明日のMV撮影
「休んでたのって、もしかして?」万咲ちゃんまでもか。私は苦笑いしてその場を逃れるという姑息な手段しか取れなかった。
いつも通学に用いているA駅に到着。4人のうち、万咲ちゃんと亮太君は私と同じ方面。他の2人は反対方面だ。
そういえば、学校に来るときは普通に電車で来た。しかし、「見つかるとまずいことになる」を理由として、普段の送迎は車で行われることになっていたと思う。
事務所であるそのビルはA駅のすぐ近くにある。だけど、そのビルに向かっても、今人がいるかはわからない。ココで抜けて確認に行ったら間違いなく不審がられてしまう。
それを避けるため、今日はいつも通り電車+バスで帰ることにした。これからどうやって学校に行く・帰るのか、そんな考え事で上の空になっていたので、万咲ちゃんと亮太君の2人の会話を聞き流すことしかできなかった。
亮太君はA駅の次のM駅で降りるのだが、万咲ちゃんは私の最寄り駅であるA野駅の2個先、Y駅で降りる。亮太君が下車してから15分ほど、私は話をした。とはいってもアイドル活動の話はできなかったけど。
「じゃあね」私は電車を降りる。正直、今日は早く電車を降りたかった。少なくとも私は、電車の中にいた人からは「しふぉん」としては認識されなかったようだ。
私はバス停で、LINEでマネージャーに今後学校行く時どうするか尋ねた。するとすぐ既読が付いた。返信を待機しつつ、待ち始めてから3分ほどで到着したバスに乗り込んだ。
バスに乗ってすぐ、
「これからは可能な限り送迎させていただきますが、どうしても日程の合わないときは電車で行っていただくことになるかもしれません。幸いにもあなたの学校はビルから近いので、最悪の場合そこに来てください。誰かいますので」
という趣旨の返信が帰ってきた。私は「了解いたしました。」とだけ返信し、親にもこの旨をつたえた。
バスは家のすぐ前を通る。定期を駅員に見せて下車し、家の中に入る。
「ただいまー」返事はない。まだだれもいないようだった。でもまだ12時半だから当たり前か。
私は親が作ってくれたおにぎりを自分の部屋で食べ、LINEの友達のメッセージを確認した。ヘリアンサスガールズのライングループに50件ほど通知が来ている。私が部活をしている間、ちょっとした話をしていたようだった。
しかし、最後のメッセージは1時間前。今会話に入ろうとしても遅い。そう思った私はスマートフォンをしまい、夏休みの宿題に手を付け始めた。読書感想文は、小学校のころ苦労し続けたからもう済ませてある。数学理科・英語は好きだから、後回しにしてもそこまで後悔はしないだろう、と踏んでいる。問題は地理のレポートだった。
私は社会・国語が大の苦手だ。だから、将来は絶対に理系に行く。そう決めている、というか小学校のころから決まっていた。弟は小学校4年生だが、文系か理系か、自分ではまだわかっていないようだった。
近くの机からチラシを1枚とって、レポートの下書きを書き始める。下書きと言っても、どこにするか程度のメモだけど。どこか好きな国を(複数の比較でもOK)決め、その国の文化・気候・宗教等についてA4の紙1枚にまとめることが課題だ。
あまり覚えていないけど、私が小学校3年生の時に家族でマレーシア・シンガポールに行ったことがある。だから、その2国を比較する、という方針で行くことにした。
母が昔マレーシア、父が昔シンガポールに住んでいたらしいから、帰ってきたら話を聞こう。そう思い、私はそのチラシをクリアファイルの中に挟んだ。
Lineを確認すると、マネージャーの高橋さんからメッセージが届いていた。
「明日の10時に家の前で待機お願いします。明日は撮影がある(ダンスパート以外のところ)なので、必要な支度をして待っていてください」
うん、今回は覚えてる。だけど、忘れることもあるだろうから感謝はしている。私は「了解しました。ありがとうございます」と返信した。
そういえば、まだ「希望の花言葉」の練習をしていなかった。一応ちゃんとレッスンはやるみたいだから、そこまで焦ってはいない。だけど、難しいから家でやっておくべき、だと私は思っている。
1番と2番は同じメロディーだから、1番を歌えれば2番はいけるだろう。そう思い、私は1回練習で歌ってみた。Bメロだけちょっと調が違うので難しいが、それでもいつかは慣れる気がしていた。
音源をイヤフォンで聴きながら、10回ほど歌う。テンポが速いからきつい、というわけではないので、何回も歌っていたら慣れてきた。私はスマートフォンで自分の声を録音し、音源と自分の歌を重ねた。
音源なしではうまく歌えていると思っても、重ねてみるとぜんぜんダメだった。CDには加工が施されるかもしれないが、ライブで歌う機会もこれからあるだろう。その時にちゃんと歌えるのかな。そもそも、どうして私がこれで合格できたんだろう。私は突然そんな不安に襲われた。
私は不安になるといつも体を横にして眠る。そんな精神状況で、まともにものを考えることはできないからだ。これは言い過ぎかもしれないが、私の今までの失敗の多くの原因は、心が折れているときに判断を下したからだと思っている。
まだ15時過ぎだが、私は布団に入って仮眠をとることに決めた。どうせ起きればこんな不安なんて消えてることを信じながら。
目が覚めたら外は暗かった。いつも昼寝すると、「今何時だ?」と焦ってしまう。スマートフォンを見ると6時16分。もう弟は帰ってきている時間だ。
Lineに通知は特に来ていない。マネージャーの場合返信が遅れすぎるとまずいことになるからこれについては良かった、と思った。
下の階から料理している音が聞こえてくる。弟は料理好きなため、毎週水曜日はいつも弟の当番になっている。まだ両親が帰ってくる時間じゃないし、今は多分弟が調理しているのだろう。
夜ごはんができるのを待ちながら、私はMVのイメージをしながらベッドの上に横たわった。
マネージャーには「『希望の花言葉』のサビでない部分で用いられる、公民館で花についての話を聞く動画を撮影します。特に台本とかはありません。普段の自分を出して撮影してください。声はMVには収録されないので、あまり意識しなくても大丈夫です」って言われている。
ダンスをするわけでもないし、気軽にやればいいか。私は、5人で花の話を聞く場面を思い浮かべ、イメージトレーニングを行った。
ヘリアンサスは、ここT県A市の花、向日葵の仲間である。ひまわりの花言葉は「憧れ」「崇拝」「君だけを見つめる」。ヘリアンサスのものとほとんど同じだ。今から30年近く前の方定11年、エネルギッシュで力強い花として制定されたらしい。市内ではどこにでも咲く、というのも選ばれた理由、とネットには書いてあった。
私は花にはそこまで興味はなかったが、それでも自分のグループの名前に入っている分少し気になってはいる。明日の花についての話、海辺の撮影を楽しみにしながら、5人のライングループに明日楽しみ、というメッセージを送った。




