三話 ベールを脱いだ奴隷たち(意味深)
やぁみんな、俺だよ!
回想は見ていただけただろうか?
今は亡きトーマスさんの仕事を引き継ぎたいという義憤に駆られた俺は、理性的な判断を失って、ノリと勢いで仕事のクライアントである領主さまの屋敷に突撃してしまったんだ!
そして男は美女奴隷という名の三つの地雷に出会ったのです。
今となっては後悔しかないよね。
そもそも、俺は奴隷使いが何をする仕事なのかもよくわからんし。
調教って具体的になにするの? おっぱい揉めるの? エロゲなの?
ま、まぁ俺はあくまで義憤にかられただけだし、奴隷とか調教とか、大金とか、そういうなんていうのかな、俗っぽい言葉につられたとかじゃあ断じてないんだけどさ。
●●●●
「ウォーク様。改めて、領主さまからのオーダーを今一度確認させていただきます」
「よろしくお願いします」
奴隷たちとの対面を済ませた俺は、その後に別の部屋に案内された。
どうやらここで、依頼の詳細を話してくれるらしい。
そのお相手は変わらず、メイドのお姉さんのままだ。
正直、もう依頼とかどうでもいいからこの場から早く逃げ出したい。
冷静に考えて、あの三人を俺がどうにかできるとも思えない。
『隷属の首輪』で縛られているとはいえ、あんな動く核爆弾みたいなのの側にいるのは危険すぎる。
もうただの御者に戻ろう。
そしてしばらくは拠点を変えるとしよう。
しかし、この屋敷を出るまではトーマス・ウォークのふりをする必要がある。
もう少しの辛抱だ。
「領主さまからのオーダーは二つ。一つ、彼女たちを屈服させ、従順な奴隷に仕上げること」
俺は至極真面目な表情で頷く。いくらやる気がなくとも、外面にそれを出すわけにはいかなかった。
どうでもいいけど、このメイドさんも美人だなー。
おっぱい大きいなー。
これを侍らせる金持ちっていいなー。
「二つ。彼女たちの力を引き出し、万全の状態で戦えるように調整すること。以上の二点を一年以内にお願いいたします。期限内に終われば約束通りの報酬をお支払いしましょう」
ん? 今なんか変な事いってなかったこのメイドさん。
下手に質問をして口数を増やすと、俺が偽物とばれるリスクもあるが、これはどうしても気になる。
「一つよろしいか? 『万全の状態で戦えるように』とは?」
メイドさんは少しだけ怪訝そうな顔をする。
うぐ、やはり本物のトーマスさんはご存じなことであったのかな?
「いえね、一応の確認ですが」
慌てて一言付けたした。
余計な気もしたが、メイドさんは納得したようだ。
「彼女たちは、三人が三人ともに伝説級の力があります。それはトーマス様もご存じでしょう?」
俺はこくりと頷く。
ああ、存じているとも。
なにせ、吟遊詩人が歌にするような三人なのだ。
こっちの世界に来てから半年の俺でもご存じな有名人。それも物騒な方面で。
「しかし彼女たちは、自らの力を自分の意志で封じているようなのです」
「と、いいますと?」
「まずドラゴンのユーディットですが、何故か本来のドラゴンの姿になろうとしません。現在彼女がとっている人間の少女の姿。あの状態であれば、どうやら人間とそう大差のない力しかでないようです」
俺は彼女の姿を思い出す。おっぱいが大きかった。
いや、今それは関係がないか。
なるほど、やはりあの姿は仮のものか。
本来の姿は伝説通りの巨大なドラゴンなのだろう。
「何故ドラゴンが人間の姿を?」
「なんでも、吟遊詩人の歌う人間の恋物語にハマっているようでして」
「は?」
「彼女曰く。「ドラゴンの姿は可愛くない」らしいです」
「は?」
「……。信じがたいですが、本当ですからね。受け入れてください」
常に優雅な表情だったメイドさんに、苦心の色が見て取れた。
以前にも別の人に説明して、理解されなかったことでもあるのだろう。
「……はい」
恋したいドラゴンか。そんな存在があり得るのだろうか。
……ありえるか。そんなラノベがあったようななかったような。
「春風ですが、彼女はその魔法の実力が大陸随一であるのはご存じですね?」
予想の斜め上を行く話であったが、まだあと二人分控えている。
次は『傾国の妖狐春風』か。
「ええ、魔法の天才。そう歌われているのを聞いたことがあります」
「その彼女なのですが……。魔法を自分で封印してしまったようなのです」
またもや、メイドさんの顔に影がさした。
魔法の天才が魔法を封印、か。
「ええと。そこにはどんな意味が?」
大層、大きな意味があるのだろう。
なにせ『傾国の妖狐』がやることだ。
「彼女は魔法の次は拳闘術を極めたいと。魔法があるとそれに頼ってしまい訓練の妨げになるので、自分から封印したようです」
「……ストイックですね」
「それで彼女に拳闘術の才能があるなら、まだいいのですが」
「……ないんですか?」
「控えめに言って、ないですね……」
メイドさんは虚ろな目で言い切った。
そういえば、春風本人も拳闘術がどうとか言っていた気がする。
俺は春風の女性らしい華奢な体躯を思い出す。
確かに、あれで凄い力とかで殴れるわけないよな。華奢な女性が、拳一つで自分の何倍も大きい魔物をぶっ飛ばせるわけがない。
そんなのリアルじゃない。まるでファンタジーだわ。
ってこの世界はファンタジーだったか。アハハ!
