけど、どう思う?」
実は、私のアイドル活動についての話を小説風に書こうと思いはじめたのがこの時期である。なんとなくメモを取ったりしている日は記憶にあるが、別に日課として日記を取っているとかいうわけではないので、正確に起こったことを把握し切れていないことはあるのかもしれない。
「なにそれ、面白そう!」
かわみんはポジティブな反応を示していた。他の3人も気になるといってくれている。私は、少し勇気づけられた気がした。
実際のところ、メモに加えて、YouTUbeにあがっている動画やファンのブログ、そしてTwitterや公式サイトなどの情報からその日何があったかを思い出しながら執筆していることになる。正直、実際にあったことと食い違った内容が書かれている可能性は高い。
「アイドルの活動みたいのを小説風に文章にしておけば、今後活動する人の役にも立つだろうし、って思ってね」
私は思っていることを話した。もちろん、まだ構想の段階であり、実際には1文字も書いていない。
「でもさ、ここまであったことを完全に覚えきれてるわけでもないからね、読んでもらって事実と違うところがないか確かめてもらいたくて」
4人は、なるほど、と言った風にうなづいた。私は続きを話した。
「まだ1文字も書いてないけど、書き終わったらLINEに送るから、もし実際にあったことと違うところがあったら教えてほしいって話ね」
4人とも、面白そう、わかった、と言ってくれた。私は、嬉しい気持ちになった。