「本人にそれを伝えてはどうです? 拳闘術は諦めるかも」
「それで怒って、魔法を使って暴れたら誰が責任を持つんですか?」
「……なるほど」
俺とメイドさんはお互いに黙って、ズズズと茶をすすった。
突拍子もない話ばかりなので、ここは小休止が必要なのだ。
俺はぼんやりとコップの底に沈んだ茶葉を眺めつつ、メイドさんが三人目の話をしてくれるのを待った。
やがて、メイドさんが口を開く。
「最後にアマリアです。一度話したかと思いますが、彼女は吸血鬼でありながら、もう長い間、人の血を吸っていないようなのです。だから彼女は現在、普通の少女と違いはありません」
「何故彼女は血を吸わないのでしょう?」
「それは……わかりません。アマリアは他の二人に比べて、口数も少ないようで」
「そうですか。しかし、それは悪いことなのですか?」
本来、血を吸うはずの吸血鬼が血を吸わない。
それは犠牲になる人間がいないという事だ。
寧ろ、平和でいいことのように思える。
「他の二人にも同様のことですが、確かに、彼女たちが大きな力を持たない方が平和でしょう。力が封じられているのなら、そのほうがいい」
メイドさんの言葉に俺は頷く。
「ですが領主さまは、彼女たちの戦闘力も見込んで莫大な額で購入したのです。このままでは領主さまは大損ということになってしまいます。これはよろしくありません。わかりますね?」
「……なるほど。その通りで」
そこまで考えが至っていなかった。
奴隷使いを名乗るのであれば、そこまで察している方が自然だっただろう。失態を演じてしまった。
少し考えればわかったことだ。奴隷とは商品だ。
何かに利用するために購入される。
彼女たち三人、世界を揺るがす武力を領主がなんの為に購入したのか。
それは俺程度が質問していい話ではない。
聞いたが最後、俺は胴体とおさらばしなくてはいけなくなるかもしれない。
だから俺は、聞かない。
「このままでは使い物にならない。だから貴方が呼ばれたのですよ、ウォーク様」
ジッと、メイドさんは値踏みするように俺を見据えた。
そうか、彼女たちを従順にして、力を引き出すこと。
それはつまり、彼女たちを『兵器として運用するため』か。
「ここまで話を聞いた以上、もはや貴方様にはこの依頼を断るという事はできません。以前にお話ししたように、この屋敷に来るとはそういう事でございます。命を投げ出す覚悟ができたのですね?」
ちょっと待て。そんな覚悟は俺にないんですが。そもそも以前に話したトーマスは別人です。
トーマスさんもさ! 俺はそんな話聞いてないよ?
なんで俺には美味しい依頼みたいな感じで話したの?
マジでヤバい依頼じゃないかよ!
でも、仕方ないか。ヤバい話だからこそ、本当の話を御者なんかに話せるわけがなかったのだ。
俺が固まっていると、メイドはニコリと笑みを作った。
「申し訳ありません。貴方様には愚問でございましたね。先ほど宣言しておりましたもの。必ず依頼は達成すると」
あぁあぁああー!
なんかその場のノリでそんなこと言ってたわ!
アカン! もう俺は逃げることもできないのか!?
俺が内心で悲鳴を上げていると、メイドさんは机の上に大きな布袋を置いた。
ジャランと、硬質な金属の音がする。
彼女がその袋の口を開くと、中から素敵な光が漏れ出てきた。
実際に光っているわけではない。
しかし俺には、その中身が神々しく光っているように見えたのだ!
「こちらは、当座の雑費でございます。少ないですが、生活やお仕事にお使い下さい」
金! 金! 金!
おいおい、全部金貨じゃないか!
貧乏人の俺には、目がつぶれてしまいそうな程に大きな額が袋には入っていた。
それが少額だと、このメイドは言うのだ!
「足りなければ仰って下さい。追加をすぐに用意いたします。更に私共は、ウォーク様が快適にお仕事をしていただけるよう、屋敷を一つ用意しております。少し古いですが、元は領主さまの別荘の一つでございます。最近、きっちり清掃しましたので、気にいっていただけるかと」
「ふむ……。いいんじゃないカネ?」
「トーマス様。成功の暁には、この何十倍もの報酬を用意しております」
「素晴らしい。それでは私が断る理由などないではないカネ?」
金! 金! 金! それにお屋敷! 何十倍ものカネ!
うぅむ。あの子袋に入っている金だけでも、今の御者の仕事だと一体何年働けば稼げるのであろうか? あれだけの金を手にする機械など、今を逃したらないのではない金?
多少のリスクがあっても、挑戦する価値はあるはずだ。
リスクを取らずして、成功はつかめないのだ! 多分、どっかの自己啓発本にもそう書いてあるんじゃない金?
メイドは満足そうに微笑み、手を差し出してきた。
俺はその手を満面の笑みで握る。
ここに契約は結ばれた。
『ワールドエンド』。
『傾国の妖狐』。
『始祖殺し』。
なーに。今は力を失っているようだし、多分何とかなるんじゃないカネ!?
●●●●●
次回、調教が始まる! と、思う!